4-7 A級冒険者ミッケル・ナッハ

 皇都ロアヴィクラート第三円区の冒険者組合ギルドに、異質な三人の来訪者があった。一人目は、凱汪銃士隊十二番隊の副隊長バーン・ゴズル。右腕はシルフィアに切り落とされた後、アイリによる治療中で、まだ完全には再生していない。枯れ木のように細くなった腕は、包帯の下に綿を詰めて見た目を誤魔化している。五体満足とはいえないが、なんら消沈することはく、赤く逆立った髪の下では獅子のような獰猛な瞳が輝く。


 二人目は同隊のパドル・ボワ。グレイヘアは遠くからは老人のように見えるが、まだ三十八歳だ。鬢に白髪で一本線が引かれており、何故か眉は白い。バーンとパドルは任務で行動するわけではないので、ダークブルーの隊服ではなく黒い平服を着ている。ただし二人とも魔銃は左腋に隠し持つ。


 最後にバーンの従卒、ミッケル・ナッハ。魔銃使いでも騎士でもなく、ただバーンの家で身の回りの世話をしているだけの、十歳の平凡な少年だ。取り立てて外見に特徴はなく、市井の子供と同じように、頭から被る一枚布の子供服を着ている。


 一般的に、冒険者組合を利用する冒険者とは定職につかないならず者だ。職業軍人である銃士隊員が訪れる場所ではない。銃士には十分な俸禄が支払われているため、ギルドで小遣いを稼ぐ必要はないし、隊規で冒険者登録は禁止されている。


 建物内には五名の先客がいた。彼等は手頃な案件クエストが存在しないため、都市内での臨時の強盗や暴行案件に備えて待機していた。値踏みするような視線を送ってくるが、バーンは全て無視し案件斡旋窓口へと向かう。


「モンスター討伐だ。A級以上か竜種はあるか?」


「竜種は……ないですね。A級以上のクエストですと、スガンバザル山に住みついたオークの討伐依頼が出ています」


「オークでA級?」


「ええ。複数の群れが強固な砦を築き、固定弓などで防御しているそうです」


「知能の高い上位種が率いる群か。分かった」


 バーンは他の情報は聞かずに背を向ける。代わりに、ミッケルが窓口に立つ。毎度のこととはいえ受付嬢はため息を吐く。窓口の向こうで背筋を伸ばす少年と、椅子に座る受付嬢の目線の高さが同じ。少年は背が低く線は細いし、どこからどう見ても成長しきっていない子供の体。女の子と見間違えてしまうかもしれないほどにか弱い印象を受ける。しかし、A級冒険者。魔銃使いによって皇国内のS級モンスターが討伐され尽くしたため、S級冒険者への昇格条件を満たせないだけで、実績は既にA級に収まるものではない。


(荷物運びすら満足にこなせなさそう)


 受付嬢が想像するように、ミッケル本人は何もしていない。クエストに同行するバーンがモンスターを倒して、その戦果だけを譲り受けるのだ。上級クエストを受けるためには、パーティーに上級冒険者の参加が必用だから、バーンが用意した身代わりだ。凱汪銃士隊は戦闘職の兼業は認められていないので、バーンは立場上、冒険者にはなれないのだ。ミッケルはバーンの従者だから住所は同じだし行動を共にすることも多いのだから、冒険者組合としても、パーティーの一員だと主張されたら否定できない。

 必要な書類手続きを終えると、受付嬢は微笑む。


「A級冒険者ミッケル・ナッハ様。確かに、スガンバザル山のオーク討伐を依頼しました。それではよろしくお願いいたします」


「は、はい!」


 年上の異性と目があっただけでもミッケルの声はうわずり赤面する。しかし、直ぐに表情を引き締め――受付嬢に言わせれば可愛い顔――ミッケルは組合から出ようとするバーンの背中を小走りで追いかける。

 当然、バーンのやり方を快く思わない冒険者も大勢いる。たむろしていた冒険者の一人がにたりと笑い、従卒の足元に足を伸ばす。主の背中しか見ていないミッケルは、冒険者の足に躓き派手に転倒する。


「あうっ」


「くっくっくっ。どうした僕ちゃん、足元が見えなくて、転んじゃったかあ?」


 冒険者がバーンを挑発するためにミッケルを狙ったのは明白だ。最後尾にいたパドルはもめ事に備えホルスターの魔銃に触れると、灰に染まった髪の下にある白い眉を顰めた。


(おいおい、この冒険者達、他所から流れてきたのか? バーン様の顔を知らない? さんざん組合を荒らしているんだから、噂くらい聞いているだろ? ……ああ、受付嬢とギルドの建物くらいは護らないといかんなあ)


 荒事を予期したパドルが顔だけ振り返ると、受付嬢も慣れたものなので、軽く会釈をして机の下に隠れた。受付嬢は「いつものことだ」と溜め息をこぼしつつ、頭では冷静に計算。


(えっと、今回のクエストはウィン卿の依頼で、報酬は金貨二〇〇〇枚。バーン卿は報酬に頓着しないし、修繕費として請求すれば……。あ、結構なおつりが出る)


 周囲がどう反応しているのかなど知らずに、バーンはゆっくりと振り返る。


「おいおい、ミッケル。豚にでも躓いたか?」


 そして、倒れたままのミッケルの頬を蹴り飛ばす。


「ぎあっ」


 折れた歯が飛び壁に突き刺さる程の威力。ミッケルの口腔内から血が溢れる。不穏な空気が立ちこめていた組合は、予想外の方向へ向けられた凶行により一瞬で静まり返った。

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