第七十五話「赤い翼の帰還」

 午前五時――東京湾とうきょうわん羽田沖はねだおき――。

 一艘いっそうのボートが、ある男の帰りを待っていた。


「ううう林太郎、まさか南極なんきょくまで女の子をむかえに行くなんて……」

「めそめそするなミナト衛生兵長えいせいへいちょう! 軍人ぐんじんたるもの常に心は冷酷無比れいこくむひ殺戮兵器さつりくへいきであるべきだ!」

「私は衛生兵長えいせいへいちょうでも軍人ぐんじんでも殺戮兵器さつりくへいきでもないんだよぉ……!」


 ボートの上で待機するのは、長身ちょうしん黒髪美女くろかみびじょソードミナスこと剣持けんもちみなと

 そして軍服ぐんぷくウサミミ眼帯女子がんたいじょしことウサニー大佐たいさちゃんほか、数名のザコ戦闘員たちであった。


 めずらしい組み合わせであったが、これにはわけがあった。

 なにせ南極への往復おうふくなど、アークドミニオン史上初しじょうはつこころみである。

 さらに林太郎たちとの交信こうしん丸一日まるいちにち途絶とだえたことから、なんらかのトラブルに巻き込まれた可能性も高いと推測すいそくされる。


 帰還きかんを迎え入れるにさいして万全ばんぜんを期するべく、任務遂行にんむすいこう能力と統率力とうそつりょくひいでたウサニー大佐ちゃんが抜擢ばってきされたのだ。


 このボートの乗組員のりくみいんは、新兵しんぺい訓練くんれんにな教導きょうどう軍団長にして百獣ひゃくじゅう軍団でナンバーツー地位ちいにいる“できるおんな”の人選じんせんであった。


まんいち凍傷とうしょうなど身体しんたい深刻しんこくなダメージを負っていた場合、怪人とはいえ早急そうきゅうな|治療が必要になる。貴官きかんの活躍を期待しているぞ」

「うっぷ……頑張がんばる……ところであと何分なんぷんぐらいられていればいいんだ……?」


 アークドミニオンでもっと医療いりょうの知識にけるみなとは、船酔ふなよいという自身の疾病しっぺいと格闘していた。

 言うなればこのボートは、アークドミニオンが用意できる限りで最高の運転手と最高の医者を乗せた救急車である。


 しかしもうかれこれ真冬まふゆの海上で五時間ほどられ続けており、このままではみなと自身が病人になってしまいそうであった。


「早ければ、あと二時間といったところだ」

「に、二時間も……?」


 サメっちからビクトリーファルコンの奪取だっしゅに成功したとの無線連絡むせんれんらくがあったのは、かれこれ数時間前の出来事できごとである。

 それ以降は亜音速あおんそく飛行をするビクトリーファルコンのせいか、それとも電波障害でんぱしょうがいのためか連絡がつかない状況であった。


「心配するなミナト衛生兵長、今回の任務はそう難しくない。言ってしまえば、ただのピックアップだ」


 アークドミニオンがおこなう“保護ほご”の任務にあたって、もっとも警戒すべきはヒーロー本部による介入かいにゅうである。

 特に今回保護する『暗黒あんこく怪人ドラキリカ』は、ヒーロー本部にとって極めて重要度が高いらしい。


 だが神保町じんぼうちょうで壊滅的な打撃をうけたばかりのヒーロー本部には、ちょっかいをかけられるほどのちからはないように思われた。

 事実ヒーロー本部は覚醒かくせいしたばかりの桐華きりか身柄確保みがらかくほ一度いちど失敗している。


 なにも心配することはない、ウサニー大佐ちゃんは自分にそう言い聞かせた。

 しかしそのウサミミ司令官しれいかんのもとに不穏ふおんしらせが届いた。


「なに? 大田区おおたく避難命令ひなんめいれいが出ているだと?」

間違まちいありませんウィーッ!」


 ウサニー大佐ちゃんはその赤いで、遠くに見える羽田はねだ空港を見据みすえた。

 いまけきらぬ夜の闇にしずむ東京の玄関口げんかんぐちでは、管制塔かんせいとうの赤い光だけが点滅てんめつしていた。




 …………。




 マッハいちを誇るビクトリーファルコンであれば、南極から東京までは半日はんにちちょっとでひとっ飛びである。

 コックピットから見える水平線には朝の光がれていた。


「アニキ! タガデンタワーが見えたッス!」

「おー、こうして見るとやっぱでかいなー」

『こちら羽田管制はねだかんせい。ビクトリーファルコン、34アールへアプローチしてください』

「こちらビクトリーファルコン、了解」


 ビクトリーファルコンは、羽田空港への着陸コースに入っていた。


 なぜわざわざリスクをおかしてまで空港に着陸するかというと、“あやしい航空機こうくうき”のままでは日本領空りょうくう侵入しんにゅうした時点で迎撃される可能性があったからだ。

 自家用じかよう航空機の操縦免許そうじゅうめんきょを持つ林太郎とはいえ、ヒーローたちとの空中戦はけたいところであった。


 林太郎は背後でのびている烈人のふりをしながら、空港管制官の指示にしたがう。

 管制官はビクトリーファルコンがハイジャックされていることなど、知るよしもないだろう。


「着陸したらどうするんですか?」

「羽田の近くにボートを待機させてるッスよ。着陸したらそっこーで乗り捨ててダッシュッス!」

手際てぎわがいいな、さすがたよりになるぞサメっち!」


 林太郎は片手で操縦桿そうじゅうかんを握りながら、あいた手でサメっちの頭をなでくり回す。


 キングビクトリーに搭載とうさいされていた衛星無線えいせいむせんを使って、サメっちはアークドミニオンとみつ交信こうしんおこなっていた。


 ほとんどジャンクに近い状態からたった数時間で修理しゅうりしたあたり、存外ぞんがいサメっちの手先てさき器用きようなのである。

 息を吸うように爆弾を量産しているぐらいなのだから、当然といえば当然なのだが。


 サメっちはふふんと鼻を高くすると、桐華に対してどうだとばかりに胸を張った。


「むふふ、サメっちは仕事もできるいいおんなッス。なんたってアニキの一番舎弟いちばんしゃていッスからね。むふーんッス」

「…………センパイ、私もこの飛行機奪取だっしゅしましたよね。まだなでてもらってないんですけど」

「それひょっとして両手でなでろって言ってる? ねえ見えてるかな? センパイはいまとてもデリケートな着陸進入ちゃくりくしんにゅうの真っ最中さいちゅうだよ? ……ん?」


 林太郎は窓の外に見える羽田空港の敷地しきちに、かすかな違和感いわかんおぼえた。

 しかし最終進入さいしゅうしんにゅうコースに入っていたビクトリーファルコンは、そのまま羽田空港の滑走路かっそうろへと着陸ちゃくりくする。


 ドンッというわずかな振動しんどうとともに、赤い機体はようやく日本に降り立った。


「よし、止まった。すぐに羽田空港から脱出だ!」

「あいあいッス! ボートもこっちに向かってるはずッス!」


 林太郎たちはハッチを開いて滑走路に飛び降りると、一目散いちもくさんに空港のはし目指めざして走り出した。

 海までたどり着きさえすれば、品川しながわのタガデンタワーことアークドミニオン地下秘密基地は目と鼻の先である。


 不意ふいに、先頭せんとうを走っていたサメっちが林太郎に声をかけた。


「サメっち空港くうこうはじめて来たッスけど、意外とさびしいんッスね」

「そりゃほとんど滑走路だからね。にぎやかなのはターミナルのほうだよ」

「飛行機ぜんぜんないッス。サメっち飛行機見たかったッス」

「……なんだって?」


 林太郎の足がピタリと止まる。


 あらためて見渡みわたすと、自分たちが乗ってきたビクトリーファルコン以外の飛行機が“ただの一機いっきも”見当みあたらない。


 羽田はねだ一日いちにちあたりおよそ一二〇〇せんにひゃく回の離発着りはっちゃくがある世界でも有数ゆうすうの国際空港である。

 どこにも飛行機が駐機ちゅうきしていないなど、たしてありえるのだろうか。


 あるべきはずのものが無い。

 違和感いわかん正体しょうたいは“これ”であった。


 異様いような光景を前に、林太郎の頭の中で危険信号きけんしんごうしめすサイレンが鳴り響く。

 考えられる可能性は、ただひとつである。


「どうしたッスかアニキ? もうすぐ海ッスよ!」

「サメっち、走れ! 物狂ものぐるいで走れーーーーーッ!」


 林太郎が叫ぶのと同時に、空から、海から、大地から。

 ありとあらゆる場所からカラフルなヒーロースーツを身にまとった戦士たちがぞろぞろと現れる。


 広大こうだいな羽田空港の敷地しきちが、あっというに正義の色でくされた。


大空おおぞら戦隊エアジェッター! 成層圏せいそうけんより華麗かれい推参すいさん!」

海鮮かいせん戦隊ダンキュリアス! 海のさち食ってパワー全開だぜーっ!」

親分おやぶん戦隊ジロチョウジャー! 総勢そうぜい二十九名、全員集合!」

温泉おんせん戦隊ホッコリジャー! 一度はおいでよ草津くさつ伊香保いかほ!」

しん煌輝きらめき戦隊ダークロミオファイブ! ほろべ、我が葬送曲レクイエム調しらべとともに!」


 林太郎たち三人は、“東日本ひがしにほん全域ぜんいき”から集められた総勢一〇〇〇人いっせんにんものヒーローに完全包囲かんぜんほういされていた。





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