第五十一話「激突! 新生ビクトレンジャー」

 燃えひろがる花畑はなばたけに、戦士たちはひとりの男と対峙たいじしていた。


 男の名は極悪怪人デスグリーン。

 かつて彼らの同胞どうほうであった栗山林太郎を殺害し、その姿と声と、正義の力をうばった仇敵きゅうてきだ。


いちたいってのは卑怯ひきょうだと思うんだよね」


 窮地きゅうちと呼べる状況に立たされてなお、どこか皮肉ひにくめいた台詞せりふを口にするさまは、まさしくきビクトグリーン・栗山林太郎そのものだ。

 実際のところそのものもなにも林太郎本人なのだが、ビクトレンジャーの五人はそんなこと知るよしもない。



「いくぞっ、デスグリーン! クリリンのかたき!」


 熱くたぎる拳を握りしめるのはリーダーのビクトレッド・暮内くれない烈人れっとである。


 それに続くように、全身包帯ほうたいまみれで車いすに座ったビクトブルー・藍川あいかわジョニー。

 安定剤あんていざいの飲みすぎで瞳孔どうこうがばっちり開いているビクトピンク・桃島ももしまるる。

 せすぎてビクトリースーツの上から点滴てんてきを打っているビクトイエロー・黄王丸きおうまる


 ――そして――。


「センパイ……私に力を貸してください……」


 いまはき師匠、栗山林太郎のネームプレートを握りしめる最強の新人隊員、ビクトブラック・まゆずみ桐華きりか


 胸にかがやブイマーク、いつつの光がひとつになったとき、勝利のヴィクトリーてんとどろく!

 彼らこそヒーロー本部がほこる最強の戦士たち、勝利戦隊しょうりせんたいビクトレンジャーなのである!


 ビクトレンジャーたちのギアに、新しい司令官からの通信が入る。


『目標は極悪怪人デスグリーンならびにアークドミニオン幹部・奇蟲きちゅう将軍ザゾーマです。すでに植物園内の市民の避難ひなんは完了しています。火器かきの無制限使用、ならびに“処分しょぶん”の許可は出ていますので存分ぞんぶんにやってください』


 その通信に、ブルーたちがおそるおそるこたえる。


「やれって言うけどさ、俺……全身の三割さんわり骨折こっせつしてるんだぜ……?」

ぞんじています。車いすは貸与品たいよひんなので壊さないようにお願いします』

「私、お医者さんから明るい場所はけるように言われてるんだけど……」

『了解しました。ではマスクのバイザーを活用してください。健闘けんとういのります』

「わし……点滴てんてき打ってないと死ぬって言われて……」

『……はい? いま打ってますよね? 足りませんか?』


 コネでがった大貫おおぬき前司令官と違い、たたげの鮫島さめじま朝霞あさか新司令官の辞書には休養きゅうよう労災休業ろうさいきゅうぎょうという言葉はっていないのだ。


「レッドォォォォォ!! 新しい司令官きびしすぎるんだぜ!!」

「ってゆーか、司令官がブラックよりブラックなんですけど!?」

「ご……ごわしゅ……ほんとに、死んじゃう……」

「ああ、お前らの熱い気持ちが伝わってくるぜ! いくぞみんな!!」


 彼らがリーダーにうったえんとすることは、なにひとつ伝わっていないのだった。

 体育会系たいいくかいけい根性論こんじょうろんはときに労基法ろうきほう物理法則ぶつりほうそく凌駕りょうがする。

 もはやビクトレンジャーが最初に倒すべき敵は烈人と司令官なのではなかろうか。


「いやいやいや可哀想かわいそうだよ! そいつらは休ませてやれよ!」


 ビクトレンジャーのあまりの満身創痍まんしんそういっぷりは、敵であるはずの林太郎さえも同情するほどであった。

 しかしその林太郎に向かってピンク色の矢と、風のやいばが飛んでくる。


「あぶねぇっ! お前らそんなに無茶するなって」

「うるっさいわね! 誰のせいでこんなことになってると思ってるのよ!」

「そうだぜ! 俺たちビクトレンジャーを甘く見るんじゃねえぜ!」


 根性というよりも、もはやばちとしか思えないピンクとブルーによる遠距離狙撃であった。


 ビクトレンジャーの戦力のうち、遠距離兵装へいそうは二種類。

 ピンクの固有武器“アルケミストライクボウ”と、

 ブルーの固有武器“ジェットカッターマグナム”である。


 前者ぜんしゃ曲射きょくしゃが可能な電子制御でんしせいぎょされた弓矢であり、後者こうしゃはカマイタチを発射する六連装ろくれんそうのリボルバー拳銃けんじゅうである。

 いずれも威力は低いが、怪人特有の強靭きょうじんな肉体を持たない人間の栗山林太郎にとっては脅威きょういである。


「くそっ! ビクトリーチェンジ!」


 林太郎はデスグリーン変身ギアを構え、とっさに変身する。

 直後、今度は燃える拳と漆黒しっこくの刃が林太郎に襲い掛かった。


「覚悟しろデスグリーン!」

「もう絶対に、しくじらない……」


 とくにブラック、黛桐華の攻撃には鬼気ききせまるものがあった。


 生身でもいちたいいちでデスグリーンと渡り合ったほどの女である。

 それがヒーロースーツを着ると、さらに身体能力が加算かさんされもはや手がつけられない。


 さすがのデスグリーンといえども、攻撃をいなすのが精一杯せいいっぱいであった。


「じゃあ弱いヤツからくたばりやがれ!!!」


 林太郎は烈人、桐華から距離を取ると、タガラックから借り受けた“自動小銃アサルトライフル”を取り出した。

 無論むろんおもちゃなどではなく、一〇〇パーセント純粋じゅんすい殺意さついはなつ海外マフィアからの横流よこながひんである。


 銃口じゅうこうをすでに弱り切っているブルーとピンクに向けると、林太郎は躊躇ちゅうちょすることなくがねを引いた。


 ズダダダダダダダダダダダッ!!!


 しかし鉛玉なまりだまの雨は、黄色いバリアーによってはばまれる。


「しゅとろんぐ……まわ……しるど……」

「なるほどなあ、五人そろったヒーローに怪人が勝てない理由がよくわかるよチクショウが」


 ビクトレンジャー五人の連携れんけい完璧かんぺきであった。

 おたがいにカバーしあうことで負傷や弱点をおぎない、凶悪な怪人を追い詰めるさまは美しいとさえ思える。

 その殺意が自分に向けられたものでなければの話だが。


 逃げることも押し返すこともままならない。

 徐々じょじょに追い詰められていく林太郎に、最期さいごの瞬間が近づいていた。


「……無月むげつ一刀流いっとうりゅう……八重山鴉やえやまからす!!!」


 桐華による八連続はちれんぞく斬撃ざんげきが林太郎を襲う。

 圧倒的な防刃性能ぼうじんせいのうを誇るスーツの肩口かたぐちけ、鮮血せんけつき出す。

 デスグリーンスーツのマスクが半分くだけ、苦痛にゆがむ林太郎の顔があらわになった。


「があッ……!?」


 緑の身体からだが花畑の上をゴロゴロところがり、一面いちめんみだれる越冬花えっとうからした。


(くそっ、つえええ……! なにか……なにか手を打たないとマジで死ぬ……考えろ考えろ考えろ……)


 林太郎はふところに手をばす。

 指先にれたのは殺傷型さっしょうがた手榴弾しゅりゅうだんのピンであった。

 マスクやスーツが破損はぞんしたいまの状態で使おうものなら、自分も大きなダメージを受けることは必至ひっしである。


「使いもんにもなりゃしねえ。こんなことなら、家族写真でも入れときゃよかったなあ……」


 づけばすでに、デスグリーンスーツのタイムリミットである一〇分を大幅おおはば超過ちょうかしていた。

 全身がみしりと痛み、骨と筋肉と関節かんせつが同時に悲鳴をあげる。


 刀傷かたなきずを負っていなかったとしても、もはや立ち上がって命乞いのちごいをすることすらままならない。


 林太郎の首筋くびすじつめたく黒いやいばれた。


「極悪怪人デスグリーン。なにか言い残すことはありますか?」


 桐華は地面にいつくばるデスグリーンを見下みおろし、“クロアゲハ”を構える。

 これが仲間に見捨みすてられ、敵にくみし、旧友きゅうゆうを手にかけ続けたあわれな男の末路まつろだと思うと、林太郎は自然と笑いがこみ上げてきた。


「くくくっ……いいかまゆずみ、敵にトドメをすときにあたえちゃいけないものがみっつある。ひとつは時間じかん、もうひとつはなさけだ……」


 そのれたマスクからのぞく顔は、桐華がよく知る、もっとも敬愛けいあいする男の顔である。

 顔だけでなく、まるでかたる言葉まで林太郎そのものだ。


 桐華はかたな先端せんたんかすかにり動かしながら、林太郎に続きをうながした。


「……最後の、ひとつは?」

「んなもんねえよバーカ。敵の言葉に律儀りちぎに耳を貸すんじゃねえ。きもめいじておけ」

「セン……パイ……」


 桐華はマスクの奥でくちびるふるわせた。

 いくらていても、同じような言動をしていても、この男は栗山林太郎ではない。

 そう自分に何度も言い聞かせ、刀を振りかぶる。



 ――だが、次の瞬間――。




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。



 黒いやいばが林太郎の首筋くびすじれる直前、桐華の足元あしもとを中心に地面が大きく口を開いた。


「くっ……コレはいったい……!?」

「どうせるとは思っていましたけど、またずいぶんらしましたね。そこまでして俺におんを売りたいですか、ザゾーマ将軍?」


 地中から巨大なふたりの大鎌おおがまが飛び出し、一瞬いっしゅんまえまで桐華がいた空間をくように交錯こうさくする。

 続いてのたうつ大蛇だいじゃ見紛みまごう、サソリのような長い尻尾が顔を出した。

 その先端せんたんには毒液どくえきしたたらせる、やりのように巨大な毒針どくばりそなわっている。


クロ粛清シュクセイカガヤカシキ甘美カンビナルヨ。ネガワクバイマヒトタビシキ英雄エイユウニ、ヨリモクロ殺戮サツリク修羅シュラアタタマエ」


 節足動物せっそくどうぶつ特有とくゆう外骨格がいこっかくが、ギチギチときしむような音を立てる。

 紫色むらさきいろの本体に黒い甲殻こうかくりつけたその巨体は、尻尾もふくめれば全長ぜんちょうにして一〇メートル以上はあろうか。


 カマキリとサソリ、クモやムカデ、その他もろもろ。

 むしというむしの強力なパーツを全部ごちゃまぜにして煮詰につめたようなその姿は、優雅ゆうがな人間態からは想像もつかないほど醜悪しゅうあくである。


 理性りせい品性ひんせいとはかけはなれた最高クラスの危険度を誇る大怪人。

 この怪物こそが、怪人態となった奇蟲きちゅう将軍ザゾーマのしんの姿であった。



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