第六十話「一鉄と竜ちゃん」

 林太郎と桐華の決着がついたちょうどそのころ。

 神保町じんぼうちょうり広げられていたヒーローと怪人たちの戦いも決着がつこうとしていた。


「ベアボディ・プレスッッ!!!」


 ベアリオンの七〇メートル級の巨体が空からってくる。

 それは人間の目線からすると二十五階建てのビルが倒れてくるのにひとしい。


 しかし最古のヒーロー、六十八歳のアカジャスティスこと守國もりくに一鉄いってつは、それをけるそぶりすら見せない。


 わきを固くしめ、握りしめた拳で桁違けたちがいの巨体を誇るベアリオンを迎撃する。

 守國が大地を踏みしめると、アスファルトが陥没かんぼつし巨大なクレーターが出来あがった。


「アカパンチ!!!」


 拳にめ込んだエネルギーが一気に放たれる。

 ベアリオンにはまるで拳が巨大化したように見えたことだろう。


「グオオオオオオオッ!?」


 空から落下してきたベアリオンの巨体が、空へと追い返された。

 ベアリオンはそのままゴロンゴロンと、神保町の大通りを受け身を取りながら転がる。

 しかし立ち上がったのもつか、その規格外のパンチを何度も受けたベアリオンは、ついにひざをついた。


「コンチクショウがあ……ちいせえ相手はやりにくいぜえ……!!」


 百獣将軍ベアリオンの戦闘スタイルは、見ての通りプロレス技が主体しゅたいとなっている。

 だが豆粒まめつぶのような相手に強力なわざを仕掛けることは、ほぼ不可能であった。

 そのため実質打撃だげき技やびせ技で戦うほかないのだ。


「さすがにしぶといな。だが俺の現役時代にはもっとほねのあるやつがいた」


 守國とベアリオンの周囲には、一〇体を超える巨大化した怪人たちがしかばねのように倒れていた。

 残っているのは百獣ひゃくじゅう将軍ベアリオンと、牙鮫きばざめ怪人サーメガロだけである。


「はわわわわ、オジキィィ! あいつめちゃくちゃ強いッスぅぅぅ!」

「ガハハハハ! そうだなあサメっちい!! オレサマと同じぐらい強いなあ!!!」


 ベアリオンはおろおろしているサメっちの不安を笑い飛ばすと、気合いを入れ直して立ち上がった。


 百獣将軍ベアリオンは、まがりなりにも最強を名乗る獣系けものけい怪人の王である。

 このような老体ろうたい相手に負けたとあっては部下へのしめしがつかない。


「ウオオオオオオオオオオオオン!!!!!」


 ベアリオンは千代田区ちよだく全域に響き渡るほどの遠吠とおぼえをとどろかせると、両の拳を握りしめそのたくましい大胸筋だいきょうきんをパンパンにふくれ上がらせた。


百獣の王ヒャクジューキングダイナマイトラッシュ!!!!!」


 ビクトレッドのバーニングヒートグローブさえも通用しないほどの圧倒的な筋肉。

 それらをフルに稼働かどうさせ野生やせい本能ほんのうまかせると、筋肉の躍動やくどうするがままにはがねの拳を叩きつける。


 ズガガガガガガガガガガガッッッッッ!!!!!


 あまりの破壊力に衝撃波しょうげきはだけで周囲のビルが倒壊し、地面がえぐれ地下鉄都営三田線とえいみたせんのホームが露出ろしゅつした。


 神保町じんぼうちょう瓦礫がれきの山と化し、ベアリオンの巨体が徐々じょじょちぢんでいく。

 巨大化薬きょだいかやくのタイムリミットであった。


「はぁーーーっ、はぁーーーっ、見たかオレサマのパワーを!!!」


 人間大にんげんだいのサイズに戻りつつ、息を切らせながらベアリオンは勝利宣言せんげんをした。

 その耳に、聞こえてはならない声が届く。


「やればできるじゃあないか、ボウズ」

「なんっ……だよ……そりゃあ……ッッッ!!!」


 えぐれた地面の真ん中に、赤いマスクが燦然さんぜんと輝く。

 守國はベアリオンが繰り出す最高威力のパンチのラッシュを、己のパンチで完全に相殺そうさいしていたのだ。


「俺が倒してきた怪人の中でも、パワーだけならば五本の指には入るだろう。ほこっていいぞ」


 守國の拳が真っ赤に光り輝く。

 それはアカジャスティスが勝負を決める合図あいずであった。


 彼はこのたったひとつの技で三〇年以上も、凶悪無比きょうあくむひな怪人たちと戦い続けてきたのだ。


「アカパンチ!!!!!」


 シンプルにして最強。

 巨大化がけて動けないベアリオンに、真っ赤な拳が迫る。


「ちっ……オレサマともあろう者がこんないぼれによお……」

「オジキイイイイイイイイイイ!!!!!」



 パキッ……。



 拳がベアリオンの巨体に届こうかとしたその刹那せつな空間くうかん闇色やみいろの“ひび”が入った。


 ひびの隙間すきまからヌウッと現れた手が、アカジャスティスの拳を苦も無く受け止める。



 ズ……ズズズ……ズルゥッ……。



 黒き闇の中から現れたそれは、漆黒しっこくのマントを身にまとった夜の王。

 土気色つちけいろの肌に真っ白な髪、やいばのように鋭い目をした老紳士ろうしんしであった。



「クックック……フハハハハ……ハァーッハッハッハ!!!」



 邪悪な三段笑いが瓦礫がれきの街にこだまする。


 悪の秘密結社、アークドミニオンの総帥そうすい

 ドラギウス三世が、最古のヒーローの前に降り立った。


我輩わがはい、参上である」

りゅうちゃあああああん!!!」

「おお、サメっち、少し見ない間にずいぶん大きくなったではないか」


 まるでおぼん帰省きせいしたまご田舎いなかのおじいちゃんの会話である。

 かたや体長六〇メートルのサメ怪人、かたや暗黒を背負った関東怪人のおさだが。


 アカパンチを止められた守國は、改めてファイティングポーズを取りドラギウスと正対せいたいする。

 それとは対照的に、ドラギウスは普段と変わらないゆったりとした構えで守國を見据みすえた。


「ふぅーーーっ、やはり出てきおったか、竜三りゅうぞう

「久しいではないか。少し拳が軽くなったのではないか、一鉄いってつ?」


 それはアカジャスティスが現役を張っていたころ以来、ゆうに数十年ぶりの再会であった。


「すでに目的は果たしたのである。部下だけでケリがつくならば、こうして出張でばってくるつもりはなかったのであるが……どうであるかな?」


 ドラギウスの身体からだから真っ黒なオーラが噴出ふんしゅつする。

 それはまるであふれ出る血のように、空へと向かってしたたり落ちる。

 空気がビリビリとふるえ、その威圧感だけでビルの外壁に亀裂きれつが入った。


「まだ暴れ足りないというのならば、我輩が直々じきじきに相手をしてやらんこともないが」


 それは提案ていあんと言うより、もはや脅迫きょうはくであった。

『手を出さなければ見逃みのがしてやる』と言っているのだ。

 巨大怪人との連戦を重ねた高齢の守國に、選ぶ権利などありはしない。


御免ごめんこうむりたいところだな。俺とお前が本気で暴れたら千代田区ちよだくがなくなってしまう」

「結構、ならば悠々ゆうゆう退かせていただくのである」


 ドラギウスは黒いマントをひるがえすと、アークドミニオンのヒーロー本部襲撃部隊に撤退てったい命令をくだした。

 ヒーロー本部長官の守國は、その様子をただ見届みとどけることしかできなかった。




 ――夜明よあけが近い――。



 前の薄明うすあかりに照らされた瓦礫がれきの山のてっぺんで、守國はドカッと座り込みカップざけを飲んでいた。

 マスクを外し、赤いヒーロースーツの上から肩にかけた上着うわぎが風に揺れる。


 そこへ瓦礫をかきけながら、スーツ姿の女性が近づいてくる。


「おう朝霞あさか、無事だったか」

「おかげさまで。しかし手ひどくやられましたね」

「うむ、復興ふっこうには時間がかかるだろうな。職員たちはどうした?」

「幸いにも全員避難は完了しています。現在は阿佐ヶ谷あさがや仮設かせつ本部に」

「……そうか」


 守國は短く返事をすると、手にしたカップ酒を一気に飲みした。

 のぼる朝日が、守國の顔に深くきざまれたしわに影を落とす。


「ドラギウス三世か……昔の俺なら止められただろうに」


 小さくつぶやいた守國の背中は、いつもより少し小さく見えた。

 朝霞はそんなさびしげな長官の姿を見て、気になっていたことをたずねてみることにした。


「守國長官は……ドラギウス三世のことを昔からごぞんじなのですか?」

「ああ、よく知ってるさ。アイツが怪人として覚醒する前からな。ドラギウス三世……いまはそう名乗なのっているが、そいつはかつて俺の“同僚どうりょう”だった」


 身近みじかな人間がある日突然、怪人として覚醒する。

 それはけして特別なことではない。

 鮫島さめじま朝霞あさかにとって、いもうとがそうであったように。


「そう、だったのですか……」


 守國は上着から一枚の写真を取り出すと、朝霞に手渡した。

 色あせたその写真には守國を中心に五人の戦士たちが写っている。


 朝霞の目はその一番はし、黒いヒーロースーツを着た鋭い目つきの青年に吸い寄せられた。



「そいつがクロジャスティス……まゆずみ竜三りゅうぞうだ」




 …………。




 阿佐ヶ谷あさがやの仮設ヒーロー本部では職員たちがあわただしく働いていた。

 神保町じんぼうちょうのヒーロー本部が襲撃を受け完全に破壊されるという前代未聞ぜんだいみもんの大事件を前に、関係者たちは眠れぬ夜を過ごしていた。


 その一室、仮設医療センターという名の手書きのプラカードがかかげられた部屋のベッドで、ひとりの少女が天井てんじょうを見上げていた。


 白銀はくぎんの髪と、青空のようにんだ目をした少女は、そのくちびるから呪詛じゅそのように同じ言葉を繰り返していた。



「……センパイ、……センパイ、……センパイ……」



 その身体からだからごくわずかではあるが、黒いオーラがにじみ出していることに。


 誰も、桐華自身も気づいてはいなかった。





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