4-4 バルフェルクラート城への侵入

 午後になるとアッシュは公文書館に行き、フェドの部隊に所属していた兵士の名簿を探すが、見つけられなかった。元からあまり期待していなかった。書類が残っているとしたらバルフェルトの旧領地の方が可能性が高く、そちらはシルフィアの命令でボーガが探っている。

 手伝いを申し出てきたファンダには、気候と作物の収穫状況を過去数年分調査してもらった。もちろん、真の目的から目を逸らすための嘘だから、成果は期待しない。陽が沈む直前の別れ際に、アッシュは慣れない調べものに体力を消耗したらしいファンダを労う。


「ファンダ。今日は助かったよ。ところで、君には家族がいるか?」


「はい。女手一つで育ててくれた母ちゃんと、弟や妹が」


「そうか……。僅かばかりだが受け取ってくれ」


 アッシュは旅費の入った革袋をファンダに渡す。今夜の内にもこの肉体での旅を終えるつもりなので、もう旅費は要らないし罪滅ぼしだった。アッシュが事を起こせば、後にファンダも何かしらの責任を追及されるかもしれない。受け取れないと主張するファンダに無理やり革袋を握らせて別れる。贈賄を疑わせるほどの額ではないから、迷惑にはならないだろう。


(いま皇国の軍人だからといって、昔は俺と同じペールランドの国民だったんだ。迷惑をかけることになるのは心が痛むな……)


 宿に戻ったアッシュは念のために暫く待機してから、月明かりを頼りに都市北端のバルフェルクラート城に潜入した。白百合城では侵入前からシルフィアに気配を察知されていたため、さらに慎重に行動する。しかし、シルフィアの気配を探る能力が異常なのであって、斥候の記憶を継承しているアッシュであれば、見張りに気付かれるはずもない。

 城郭は広いが、厩舎や礼拝堂などを除けば、捜索範囲は限られた。アッシュは天守の書庫に忍びこみ、五年前の戦争で支払われた恩賞の明細を探す。報酬の支払先から、ハルカ村を攻撃した兵士を特定しようとしたのだ。だが、探し物は見つからない。


「書類を運んだ可能性も考慮したが、そうそう上手くいかないか。昨日、フェドに殺されておけば良かったな。そうすれば奴の記憶から部下を探せたはずだ……。いや、過ぎたことか」


 天守内の捜索を打ち切ると、アッシュは城郭内にある居館へ移動。人気のない部屋を探り続け、やがて側近の執務室らしき部屋に到達。社交界の経費や徴税の記録は二年以上前の物も見つかるが、兵士への恩賞を記録した帳面はない。


(ボーガの言ったとおりだ。参戦した貴族が何名の兵士を拠出したか以上の記録はないのか)


 この時代、報酬面で分けると、戦争に参加する兵士は主に二種類存在する。主から俸禄を貰い参戦する者。かつてラガリア軍に所属していたアッシュや現在のシルフィアが該当する。彼等は戦力を提供する代わりに金銭や食料を得る。アッシュが探したのは、その記録である。

 戦争に参加するもう一種類の兵士は、王から領地を授かった代償として戦力を提供する者だ。貴族は領地から税収を得る権利を有するのと同時に、有事に兵を提供する義務を負う。末端の兵士には領主から食料は提供されるが、金銭は与えられない。ただ、戦う義務だけを負うのだ。そんな彼等が、数ヶ月もかけて他国へ赴いて戦争をする動機として必要とされたのが、略奪だ。他国の村を焼き金銭や食料を奪い、女を攫う。アッシュの故郷を焼いたのは、後者だ。そのため、国から俸禄が支払われたわけではないので、何も記録が残っていない。


(許してくれ、ライラ、リイラ。お前達を陵辱した兵士を見つけ出すことは難しい……。二年前の総指揮官だった大公を殺すから、それで我慢してくれ)


 かつての祖国の城とはいえ、一度も入ったことのない場所を、アッシュは気配を消して捜索する。正面入り口から続く毛氈もうせんの敷かれた通路は、訪れた者に財を見せつけるため左右に装飾過多な甲冑や、七宝細工の散りばめられた壺や像が飾られている。時折狭い脇道があるが、明らかに従者が使用するものだったから無視し、アッシュは驕奢に彩られた通路を進んだ。

 数回丁字路を曲がった後に、やがて、扉の左右に二名の不寝番を置いた部屋を発見する。


(皇族というのは馬鹿なのか? ここが寝床だと自ら教えてくれるとは……)


 アッシュは銃魔術『抑音』を使い、扉の前に立つ不寝番二人を射殺。音を立てずに寝室へ侵入する。壁はモンスターの頭部の剥製が無数に並び、壁に掛けられた燭台の焔を浴びて気味の悪い影を床に濃く落とす。悪趣味な調度品で埋め尽くされた部屋の隅に、天蓋付きのベッドがある。紗幕を捲ると裸の男と、女が二人眠っていた。

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