3-14 シルフィアはスプーンを落とす
「シルフィア様、いったい何を……」
「貴方がグラハムではないと昨晩の時点で分かっているのよ。視線が嫌らしくないもの。グラハムは私を犯したくてしょうがないの。貴方が秘密にしたがっているようだから、わざわざ二人になったのよ。演技は要らないわ」
腹の探り合いをしている様子ではない。言葉や態度から、欠片ほども警戒心を感じない。
「くっ……はははっ」
相手に敵意がないからか、前夜にベッドで眠って体の調子が良かったからか、アッシュは一気に張りつめていた緊張が緩んだ。ボーガにはたっぷりと痛めつけられたが、シルフィアから危害を加えられてはいない。キーシュの体を治療したという言葉も嘘ではないだろうから、ロアヴィエの軍人であることを除けば、アッシュにはエルフの少女を嫌う理由はなかった。
「こんなに笑ったのなんて、もう数か月ぶりだ。こんな下らない理由で見抜かれるのか」
幼いエルフは体の向きを変えてから足を組み、白い手袋の細い指でティースプーンを取り、アッシュに見せつけるようにして地面に落とす。小屋の地階の足場は固められた土だ。
「スプーンを落としてしまったわ」
「拾うフリをして足の臭いでも嗅げばいいのか?」
「スカートの中を覗くのよ」
二人は視線を重ね、声を大きくして笑う。
「昨日とは随分と様子が違うな。腹の内を探ろうと思っていた俺が馬鹿みたいだ。まるで道化芝いを演じさせられた気分だ」
「貴方を油断させて、秘密を聞きだそうとしているのかもしれないわよ。怒らせたら殺されるかもしれないわ」
「そのつもりなら、ボーガにやらせるだろ。けどあいつもユウナもエナクレスの面倒を見ている。ここにはお前だけだ。魔銃を持っていないお前に俺を殺すことはできない」
「魔銃を手放すわけないでしょ。ところで、何をしているのかしら」
「何って……。お前が魔銃を隠し持っているというから、それなら、スカートだろう?」
アッシュはティースプーンを拾うために屈んでいたので、ついでにシルフィアのスカートを捲ってみたのだ。
「あのね、それはとても失礼な行為よ」
「すまん。スカートの中を覗いたら何が楽しいのか気になった。中がすぐ下着だとは思わなかったし、子供がそういうことを気にするとも思わなかった」
頬を僅かに朱くしながらシルフィアはスカートを直す。なお、アッシュが下着と表現したものは、
「子供扱いされたのなんて二年ぶりよ」
「そういうものか」
「ええ。私は四輝将軍とやらになったから、みんな私の顔色を窺うわ」
「子供の教育に良くないな。俺は村長の子供だろうと、生意気だったら殴っていたぞ。村長の嫁が怒り狂って、俺の冬越し用の備蓄肉を減らされたがな」
「何自慢よそれ。というかもっと詳しく教えなさい」
「こんな話の何処が面白いんだ」
「いいのよ。私が聞きたいのだから話しなさいよ。貴方、ペールランドの出身と言っていたわよね。それは本当なの? ねえ、外国ではどういう生活をするの? こっちとは違うの?」
「違いか。……そうだな。ペールランドの女はお前みたいに膝丈の短いスカートをはかない。祭りのときに脚衣の上に重ねるくらいだ。お前みたいに下着を寒気に晒したら凍え死ぬ」
アッシュはシルフィアの対面に座ると、せがまれるままペールランドやラガリア王国の文化や風習を語る。耳を傾けるシルフィアから随分と幼い印象を受けるから「子供だな」と口に出してからかってみても、シルフィアは不機嫌になることすらなく、少しだけ唇を尖らせて「いいから、もっと教えて」と身を乗り出して質問してくる。
「放牧? 羊は逃げないの?」
「狼? それは犬とは何処が違うの? その狼は羊を食べはしないの?」
「ユニコーン? 馬が空を飛ぶの?」
「馬鹿にしないで。雪くらい知っているわ。雪合戦? 雪の天使? 何それ!」
話への食いつきぶりに気を良くし、アッシュは思い出せる様々な話題を口にした。他人の体に意識を移してからは、不信感を持たれないように会話を控えていたため、とめどなく話すことすら二週間ぶりであった。復讐のことしか考えていなかったアッシュにとって、一服の清涼剤とも言える時間である。
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