第五十九話「最後の一撃」

 光の消えた街並まちなみに、赤い火花がほとばしる。

 月光に照らされた黒い刀と緑の剣が激しくぶつかり合う。


 戦局は拮抗きっこう……かと思いきや、緑が一方的に押されていた。


「やっぱり正攻法せいこうほうじゃが悪いか……っ!」


 激しさを増す攻撃をいなしながら、林太郎は顔をゆがませた。

 相手は生身なまみでもデスグリーンに対抗しうるまゆずみ桐華きりかである。

 桐華がヒーロースーツを着用すれば、その戦闘力は林太郎のみならずあらゆる怪人を凌駕りょうがする。


 だが今回の林太郎はこれまでとは一味ひとあじ違った。

 ありとあらゆる手を、これでもかと用意してきたのだ。


「無月一刀流、大一文字おおいちもんじ!」


 防戦一方で逃げ回るデスグリーンを追い、ついに桐華は林太郎にトドメを刺したかに見えた。

 しかし真っぷたつに両断されたそれはデスグリーンの等身大とうしんだいパネルであった。


 直後、桐華の背後から緑の凶刃きょうじんが襲い掛かる。


すきありゃァッ!」

「そんなことだろうと思いましたよッ!」

「ぐえーーーッ!!」


 桐華は振り向きざまに“クロアゲハ”をり上げた。

 カウンターが見事に決まり、林太郎は二〇メートル近く吹っ飛ばされる。


「ちくしょう、なんでだーッ!?」

「あなたがどれだけさくろうそうと、私には通用しません」


 通算つうさん三度目となる桐華と林太郎の直接対決には、これまでの戦闘とくらべて大きな違いがあった。


 それは“場所”である。


 これまではヒーロー側が怪人を奇襲きしゅうする立場にあり、怪人側は無策むさく迎撃げいげきおこなうしかなかった。

 しかし今回のさいたま新都心しんとしん市街地は“怪人側から仕掛しかけた”という点において、は怪人側にある。


 つまりこのフィールドには、林太郎によるありとあらゆる卑劣ひれつわなが仕掛けられているのだ。

 しかし林太郎が次々とり出す卑怯ひきょうな手の数々は、桐華によってことごとく看破かんぱされていた。


「くそっ、まるでうちが全部読まれているみたいだ……!」

「あなたの考えなんて、すべてお見通みとおしなんですよ」


 まさにその言葉通り、桐華にはデスグリーンが何を仕掛けてくるかある程度ていど予測することができた。


「ゴムマットとくぎはスパイクストリップ……ワイヤーネットは電流トラップ……」


 林太郎たちは立川たちかわのホームセンターで、これら罠に使う材料の買い出しをおこなっていた。

 その情報を公安当局こうあんとうきょく見逃みのがすはずもなく、すでに購入物品ぶっぴんリストはヒーロー本部の手中しゅちゅうにあったのだ。


「ベニヤいた塗料とりょうはデコイ……全部、教えてもらったんです……あの人に……!」


 桐華はそれらのリストを一目ひとめ見ただけで、デスグリーンが何をしようとしているのか手に取るようにわかるのだ。

 それはりし日、林太郎が桐華と共に考案したお手軽てがるブービートラップの数々であった。


 思い出されるのは訓練教官を相手にあらゆる悪戯いたずらを仕掛けた日々。

 毎回見つかって雷を落とされるのは桐華の役目であった。


 思い返せば一緒に考案したというのは桐華の記憶が美化びかされているだけで、実際にはていよくごまに利用されていただけのようにも思えるが。


 だがそれらの記憶が血肉ちにくとなり、今こうして仇敵きゅうてきたる極悪怪人デスグリーンを追い詰めているのはまぎれもない事実だ。


「ぜえ……っ、ぜえ……っ、なぜだ、なぜ俺のさくが通用しないんだーッ!?」

「いまの私は“ひとりじゃない”んですよ!」

「おのれビクトブラックぅーーーーーッッッ!!」


 林太郎は距離を取ると地面に赤い玉を投げつけた。

 一瞬にしておたがいの視界が大量の赤い煙に包まれる。

 煙に巻かれた一瞬のすきき、桐華めがけて塗料とりょうがぶちまけられた。


「うははははーーーッ! これでもはや何も見えないだろう!」


 ヒーロースーツがオレンジ色に染まり、マスクの視界も完全にさえぎられる。

 特殊とくしゅな塗料であり、ぬぐったところで落ちはしない。


「大量に購入していた花火は煙幕……そして防犯用カラーボールによる目つぶし……」


 それもすべて、桐華にとっては想定の範囲内であった。


「変身解除!」


 なみのヒーローであれば視界をふうじられた時点でみであろう。

 しかしいざという時はヒーロースーツさえも捨てる、この思い切りの良さが桐華の強みであった。

 かの蹴兎しゅーと怪人ウサニー大佐ちゃんとの戦いにおいても、電撃ビリビリムチから逃れる際にこの戦法を取っている。


 そして桐華の目論見もくろみ通り、煙の中で視界が悪いとはいえ彼女の目はデスグリーンのシルエットをとらえた。


「言ったはずです。あなたの考えることは、すべてお見通みとおしだと」

「な、なにぃーーーッ!? そんなバカなーーーッ!?」

無月むげつ一刀流奥義おうぎ高嶺孔雀たかねくじゃく!!!」


 桐華にとってこれが最後の一撃だ。

 師匠ししょうの、愛する人のかたきを、ここでつ。


「いっけぇーーーーーッッッ!!!」

「そんなバカな……バカな、バカな……バカなァァァァァッッッ!!?」


 漆黒しっこく一閃いっせんが、絶体絶命ぜったいぜつめいの極悪怪人デスグリーンに迫る。






「なあんてバカなんだろうねえ、まゆずみちゃんは」




 緑のマスクの内側で、林太郎はもとヒーローとは思えないほど邪悪じゃあくな“いい笑顔”を見せた。


 直後、桐華の“”にすような激痛が走った。


「いっ、いっ……いったああああああああッッッ!!!!!」

「このおよんでただの煙幕だと思ったかい? 花火をたくさん買ってたから? あはははははははははは!! ひーっ、笑いすぎてはらいてえ!!」


 林太郎はふところから真っ黒なスプレー缶を取り出した。

 “なにがなんでも痴漢ちかん撃退、超強力催涙さいるいスプレー『地獄のストーカーころり』死人しにんが出たのでアメリカでは発売禁止!!”


 林太郎がもちいたのは、当然のことながらただの煙幕ではない。

 このご禁制きんせいしなをさらに魔改造まかいぞうして面制圧めんせいあつを可能にしたバイオテロ兵器へいきであった。


 オレオレジン・カプシカムガス、ようするに猛獣撃退もうじゅうげきたい用の超激辛ちょうげきからトウガラシスプレーガスである。

 ヒグマ相手でも半日はんにちもだえ苦しませる凶悪な刺激物しげきぶつが、煙と一緒にうす霧状きりじょうにひろがっていたのだ。


 そんな地獄の瘴気しょうきの中で身を守るヒーロースーツを脱ごうものなら、どうなるかは火を見るよりあきらかである。


 つまるところ林太郎の策は“どうやってヒーロースーツをぎ取るか?”の一点にのみ焦点しょうてんを当て、積み上げられていたのだ。


 林太郎のり出す小手先こてさきの技を見て全て読み切ったつもりでいた桐華であった。

 しかし読み切ることまでふくめすべて、林太郎によって“読み切られていた”のである。


「みぎゃーーーーーーーッッッ!!!」

「俺は言ったはずだぞ黛、敵からあたえられた情報を鵜呑うのみにするなってさ。お前さんは情報をつかんだんじゃない、掴まされていただけだ。俺が何も考えずにあんな目立めだ恰好かっこうで街をうろつくはずないだろうが」

「はうっ、はうぅぅ…………ッ!!!!!」


 林太郎の言葉も、悶絶もんぜつしながら涙をボロボロ流す桐華にはほとんど届かない。

 それはそうだろう、サボテンに吹きかければ二日でれるほど凶悪な激辛ガスを全身に浴びたのだ。


 顔を押さえてひざをつく桐華に近づくと、林太郎はしゃがみ込んで顔を近づけた。


「すべてお見通しって言ってたっけ? なぁーんにも見えてなかったねえ! 俺を追い詰めたと思ったかい? 影の先っちょにすられてなかったんだよねえ! あっはっはっはっは!」


 林太郎は痛みにもだえる桐華にも聞こえるように、これでもかと笑い飛ばした。

 メンタルのオーバーキルは基本である。


 林太郎は一通ひととおり笑いきると、小さなはりを取り出した。

 その先端せんたんからは“ニンジャポイズンソード”に塗られているものと同じ神経毒しんけいどくがしたたり落ちている。


「さあて、夢の国の舞踏会ぶとうかい十分じゅうぶん楽しめただろう? それじゃあそろそろ現実に戻ろうかシンデレラ」

「うぐっ……うぐぅぅぅぅぅ……ッッッ!!!!!」


 桐華の首すじにチクリとかすかな痛みが走る。

 それは催涙さいるいガスの痛みに比べればごくわずかなものであったが、小さなしびれはあっという間に全身にひろがり桐華の四肢ししから自由を完全に奪い取った。


「あっ……ひぐ……うぁ……」

「さあて、どうしてくれようかあ……」


 林太郎が下衆げすな笑みを浮かべていると、遠くからその名を呼ぶ声が聞こえた。


「おーい林太郎、大変だ! 敵の援軍がこっちに向かってる!」


 ぜいぜい息を切らしながら長身の美女が走ってくる。

 みなとは肩で息をしながら、林太郎の足元あしもとに転がっている白銀はくぎんの髪の少女に目をやった。


「思ったより早いな。まあいい、ちょうどこっちも終わったところだ」

「林太郎、この子は?」

「ビクトブラックだよ」

「ビクッ……ひぃぃぃぃぃぃッッッ!!!」


 湊はその名を聞いただけでふるえ上がった。

 コートのすそからボロンボロンと西洋剣せいようけんをバラまきながら、ササッと林太郎のかげに隠れる。


 林太郎はおびえる湊から冷やしたタオルを受け取り、トウガラシエキスまみれになった桐華の顔をいてやった。


「さんざん苦しめられたヒーローにもなさけをかけるのか……林太郎は変わったヤツだな。私はてっきり首でもねるのかと思ったよ」

「俺は殺しはやらない平和主義者だよ? それはそうと知ってるかソードミナス、催涙スプレーの主成分しゅせいぶんは油なんだ」


 林太郎はそう言うとポケットから黒いサインペンを取り出した。


「だからこうして拭いてやらないとさ、油性ゆせいじゃ書きづらいんだよね」

「林太郎おまえ……ひどいヤツだな!」

「極悪怪人だからね。はい総員撤収てっしゅう!」



 廃墟はいきょと化したさいたま新都心にヒーローの援軍が到着したのは、それからわずか数分後のことだった。


 大量の剣が墓標ぼひょうのように立ち並ぶ中、彼らが目にしたものは。



 完膚かんぷなきまでに叩きのめされ、完全敗北をきっしたヒーロー本部の矜持きょうじ

 ひたいに“にく”と書かれた黛桐華の無惨むざんな姿であった。




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