第二百二十四話「栗山林太郎VS鮫島朝霞」

『モニタールーム応答せよ! もっ、モニタールーム! うぎゃああああああッッ!!!』

『待ってくれ、私はなにも知らないんだ! ただ言われたことをあばばばばばッッ!!!』


 “ヴィレッジ”内の各区画で起こっている地獄絵図のような光景は、無線を通じてモニタールームに届いていた。


 だが当のモニタールームからの返答はない。

 無線を取れる者がいないのだ。


 よしんば状況を把握できたとしても、予備戦力を送り込めるような状況ではなかった。

 なにせ村の中枢たるモニタールームでは、いままさにヒーローと怪人が対峙しているのだから。


 分散して要所を押さえるアークドミニオン側の強襲作戦は、非常に上手く機能していた。


 ただひとつの障害を除いて。



 それこそが正義ヒーロー側を背負って立つ冷徹な女戦士、鮫島朝霞。

 ヒーロー本部の参謀本部長にして、数々の異名を持つ元エース・シルバーゼロの存在である。


 相対あいたいするは彗星のように現れた悪の煮凝にこごり、栗山林太郎。

 アークドミニオン四幹部の一角にして、いま日本で最も勢いのある極悪怪人デスグリーンであった。




 そのデスグリーンはというと、幼女の首筋に刃物をつきつけていた。



「げひゃひゃ! この娘の命が惜しければ武装を解除してひざまずけぇ!」

「だ、誰かたしゅけてッスゥーーッ!!」


 なんたる畜生ちくしょう、なんたる醜悪しゅうあく、なんたる卑劣漢ひれつかん

 いたいけな子供を人質に取るなど、怪人の風上にも置けない外道のすることである。



 それもこれもすべて、鮫島朝霞の圧倒的な戦闘力に屈したデスグリーンの悪あがきであった。


 全方位から飛んでくる見えない斬撃。

 そしてまったく当たらないこちらの攻撃。


 二重に立ちはだかる壁を前に、戦闘では勝ち目がないと踏んだ極悪怪人デスグリーンは苦肉の策を講じたのであった。



「アニキ、噛んじゃったからもう一回やっていいッスか?」

「……仕方ないな。……ウヒャヒャヒャハァーッ! こぉの娘の命が惜しければァ、武装を解除してひざまずくがいい! いひひひぃハァーーーッ!!」

「だりゃれかたしゅけてッスァーーーッッ!!」

「サメっち、テイクワンより酷くなってるよ」


 低予算映画でも最近ではお目にかかれない、見え見えの猿芝居であった。

 もとより人質となっている幼女、サメっちもデスグリーンの一味だ。


「ヒィハァーーーッ! 本当にぶっすりやっちまうぜぇーーーッ!」

「ぶっすりやられちゃッスぅー! 助けて知らないお姉ちゃーん!」

「……………………」


 対する朝霞は表情ひとつ変えることなく、ふたりに冷たい視線を向けていた。


「あ、アニキぃ、ガン無視されてるッスぅ」

「うろたえちゃあいけないよサメっち。ちゃんと作戦通りにやるんだ」

「はわッス! そうだったッス! たちゅけてぇーーッスぅぅーーーッ!」

「ぎゃははは!! ほうらどうしたお姉ちゃん、はやく武器を捨てやがれぇ!」



 馬鹿馬鹿しい。


 そう思いながら、朝霞はゆっくりと手刀を構えた。


 今まで朝霞は多くの怪人と対峙してきたが、これほどまでにみすぼらしい怪人を相手にするのは初めてのことであった。

 命乞いをするならばまだしも、この手の悪あがきは醜いを通り越してあきれ果てる。


 こんなお遊戯じみた三文芝居が作戦だとでもいうのか。

 ズタボロにされ追いつめられた挙句、この期に及んでまだそんな手が通用すると思っているのだろうかと。



 なにより朝霞は栗山林太郎が大嫌いであった。


 自分が思い描く怪人たちにとっての理想郷計画。

 それを真っ向から否定し、あまつさえ乗り込んできて妨害しようというのだこの男は。


 栗山林太郎も、彼にいいように使われている冴夜も、なにもかも腹が立って仕方がなかった。



「攻撃を続行します」



 だがどれほどはらわたが煮えくり返ろうとも、表には出さない。

 朝霞は自身が激情家であることを十分に理解していた。


 機械的な言動は、たかぶる感情を抑え込むための手段なのである。


 戦いにおいては己を律し、見えている勝ち星を自ら落とさないことが重要なのだ。

 相手の茶番に、わざわざ付き合ってやる必要などない。


「……………………」

「あああああアニキィ! めっちゃにらんでるッスゥ!」

「おちおちおちつけサメっち、あいつにはなにもできやしないさ! こっちは人質取ってるんだぞ、いいのかコラァ! やっちゃうからなほんとにぃ!!」


 朝霞の斬撃はデスグリーンスーツをもってしても骨身に響くほど強烈だ。

 何度も打ちのめされたせいか、林太郎は必死にサメっちを盾にしようとする。


 まったくもって情けないことこの上ない姿であった。



「攻撃を開始します」



 朝霞が右手の手刀を振るった瞬間。


 シュパァッ!!!


 空気が裂ける音とともに、林太郎の背中に衝撃が走った。


「うっぎゃあああああああッッ!!!!」

「アニキぃぃぃぃぃぃッ!!!」


 完全なる死角、背後からの強烈な一撃に、林太郎の顔がマスクの中で大きくゆがむ。


 そう、朝霞の攻撃にはお互いの距離も、位置も、人質の有無も関係ないのだ。

 前後左右どこからでも襲ってくる見えない斬撃に、散々苦戦を強いられていた林太郎がそれを理解していないはずはないのだが。


 思わずサメっちから手を放したデスグリーンめがけ、朝霞は再び手刀を構え直す。

 そして無防備にさらされた首筋に狙いを定めた。



 この男は悪だ、ここで仕留めなければならない。

 人類と怪人における共存の第一歩となる、理想郷実現のためにも。



「いってぇ……! お、お助けぇ……!」

「攻撃を続行します」



 決着をつけるべく、朝霞が“両腕”に力を入れたその瞬間。



「…………ッ!?」



 まるでなにかに“ひっかかった”かのように、朝霞の腕が動きを止めた。

 びくともしないその手応てごたえに、ポーカーフェイスの朝霞がわずかに眉をひくつかせる。



「ひひっ、ひひははは……」



 緑のマスクの下から響く、いやらしい笑い声が朝霞の神経を逆なでる。



「ようやくつかまえた・・・・・ぜぇ、お姉ちゃん」



 お助けえなどと情けない声をあげていた男と同一人物とは思えないほど。

 林太郎は心の底にこびりつくような、ねっとりとした言葉を発する。


 彼の手にはきわめて細い、しかし頑丈な特殊素材の“糸”が握られていた。



「おもしろい手品だ。今度俺もやってみるとしよう」



 あらゆる方向から襲い来る見えない斬撃の正体を、林太郎はグイッとたぐり寄せる。


 まるで釣り糸のようにピンと張ったそれは、朝霞が構えた右手の手刀を通し、腰に構えた左手の先に繋がっていた。


 それはヒーロースーツに使用されている繊維よりもさらに強固な、特殊合金製のワイヤーであった。

 朝霞は両手でこのワイヤーを操り、鞭のように変幻自在にしならせて攻撃を繰り出していたのだ。



 林太郎の人質作戦の真意は、縦横無尽に襲い来る攻撃の“方向をしぼる”ことにあった。

 前面にサメっちを置くことで正面方向からの攻撃をためらわせ、同時に背後を隙だらけにすることで攻撃を誘ったのだ。


 もちろんサメっちもろとも一刀両断に伏される可能性もあったが、林太郎はそれはないと踏んでいた。


 なにせ朝霞と林太郎が戦っている間、サメっちはずっとわけもわからず右往左往していたのだ。

 朝霞にサメっちを仕留めるつもりがあるならば、とっくにやられている。


「アニキかっこいいッス!」

「ふははは、いいかいサメっち。今回ばかりはアニキがかっこいいんじゃなくて、お姉ちゃんがかっこわるいんだよ。ほら言ってごらん」

「お姉ちゃんかっこわるいッス!」

「だははははー! 言われてやーんの!」


 指をさして笑いころげる林太郎とサメっち。

 対する朝霞のこめかみに青筋が走る。


「戦闘を継続します」

「はっ、いつまでターミネーターやってんだか。コスプレ趣味ならおうちでやりなよ」


 そう言いながら、林太郎は手にしたワイヤーを力いっぱい引っ張った。


 どれほど不可思議な攻撃手段を有していようが、生身の人間とデスグリーンスーツの出力では比べ物にならない。


 朝霞の体勢がわずかに崩れた瞬間、林太郎は一気に距離を詰めた。

 手にするのは伝家の宝刀、闇色の刀身に緑のラインが輝く“黒い剣”である。


「これでも避けられるもんなら避けてみやがれってんだ!!」


 いかに絶対回避能力をもつ朝霞とて、足元を崩されては避けるための踏ん張りも効かない。

 黒い剣がついに朝霞の体を捉えたかに見えた。



 だかしかし。




「調子に乗るなよ、下衆げすが」



 眼鏡の奥で、朝霞の両目が青い光を放った。



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