第百三十九話「幼女爆発」

『こちらは現場上空です! ご覧いただけますでしょうか、タワー最上階にはブルーシートがかけられています! 現場からは局地的人的災害の遺留物と思われる残骸も見つかっています!』

『このテロによりタガデングループの多賀蔵之介会長70歳と、孫のくららちゃん10歳がともに重傷を負い、病院で治療を受けているとの情報が入ってきています』

『タガデングループは羽田空港や東京タワーにおける復旧計画の中心を担っており、捜査当局は復興阻止を目論む局地的人的災害テロ組織による犯行の可能性もあるとみて捜査を進めています』


 都心に響き渡った轟音、日本経済の中核に大打撃か?

 特集:日本最大の企業グループ“タガデン”を狙う怪人テロ組織の正体に迫る!?

 10歳の少女が犠牲に……怪人の許されざる犯行に、国際社会からも非難が殺到。



「どのメディアも怪人の仕業か……ヒーロー本部に情報統制の上手いヤツがいるとは思っていたが、ここまで手回しがいいとはね……」



 ビンゴでもらった60型テレビを眺めながら、林太郎がぼやく。

 まだ捜査段階だというのに、すでにマスコミは怪人の仕業だと断定したかのような口ぶりであった。


 捜査当局にだってアークドミニオンの息のかかった者は多数いる。

 とはいえ現場から多数の怪人遺留物、ようするにバトラムとメイディの残骸が発見された以上こうなるのは時間の問題であった。


 本来ならば被害者のひとりである林太郎であったが、タガラックが突き飛ばしてくれたおかげで奇跡的にも軽傷で済んだのは不幸中の幸いである。



 しかし、その代償はあまりにも大きかった。



 自室の床に置かれた人形の生首に目をやると、林太郎はおごそかに手を合わせる。



「タガラック将軍……なんて哀れな姿に……」

「おぬしに哀れまれとうないわーっ!」



 生首がカッと目を見開き喋ったかと思うと、ソファに腰かける林太郎の足の小指に突撃した。

 ゴキョッという鈍い音とともに、林太郎は小指を襲った激痛に小声で悶え苦しむ。


「ィァーーーーーッ! ッァァーーーーーィッ!!」

「いい気味じゃ、これに懲りたらもっと目上の者を敬うがよい」


 キュララララと軽快にターンを決めると、生首となったタガラックは林太郎に向き直った。

 彼女の首は先日サメっちがビンゴ大会でもらってきた“ロボット掃除機”に据えつけられている。


 綺麗な長い金髪を巻き込まないよう、頭上にヤシの木じみた大きなチョンマゲを作られたタガラックはたいそう不機嫌であった。

 それもそのはずである、なにせお気に入りの身体が木っ端みじんに吹っ飛んでしまったのだから。


「ぐぬぬぅ……わしの最高傑作たる“くららちゃんボディ”をないがしろにしおってぇ……!」

「目の前で幼女が爆発するさまはなかなかに衝撃映像でしたよ。そのあと転がってきた生首がギャーギャーわめき散らした時は、心臓が止まるかと思いましたね」

「わしとて腹の中に爆弾を仕掛けられるなんぞ、生まれてこのかた初めてじゃわい」


 林太郎はその“生まれてこのかた”がいったい何年に及ぶのか気になったが、今は聞かないでおくことにした。


「……やはり爆弾もヒーロー本部が?」

「いや、それは考えにくいのう。これはわしの正体を知っておる者の仕業じゃ。ヒーロー本部があれだけの情報統制を敷けるなら、返す刃でタガデンに圧力をかけることも容易だったじゃろうて」


 タガラックの言う通り、今やタガデングループは怪人テロの被害者である。

 これまで行ってきた怪人による被害の復興という自作自演マッチポンプの結果も伴い、今や被害者美少女“多賀くららちゃん”は反怪人世論の旗印とされてしまっている。


「おかげさまでずいぶんと動きにくくなったわい」

「それはどっちの意味で仰ってるんですか?」

「口の減らぬやつじゃのう! タガル●バアターック!!」

「ッァーーーーーィ!!! 違いますよぉ……対世論か、対アークドミニオンかって意味で言ったんですよぉ……!」


 林太郎はなにもタガル●バを馬鹿にしたわけではない。

 彼が懸念しているのは、アークドミニオン内部にテロリストが潜んでいるという可能性についてである。


「たしかに、わしの正体を知る者はアークドミニオン内部の者に限られよる。必然的に被疑者もその中の誰かということになるじゃろうな」

「やっぱり裏切り者がいるってことですか。そいつは、あんまり考えたくない話ですね」


 爆発に林太郎が巻き込まれたのは事故だったとしても、仕掛けられた爆弾は確実にタガラックの命を狙ったものだ。

 これは四幹部の一角を毒牙にかけようとするほど強い野心を持った者が、アークドミニオン内部に存在しているということを意味していた。


 それもバトラムとメイディを難なく始末したことを考慮すると、かなりの手練れであると考えられる。


「理由はわかりませんが命を狙われている以上、タガラック将軍は身を隠した方が安全です。当面は俺の部屋に……いや待てよ……」


 林太郎はつい数日前まで、自分自身がアークドミニオン中から狙われていた事実に思い至った。

 しょっちゅう部下や部外者が出入りしていることを考えると、セキュリティ面で言えば林太郎の部屋はガバガバといっても過言ではない。




 …………。




「そそそ、それで私の部屋に……タガラック将軍を……?」

「ああ、頼めるか湊」

「それは構わないけど……」


 首だけのタガラックを抱えた林太郎は、隣室の湊を訪ねていた。

 あまり面識のない幹部クラスを間借りさせてくれという唐突かつ無茶なお願いであったが、林太郎の頼みということもあり湊は渋々承諾した。


「しょしょ、将軍様。このような華のない部屋で大変申し訳なく……ごゆっ、ごゆるるるりとお寛ぎくださいませ……」

「うむー、くるしゅうないぞー」

「悪いな湊、そのぶん部屋は綺麗になると思うから勘弁してくれ。トイレはしないだろうけど充電は忘れずに……」

「わしゃ旅行中お隣さんに預けられるペットか」


 そう言うとタガラックはさっそく部屋中を走り回り、ほこりや髪の毛を吸い込みまくっていた。

 おそらく身体を失ったことでやることがなくて暇なのだろう。


「林太郎、事情はわかったけど、なんでよりにもよって私の部屋なんだ」

「アークドミニオンの中で一番裏切る度胸がないからかな」

「うっ、それは信頼されているのか、それとも安牌あんぱいだと馬鹿にされているのか……。それならそもそも林太郎の部屋でよかったじゃないかぁ」


 口をとがらせる湊に、軽快な走りを見せるタガラックが口をはさむ。


「そりゃダメじゃぞー、林太郎はガバガバじゃからのー」

「が、ガバッ!?」


 一瞬にして青ざめた湊の頭から、ぽひゅっとハサミが飛び出した。

 湊は戸惑うようにタガラックと林太郎の顔を見比べる。


「ええお恥ずかしながら……どうせ俺はガバガバですよ。しかし誰でも勝手に入ってきちゃうってのは困ったもんです」

「まったく、甘い顔ばっかりしておるから、下の者に泣かされる羽目になるんじゃぞー」

「泣かされッ……は、ハメッ……そしてガバガバに……? そうだったのか林太郎……くっ、私が寄り添ってやれなかったばっかりに……」


 湊はきょとんとした林太郎の顔を直視できず、グッと目元をおさえた。


 余談であるがこの湊も、例の“ウサニー大佐ちゃんポンコツ放送”の、いちリスナーである。

 彼女もまた、林太郎の貞操を心配してやまないひとりなのだ。


「俺と違って、湊ならそうそう勝手に入ってこられることもないだろう」

「はっ、入ってこられてたまるか!」

「おお頼もしいじゃないか、やっぱり湊に頼んだのは正解だったよ。俺の部屋はちょっと汚れちゃうかもしれないけど」

「うう、林太郎、そうだったのか……部屋を汚すようなことをするためにタガラック将軍を私に……そこまでの決意で……」


 涙をぬぐった湊は林太郎の肩に手を置くと、眉毛をハの字にして無理に笑顔を作ってみせる。

 言いたいことは山ほどあったが、湊はそれが林太郎の選んだ道ならばと、笑顔で送り出すことを決めた。


「ぐすっ……わかった林太郎、タガラック将軍のことは任せてくれ。私にできることならば喜んで協力させてもらうよ」

「……? そうか? まあよろしく頼むよ湊」

「ああ、外科手術が必要になったらいつでも呼んでくれ」

「何言ってんの?」




…………。




 なぜか今にも泣き出しそうな湊の部屋を後にすると、林太郎はクイッと眼鏡を掛け直した。


 林太郎がやるべきことは既に決まっている。

 タガラックに代わりアークドミニオン内部の裏切り者を洗い出し、この手で粛清せねばならない。


 だが気になるのは、何故タガラックが狙われたかである。

 様々なところに恨みを買っていそうなタガラックではあるが、動機と手段がどうにも噛み合わない。


「そもそも何故すぐに始末せずに、時限爆弾なんて手の込んだことを……それだけ恨みを抱いているってことか……? それとも……」


 林太郎は誰もいない廊下でひとり、腕を組んで頭をひねる。

 どろりとした沼のような瞳は、静かに虚空を見つめていた。




 …………。




 煮詰まった林太郎が一旦自室に戻ると、バスルームに明かりがついていた。


「なんだサメっち、戻ってたのか?」


 サメっちは増長して迷惑をかけたからと、朝から“菓子折”を持って方々に頭を下げに回っていた。

 最初は林太郎も同行を申し出たが、『ひとりでできるもんッス!』と断られたのだ。


「……サメっち? おーい」


 林太郎が声をかけるも、中から返事はない。

 しかしシャワーから水の流れる音だけは聞こえる。


 嫌な予感が林太郎の脳裏をよぎった。

 バスルームの扉を開くと案の定、林太郎の目に猟奇的な光景が飛び込んでくる。


「サメっち……サメっちぃッ!!!」

「……ぶくぶくぶくぶくッス……」

「スケ●ヨかよ!」


 広い浴槽では、裸のサメっちが両足を突き出して湯船に沈んでいた。

 林太郎はサメっちを引っ張り上げ水を吐かせると、ほっぺたをぺちぺちと叩く。


「……んあ? アニキッス?」

「ああよかった。なにやってるんだよサメっち、カナヅチを克服しようとしたのか?」

「……サメっち汗かいたからお風呂に入ったッス、そしたら急に意識が遠くなって……」

「そりゃもうカナヅチどころの騒ぎじゃないな……」


 そこまで言うと、林太郎はぺちんと自分のおでこを叩いた。

 幼女爆発の衝撃ですっかり飛んでいたが、林太郎が解決すべき問題はもうひとつあるのだ。


 言わずもがな、この一週間ほどでサメっちの体質が大きく変化した問題である。

 そもそも林太郎はタガラックにその話を聞くべく、会長室を訪れて爆発に巻き込まれたのだ。


 タガラックが爆発したのは、林太郎がタガラックのもとを訪れたまさにそのときであった。

 考えてみても、よくよくタイミングの悪い話・・・・・・・・・である。



「まさか……それ・・が動機か……? 考えろ考えろ考えろ……」



 林太郎の邪悪な頭脳には、裏切り者をあぶり出すための絵図が一枚、また一枚と描き出されていった。



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