第二百二十話「決行! 村(ヴィレッジ)強襲作戦!」

 百獣軍団チームの侵攻は極めてスムーズであった。


「GO、GO、GO! ムーブだニャン!」

「……通路クリアだワン……」


 プラットフォーム内を先陣切って進むのは、百獣軍団の斥候コンビである。

 ふたりは潜入任務など手慣れた様子といわんばかりに、次々と見張りを排除していく。


 そのあとに百獣将軍ベアリオン、そして殿しんがりにウサニー大佐ちゃんと続く。


「おいウサニー、ボサっとしてんじゃねえ! 遅れたら置いていくぜえ!?」

「はっ……いえ、申し訳ございませんベアリオン将軍! 通路クリア!」



 いっぽう、林太郎以下、サメっち、桐華からなる極悪軍団チームは別動隊としてモニタールームを目指していた。

 百獣軍団チームが“ヴィレッジ”の怪人たちを逃がす間、極悪軍団チームが敵の目を引くという作戦である。



 医療班兼潜水艦防衛のため、百獣軍団から2名、それと湊は潜水艦に残るという布陣だ。




 そんなアークドミニオンの怪人たちが、既に施設内で暗躍中であるこなどつゆ知らず。

 朝霞は眉間にしわを寄せ、こめかみに青筋を立てながら頭を抱えていた。



 2時間で終えるはずの視察は、すでに3時間ほど押している。

 “ヴィレッジ”で起こった謎の爆発、その事故対応のためだ。


 本来こういったトラブルの処理は施設管理責任者の仕事なのだが、今回に限ってはそうもいかない。


 なにせ爆発事故の原因となったであろう男は、他ならぬ朝霞自身が連れてきたのだから。



「それで。彼はいつになったら起きるんですか?」

「命に別状は無いとはいえ、もうしばらくは無理かと……。なにせ怪人用の強力な鎮静ガスを大量に吸い込んでいますから、正直生きていること自体びっくりですよ」



 簡易ベッドの上で、暮内烈人は点滴を打たれながら呑気にぐうぐうと寝息を立てていた。


 朝霞はため息混じりに目を閉じる。

 烈人には聞きたいことが山ほどあった。




 爆発事故は“ヴィレッジ”に該当する怪人収容区域の中で起こった。


 しかしながら常に脱走の危険が絶えない施設なだけあって、こういった事故・・は想定の範囲内だ。

 すぐさま怪人たちの脱走を阻止するべく、施設内に極めて強力な“鎮静ガス”が散布された。


 本部長視察というこの大事な日に、いったいどの怪人が馬鹿をやらかしたのか。

 ガスマスクと防護服を身にまといながら、職員たちはそんなことを口々にぼやいていた。


 しかし現場に駆けつけた職員たちが発見したのは、怪人共々倒れ伏す半袖の男の姿であった。



 モニタールームでその報告を受けた朝霞が気づかないはずもない。

 爆発の原因は烈人の固有武器、“バーニングヒートグローブ”によるものであるということに。


 いったいどうやって“ヴィレッジ”区画の内部へ侵入したのか、またいかなる理由があって凶行に及んだのかは本人のみぞ知るところである。

 そうなるともう、朝霞としては烈人が起きるのを待って事情を問い正すより他にないのだ。


「はぁ……まるで起きる気配がないですね。なぜこんなに強力な鎮静ガスを?」

「“ヴィレッジ”が収容している怪人は多種多様ですから。中にはガスに耐性をもった個体もおります。……ので、緊急時対応は上の基準に合わせるしかないのですよ、はい……」

「これ以上待っていてもらちが明きません。一旦本部に連れ帰りましょう」

「いま“気つけ”の点滴を打っておりますので、もうほんの30分ほどお待ちを……! 最善の手は尽くしておりますので……!」



 “ヴィレッジ”の責任者は顔中に冷や汗をだらだらと垂らしながら、朝霞を押し留める。

 朝霞がしぶしぶ了承したのを確認すると、すぐさま別室に駆け込み職員たちと頭をつき合わせた。


「どどど、どうするんだ! もし“ヴィレッジ”でやっていることが本部長にバレたら、今度は計画の凍結じゃ済まないぞ……!」

アレ・・を見られたからには仕方ないでしょう。薬をばんばん投与して長官補佐の記憶を消すしかない」

「し、しかしだね……これ以上投与量をふやしたら長官補佐の頭がパーになってしまうかも……」

「それは致し方のない犠牲でしょうが。あの男から少しでも情報が漏れたら我々研究チームは破滅だ。あんたまだ自分の置かれた立場がわからんのですか?」


 もちろん、記憶を消す薬を人体に投与するなど御法度ごはっともいいところである。

 だが彼らがここで行っていること・・・・・・・に比べれば、些事さじであった。


 悪事を覆い隠すためには、悪事を重ねるしかないのだ。



「これも怪人の脅威から世界を救うためだ。いずれ世界は我々を称賛する、我らの研究は正しかったと。だが今ではない」

「ああ……なんとしても秘匿しなければ……。ここが怪人たちを利用した怪人体じんたい実験施設だなんてバレたら、我々はおろか国際社会における日本の立場が……」

「その話、詳しく聞かせてもらおうか」



 いったいいつからそこに居たのか。

 部屋の隅、闇の中から不意に男の声がした。


 気配を消して話を盗み聞きしていたその男の顔を見て、職員たちはいっせいに腰を抜かす。

 いまのヒーロー本部でそのおぞましき緑の仮面を知らぬ者は、もはやいない。


「ひぃっ! で、デスグリーン!?」

「なぜここに!? け、警備を……ぐえっ!」


 叫び声をあげようとした職員たちは、背後から当て身を食らって次々と倒れ伏した。

 かろうじて意識を保っているのはひとりだけである。


「よくやった、黛。俺はモニタールームを潰してくる。そいつの尋問はお前に任せたぞ」

「かしこまりました。どこまでやっていいですか?」

「イエスかノーかだけ答えられりゃあそれでいい。教えたとおりにやれ」

「了解しました。では利き手の小指からいきましょう」


 連係プレーで職員たちを制圧した林太郎は、彼らから情報を引き出すため黛ひとりをその場に残してモニタールームへと向かう。


「アニキ、ジンモンってなにするんッスか?」

「ちょっと遊びながらお話しをするだけさ」

「なるほど、じゃあキャバクラと同じッスね」

「サメっちその言葉誰に教えてもらったの?」


 ふたりはあたりさわりのない日常会話を繰り広げながら、堂々と通路の真ん中を歩く。

 まるで公園を散歩でもしているかのようであったが、彼らはまごうことなき襲撃者テロリストである。


 モニタールームの前に立った林太郎は片手に自動小銃を、そしてもう一方の手に例の『黒い剣』を構え、ノックでもするかのような気軽さで合金製の扉を蹴破った。



「諸君、おはよう、そして両手を高くあげろ。怪我したくなかったら無駄な抵抗をするんじゃあないぞ」

「おらおらッスぅ! おとなしく金目のものを全部出すッスぅ!」

「サメっち、今日はそういうのじゃないからね。捕まってるみんなを逃がすことが目的だって、アニキ最初に言わなかったっけ?」


 職員たちが次々と降伏していく中、林太郎は視界に微かな違和感を覚えた。

 デスグリーンスーツのマスク越しに、平面図を映し出すモニターがわずかにチラつく。



「むふん、せーあつかんりょーッスよアニキ。……アニキ? どしたッスか?」

「いや、なんでもないよ。よく頑張ったねサメっ……」


 視界の隅で、モニターのチラつきが一筋の線となってきらめいた。



 シュパッ!!



「ッちゃぶねェッ!?」



 これまでくぐり抜けてきた修羅場の経験からか、それとも天性の嗅覚か。

 反射的に頭を下げた林太郎は、そのほとんど不可視の不意打ちを間一髪避けた。


 ズバァッ!!!


 さきほどまで林太郎の頭があった空間が裂け、モニターから壁に至るまで“真一文字”に亀裂が入る。


 見えざる一撃の傷痕は、広いモニタールームの壁いっぱい十数メートルにわたって刻みつけられていた。

 威力といい範囲といい、剣や銃でどうにかなるものではない。



「な、なん……だ!?」



 ギッ……。



 林太郎の耳に、わずかに金属がきしむような音が届く。

 音は確かに、林太郎の頭上から聞こえた。



「アニキ、上ッス!」

「ッ!!」



 サメっちの声とほぼ同時に、林太郎はほぼ水平に身体を投げ出した。

 直後林太郎がそれまで立っていた場所に、同じく巨大な斬撃痕が走る。



「奇襲失敗。プランBに移行します」



 カツン、と革靴の音が響く。


 天井の梁にぶら下がっていた女は、硬い床の上に着地すると手についたホコリを払いながら携行無線に手をかけた。


「本部聞こえますか。洋上実験プラットフォーム“ヴィレッジ”に極悪怪人デスグリーン以下2体の怪人が侵入。他にも複数の仲間が侵入している可能性あり。すぐに救援バックアップを寄越してください」


 その女は、ずれた眼鏡を直しながら林太郎とサメっち、ふたりの怪人に冷たい視線を送った。

 ふたりにとって見知った顔の、特にサメっちにとっては誰よりもよく知る女は、職員たちのように怯える素振りなど欠片も見せずに襲撃者たちと対峙する。


「お、おねえちゃ……知らない人! アニキ! 知らないお姉ちゃんッス!」

「なるほど、最近俺たちのことをしつこくつけ回してる知らないお姉ちゃんか。まさか俺たちが来ることを知ってて待ち伏せてた……って感じじゃあねえな」


 鮫島朝霞は手首をゴキゴキと鳴らしながら、静かに手刀を構える。



「S級指名手配怪人、極悪怪人デスグリーンならびに全然知らない子供怪人を確認。対象を敵性エネミーと断定。公務を開始します」





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