第七十八話「量産型ヒーローの逆襲」

 暮内烈人が目を覚ますと、そこはビクトリーファルコンのコックピットであった。

 何故だろうか、南極に降り立った後の記憶がない。


「なんだ……? ずいぶん騒がし……なんだとォーーーーーッ!?」


 烈人は窓から外に目を向けるやいなや、異様な光景に思わず息を呑んだ。

 そこにはオランダのチューリップ畑もかくやといった、一面真っ赤な景色が広がっていた。




「しゃらくせぇ! どうせこけおどしだッ!」


 ヒーローたちがニセレッド集団に向かって突撃する。


 いくら変身したとはいえ所詮中身はザコ戦闘員。

 それに数の上ではまだヒーローたちの方が圧倒的に有利である。



 しかし――。



「量産型レッド軍団の諸君! 貴様らの特技を見せてやれッ!」

「「「ブッ殺ウィーーーーーッッッ!!!」」」


 前線が衝突した瞬間、ヒーローたちの身体が紙吹雪のように空を舞った。

 量産型ニセレッドの戦い方は至ってシンプル、殴る! 蹴る! 掴む! 投げる!


 中身はザコ戦闘員とはいえ“怪人”なのである。

 頑丈な肉体とパワーは、ただ鍛え上げられた人間の比ではない。


 加えて彼らはウサニー大佐ちゃんによって、軍隊式の戦い方を徹底的に叩き込まれた心なき兵士である。

 キリングマシーンと化した彼らに、手心などというものは存在しない。



「な、なんということだーーーーーッ!!!」



 本物のビクトレッドこと暮内烈人は、頭を抱えて叫んだ。


 自身が奪われたビクトリー変身ギアがまさか量産化されていようとは。

 しかもそれが敵の手の内にあり既に実戦投入されているとなれば、烈人の責任たるやいかほどのものか。


 もはや胸に輝くのは勝利のVではなくヴィランのVである。



 ピピピポポポピ!



 そのときビクトリーファルコンの操縦席の下で、聴き慣れた呼び出し音が鳴り響いた。

 烈人が座席の下を覗き込むと、そこにはなんと赤いビクトリー変身ギアが転がっているではないか。


「もももっ! もしもしッ!」

『暮内さん、聞こえますか。南極まで長旅お疲れ様です。言い忘れていましたが、新しいビクトリー変身ギアが支給されていますのでお受け取りください。次なくしたら本当にクビが飛ぶのでお気をつけて』

「ありがとう朝霞さんッ! でも大変なんですよ……俺が、俺がいっぱいいる!!」


 烈人がチラリと外の様子を窺うと、ヒーローたちがニセレッド軍団に押されている様子が見て取れた。

 やはり怪人の強靭な肉体とヒーロースーツの相乗効果で、ニセレッドは並のヒーロー以上の戦闘力を有しているようだった。


「アイツらビクトリースーツの力で、俺の仲間たちを……!」

「では暮内さんは戦わずにそのまま帰還してください」

「そんなこと……っ! できるわけないでしょうっ!!」


 烈人はコックピットから飛び出すと、ビクトリーファルコンの上に立ちビクトリー変身ギアを構えた。

 彼の手の中には、正真正銘勝利のVサインが光り輝いている。



「ビクトリーチェンジ!!!」



 烈人の身体が赤い光に覆われると、全身をコンマ数秒で赤いスーツが包み込む。

 V型のゴーグルがキラリと朝日を照り返し、久方ぶりに灼熱の戦士が東京に降り立った。


「心がたぎる赤き光、ビクトレッド! 正義の鉄拳でお前たちを正す! トウッ!」


 ビクトリーファルコンから飛び降り、ヒーローたちが戦う前線へと走り込む烈人。

 彼の姿はまさに、仲間の窮地に駆け付ける英雄であった。


「本物のビクトレッド参上! 怪人どもめ、俺が来たからにはもう好き勝手はさせないぞ!」

「うわあああーーーーーッ! また出たーーーーーッ!!」


 勢いよく飛び出した烈人の頭に、その“背後”から巨大なハンマーが叩きつけられた。

 衝撃で烈人の身体が半分ほど、羽田空港の地面に埋まる。


「あぶぶぶぶぶ……な、なんで……? ガクッ」

「みんな、惑わされるな! こいつも敵と同じ格好をしているぞ!」

「そうだぞ! 敵をよく見ろ! 赤くてVのやつだけを潰すんだ!」

「このニセモノ怪人め! ビクトレッドさんに謝りやがれ!」


 仲間ことヒーローたちから、次々と辛辣な罵詈雑言が飛ぶ!

 対して敵である怪人たちからは心配の声が上がる!


「まぬけがひとりやられたぞーーーッ!」

「衛生兵ーーーッ! こっちだ、ペグみたいになってやがる!」

「おい大丈夫か! 今引っこ抜いてやるからな!」


 烈人は担架に乗せられると、いずこかへと運ばれていった。


 残されたのは猛るヒーローたち、そして仲間の復讐に燃えるニセレッド軍団!

 その中にはかつて北関東怪人連合でヘッドを張った、狼男バンチョルフの姿もあった。


「戦友のかたき討ちでありますオラウィーーーーーッッッ!!!」

「「「ウィッ! ウィッ! ウィッ! ウィッ!」」」


 バンチョルフは今やニセレッド軍団という、巨大な兵器を構成する歯車のひとつと化していた。

 そしてそんな自分の“パーツとしての役割”に、強い誇りを抱いていた。


 すべてはウサニー大佐ちゃんによる教導の賜物である。

 牙を抜かれ、新たな牙を手に入れた狼は、ヒーローをなぎ倒しながら林太郎たちのもとに駆け寄る。


「デスグリーンさん! サメっちさん! ご無事でありますかオラウィッ!?」

「お前もしかしてバンチョルフか? 随分変わったな」

「今の方がイケてるッスよ!」

「恐縮でありますッ! 皆様今のうちに撤退しましょうオラウィッ!」



 戦局はニセレッド軍団の優勢であった。

 ここまでくれば、林太郎たちが安全に撤退することも可能であろう。


 しかし、ヒーローたちとてそう易々と敵を逃がしたりはしない。



「待てーい貴様ら! このダークロミオファイブを甘く見るなよ!」



 5人の闇の戦士が手にした剣、ロミオスパーダを構える。

 彼らが厳しい修行によって体得した闇の力、それらが負のエネルギーとなって剣をどす黒く染める。


 次の瞬間、羽田空港の人工大地を割って巨大なロボが姿を現した。

 それはカラーリングこそ真っ黒だったが、破壊し鹵獲されたはずの『プリンスカイザー』であった。


 現行巨大ロボの中でも、最新世代機のプリンスカイザーは最高水準の性能を誇る。

 研究開発室が無理をして、優先的に再配備したのだった。


 だがその様子に、仲間のヒーローたちからも悲鳴と怒号があがる。


「あああ、あいつら巨大ロボを!」

「空港に被害が出るとヤバいから使うなって言われてたのに!」


 おそらくロボによって踏み割られた滑走路を修繕し、また飛行機が飛べるようになるには数週間を要するであろう。

 しかし若い彼らには目の前の敵しか見えていないのであった。


 ダークロミオファイブは新生プリンスカイザー、もといダークプリンスカイザーに乗り込むと、ビシッとポーズを決めた。

 リーダーのロミオロッソこと、天竜寺レンが高らかに笑い声をあげる。


「クッハハハハ! 以前はおくれを取ったが、今回はそうはいかないぞ! コックピットのハッチも完全密閉型だ!!!」

「傾向と対策は基本です。新型のプリンスカイザーに死角はありません」

「さすがは俺たちの頭脳、ロミオビャンコ・光ノ宮リョウだ!」

「ふっ……これしき、風紀委員長として当然のことです。今計算したところ、僕たちの勝率は99.9%です」


 ダークロミオファイブの5人の目は、キラメキなど欠片もなくギンギンに血走っていた。

 あの狭山湖での雪辱を、今こそ果たすときなのである。


 巨大ロボが剣を構え、生身の林太郎たちに向かってためらいなく振り下ろす。



「食らえ超必殺! †漆黒五聖・斬滅夢葬んッほォーーーーーッ!!!」



 ダークプリンスカイザーが漆黒の剣を振り下ろす前に、それよりも遥かに巨大な剣がその黒き巨体を真っぷたつに斬り裂いた。

 火花が激しく飛び散り、鋼鉄がぶつかり合う轟音が羽田空港全体を震わせる。



 ズシン……と大地を揺らしながら現れる2体目の巨人。



 空から降り立った純白のボディ!

 合体ロボとは思えぬそのスタイリッシュな風貌!

 かつて狭山湖で7体の巨大ロボを屠った高貴なるその威容!



 ロミオファイブのかつての乗機、真白き正義の象徴・プリンスカイザーが堂々とそこに立っていた。


 ただし腕が巨大なドリルになっていたり、背中に翼が生えていたりと酷く魔改造を受けた姿で。


「ばかな……プリンス……カイザー……ガクッ」


 あわれ、ダークプリンスカイザーは特に見せ場もなく爆発四散した。

 ダークロミオファイブが一発退場したところで、魔改造プリンスカイザーがカッコよくポーズをキメる。


「うひょーっ! カッコイイッスぅ!」

「あれは……まさか……」


 盛り上がるサメっちとは対照的に、林太郎はロボの正体に薄々勘づいて眉をひそめた。


 林太郎の予想を裏付けるように、純白の巨体からずいぶんと聞き慣れた声が響く。



『うひゃひゃひゃ! どうじゃ見たか林太郎! 巨大ロボのわしはかっこいいじゃろ?』




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