第百十七話「局地的人的災害」

 曇天からこぼれ落ちた雫が頬をつたう。

 手足の感覚は既になく、ぽっかりと穴の空いた胸にも不思議と痛みはない。


 だけど自分が何をされたのかは、充分に理解できた。

 そして自分がこれからどうなってしまうのかも。


 怪人として覚醒したあの日から、私はずっとこの時を待ち続けていた。

 例えるならばそう、暗くて寂しい駅のホームだ。


 黒い列車が多くの人たちを乗せて、私の目の前を何度も通り過ぎていった。

 私は何をするでもなく、ただ“自分の番”が来るのを待った。


 冷たいホームで、きたる瞬間をただ待つだけの日々。

 それが怪人の咎であり、私自身の運命であると受け入れるしかなかった。

 明日も見えない暗黒の中に、一条の光がさしたあの日までは。



 それは光輝く、緑の列車だった。



 闇を斬り裂くその列車に振り落とされまいと、私は必死にしがみついた。

 咎を背負いながらも前を向くことの意味を知り、呪われた運命に抗う彼の背中に憧れた。


 だが栄光へと続くレールは、力を持つ者にのみ許された道であった。

 もとより“切符”を持たない者に、席などありはしなかったのだ。


 身の丈に余る願いを抱いた愚か者は、罰を受けるべきなのだろう。

 人に仇為すこの身が幸せを手にしようなど、思い上がりでしかなかったのだ。

 これが私の咎であり、運命だというのならば、甘んじて受け入れよう。


 ようやく諦める決心がついた途端、目から大粒の涙がこぼれた。


 再び闇の底に落ちるのならば、どうあがいても光にたどり着けないのならば。



「最期に温かい夢なんか、見せないでほしかったなあ……」






「勝手に降りてもらっちゃ困るんだよねぇお客様ァ」



 闇の中から飄々とした声が響く。

 レールから放り出され、暗黒に沈んだ身体がめいっぱい引き上げられる。


「快速特急デスグリーンは、終点まで誰ひとり降ろさないって決めてるんでね。今さら降りたいつっても降ろさせねえよ。少しだけ待ってな、1分で終わらせてきてやる」


 夢だったのか、それとも幻だったのかはわからない。


 ただ私の頭をなでた大きな手のひらの感触だけは、間違いなく温かな現実だった。




 …………。




 極悪怪人デスグリーンの名が広まったのは、つい3か月前の出来事である。


 秘密結社アークドミニオンに属していることは判明しているが、それまでの経歴は一切不明。

 倒した敵の姿を奪い取る高い変身能力を有していると思われるため、年齢も性別も不明。


 ビクトイエローを正面から撃破するなど、末端のヒーローであれば束になっても敵わないほどの高い戦闘力を有する。

 またこれまでにおける本局地的災害の関連被害総額は約8千億円、経済損失は約2兆円に達する。


 実に謎多き局地的人的災害であるが、これまで収集したデータで唯一判明している一貫した行動指針が存在する。


 それは『デスグリーンの身内に手を出した者には、一切容赦しない』という点である。




「DAMN IT! 速すぎて弾が当たらねえ! どうなってやがるんだ!」

「上だラマー! 爆弾の雨がくるぞ! ちくしょう、報告書の通りだがあいつら大事なことを書きそびれていやがった!」

「冗談じゃねえ! オムツが何枚あっても足りやしねえぞ!」


 雨足はどんどん強まり、ついには雷さえも轟きはじめた東京都内。

 日本経済の主核たる天下の国道1号線桜田通りは、既に紛争地帯もかくやといった廃墟街に姿を変えていた。


 銃弾がコンクリートをえぐり、爆弾が窓を割り、無数にばらまかれた焼夷弾は無機質なオフィス街をすす色に染める。


 一般的なヒーローであれば、とっくの昔に決着がついていたであろう。

 ウィルとラマーがデスグリーンと拮抗できているのは、ひとえに長らく中東の紛争地帯に身を置いていた経験と、“固有武器”のおかげである。


 まるでマシンガンのように投擲される剣の直撃に何発も耐えながら、ラマーは自身の上司に通信を飛ばした。


「HEYウタコ! このままじゃジリ貧だ!」

『まっ、まだせいぜい互角ですわ! あなたがたこそ、最新型固有武器の性能を活かせてないんじゃありませんこと!?』

「そりゃ貫通はしないが、痛いんだよ! あの野郎メジャーリーグ級の肩してやがる!」


 彼らの固有武器の名は、アンUnブレイカブルbreakableソルジャーズSoldiersアーマーArmor、通称U.S.A.である。

 ストロングマワシールドの絶対バリアを改良し、全身に添うように展開するバリアスーツだ。


 衣服の形状を取ることで行動を阻害することなく驚異的な防御力を得ることができる、アンブレイカブルの名の通り防御に特化した新兵器である。


 強力な銃火器と合わせて運用することで、スーパーマンのように極めて高い個人戦闘力を得ることができる研究開発室の粋を集めたスグレモノなのであった。


「多少衝撃はあるが、所詮デスグリーンの攻撃は点や線でしかない。このU.S.A.さえあれば白兵戦で遅れを取ったりするものかよ!」

「まったく頼りになるぜ研究開発室は。着心地は婆さんのセーターみたいで最悪だけどな!」

「ああ、だが今日は俺たちが英雄になる日だ、やってやろうぜラマー!」

「そうさウィル! 極悪怪人だか変態マスクだか知らねえが、人類を脅かす敵をマットに沈めるのが俺たちの仕事だ! 給料分は働かせてもらおうじゃねえか!」


 ウィルは割れたガラスの破片を鏡に見立て、通りの中央に目標の影があることを確認する。


 ふたりはアイコンタクトを取り合うと、音を出さないよう慎重に対怪人ショットガンを構えた。

 いくら動きが速いといっても、ふたり同時に別方向から散弾の攻撃を受ければ回避は困難であろう。


 影を十分に引きつけると、赤と緑のスーツに身を包んだふたりのベテランヒーローは呼吸を合わせて物陰から飛び出した。



「これで終わりだ! アスタラビスタ、ベイビー!!」



 撃ち出された散弾が影の中心を捉え、不意を突かれた無防備な身体に無数の穴をうがつ。

 もうもうと立ち込める土煙の中、影はあまりにも呆気なくどさりと地面に倒れ伏した。


「やったか!?」

「俺が見てこよう」


 ウィルがとどめを刺そうと、ショットガンを片手にゆっくりと歩み寄る。

 中距離から何発か撃ち込みつつ接近し、緑色の屍をブーツで蹴り飛ばした。


 蜂の巣にされたぼろきれのような身体が、乱暴にひっくり返される。


 だがごろんと転がったその顔には、中指を立てたマークが大きく描かれていた。



「HOLY SHIT! デコイだ!」

「ウィル、上だ! ヤツが上にいる!」


 次の瞬間、ウィルとラマーが立つ通りの両サイドで、ビルの1階が豪快に爆発した。

 大地を揺るがす衝撃の最中、その声はふたりの耳にはっきりと届いた。


「ザコらしい断末魔ってやつを聞かせてくれよ、コメディアン」


 背筋が凍りつくほどになんの抑揚も感じられない、まるで死者の声であった。


 声はすぐさま轟音にかき消され、続いて空が闇に覆われる。

 支柱を失ったビルという名のコンクリートの塊が、ウィルとラマーの直上へと正確に倒れ込みつつあった。


 点でもなく線でもなく、巨大かつ膨大な質量を誇る“面”による攻撃を、いったい誰が想像しえたであろうか。


「ふぅー……これを仕込んでいやがったのか。おいラマー、俺たちのU.S.A.はこいつに耐えられるかな?」

「研究開発室のお偉いさんにでも電話してみるか? “KAIJYUに踏まれても平気ですか?”ってな」

「「HAHAHAHAHA……!!!」」



 総重量5万tもの瓦礫が、ふたりの男の頭上に降り注いだ。






「バァァァァァァニングヒートグロォォォォォォォォブッッ!!!!!」




 それを言葉で表すならば、炎の竜巻であった。

 水平に撃ち出された炎の渦が、降り注ぐ瓦礫ごとウィルとラマーの身体を吹き飛ばす。


 あまりにも強烈な衝撃と圧倒的な火力に、コンクリートは粉々に砕け、鉄骨はどろどろに溶けて風の一部となった。


「「オォォマイガァァァァッッッ!!!」」


 火山の噴火にも匹敵するエネルギーに横薙ぎにされ、ウィルとラマーはボロ雑巾のように宙を舞った。

 自慢のU.S.A.は粉々に砕け散り、ほとんど半裸の状態で芝公園の敷地内に落下する。


 果たして生き埋めにされるのとどちらがマシであっただろうか。


「う……うごご……」

「……ハ、ハレルヤ……」

「よし! 生きているな! お前たちはヒーローに向いていないと俺は思うぞ! お笑い芸人になったほうがいい!」


 烈人はふたりに息があることを確認すると、二の腕をパチンと叩いた。

 ビクトレッドのビクトリー変身ギアに、小諸戸歌子からすかさず通信が入る。


『よし! じゃありませんわよ! 私の手駒になんてことしてくれたんですのォ!!?』

「ごめんなさい小諸戸参謀本部長! 人命救助のつもりだったんですけど火力が強すぎました! でも生きてるなら別にいいかなって! ……それに……」


 烈人はすっくと立ちあがり、半壊したビルの上に目をやる。


 そして己を見下ろす“その男”と向かい合った。



「もうこれ以上、彼に誰かを殺めさせるわけにはいきません」



 烈人は一方的に通信を切ると、じりじりと残り火がくすぶるバーニングヒートグローブを構えた。

 彼の闘志に応じるように、最大最凶の好敵手も両手に剣を構え迎撃の姿勢を取る。



「デスグリーン。俺は全身全霊をかけて、お前を止めてみせる!」

「生憎と今日の俺は平和主義者じゃないんだ、手加減は期待するなよ」

「相変わらず口の減らない男だな!」

「相変わらず空気の読めない男だ」



 正義の赤と、悪の緑、ふたりの視線が交錯する。



 かたやヒーロー本部が掲げる正義ではなく。

 光を宿し、己の正義に燃える瞳と。


 かたや怪人としての悪ではなく。

 闇に染まり、己の悪に凍える瞳が。



「心がたぎる赤き光、ビクトレッド! お前が怨恨の渦に呑まれるならば、俺が今ここでお前の禍根を絶つ!」

「“平和”を愛する緑の光、デスグリーン。利己的に、そして破滅的に、俺は“俺の平和”に殉じよう」







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画面の前のよいこのみんな!!

今日の極悪怪人デスグリーンの更新はここまでだ!!



激突する宿敵、果たして勝負の行方は!


次回! 第百十八話「燃える正義VS凍える悪」


お楽しみに!!




詫び更新ラッシュ楽しんでもらえたかな?


みんなの★とかハートとか、なんかいろいろ待ってるぜッ!!

⇒⇒⇒このあとはみんなで極悪ダンス!

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