第五十話「奇蟲将軍ザゾーマ」

 悪の秘密結社ひみつけっしゃアークドミニオンには、総帥そうすいのドラギウス三世をはじめ凶悪な顔ぶれがそろっている。


 日本最大の企業グループ“タガデン”の会長にして日本の政界、経済界、芸能界などあらゆる分野ぶんやに根をばす闇のドン、絡繰からくり将軍タガラック。


 かつて関東圏かんとうけん最大の武闘派ぶとうは怪人組織“百獣大同盟ひゃくじゅうだいどうめい”をひきい、いまなお獣系けものけい怪人たちにとってはカリスマ的存在である、百獣ひゃくじゅう将軍ベアリオン。


 彼らはみな、国家公安委員会ならびに世界ヒーロー組織連盟れんめいにおける最高クラスの国際指名手配怪人だ。


 しかしこのアークドミニオンにはあとひとり、彼らと同じくその首に途方とほうもないがく懸賞金けんしょうきんをかけられている男がいる。



 それが“奇蟲きちゅう将軍ザゾーマ”であった。



愚者ぐしゃけがれなきなみだをすくいあつめ、賢者けんじゃてんよりしたたしずくみそのきばらす。刹那せつな悠久ゆうきゅうとなり、つきはその静寂せいじゃくでもって永遠とわわれらをらしつづけるであろう」

「ザゾーマ様は『デスグリーン様のために最高級の紅茶を用意しました。どうぞゆっくりしていってください。ミカリッキーの紅茶はとても美味おいしいですよ』とおっしゃっています」

「……ミカリッキー?」


 林太郎が聞きれない名前に首をかしげると、カミキリムシのような顔をした通訳つうやくの男がうやうやしくこうべれた。


「申し遅れましたワタクシ、ザゾーマ様の従者じゅうしゃつとめます切断せつだん怪人ミカリッキーでございます。お気軽きがるりゃくしてミッキーさんと呼んでくださいまし」

「ミカリッキーさんと呼ぶことにします」

左様さようでございますか……」


 ミカリッキーは少しさびしそうであった。

 いや彼はカミキリムシ怪人だからミカリッキーなのだ。

 それは必然であってまったく他意たいはないが、あえて危ない橋を渡る必要もないだろう。


「ちなみになんですが、ザゾーマ将軍。……普通にはしゃべれないんですか?」


 林太郎はついにずっと思っていたことを口にした。

 これから重要な話をしようというのだ。

 普通に会話をしてもらえるならば、そのほうがずっといい。


 ザゾーマは紅茶を口に運ぶと、温室の天窓てんまどしに冬の太陽を見上げた。

 冬の日は短い、あと二時間もすれば夕方ゆうがたをあっという間に飛び越して日が暮れるであろう。

 うすい日の光を全身に浴びると、ザゾーマはまるで花のつぼみが開くようにゆっくりとそのくちびるを開いた。


「さざなみにれる葉舟はぶねごとく、あるいはかぜにたなびく雲霞うんかごろく、自由じゆうとはあるがままにしてしばられえぬものにあらず。世界せかいつみゆるたもう」

「ザゾーマ様は『ごらんのように、普通に喋ることもできますよ』と仰っています」

「なるほど。なんの意思疎通いしそつうもできていないようなので、手短てみじか用件ようけんだけおつたえするとしましょうか」


 林太郎はさっそくふところからスマホを取り出すと、いくつかの画像をザゾーマに見せた。

 そこにはベアリオンとウサニー大佐ちゃんがうつっているが、重要なのは桐華にられた傷である。


 傷口きずぐちは黒く変色へんしょくし、怪人の再生力をもってしても修復がまったく進んでいない様子が見て取れた。


 怪人の強靭きょうじんに過ぎる肉体と、その驚異的な再生力は怪人特有とくゆうの細胞組織、通称“怪人細胞かいじんさいぼう”の働きによるものだ。

 先天的せんてんてきでも後天的こうてんてきでも、怪人覚醒かくせいしたものはみな体内にその怪人細胞をゆうしている。


 この怪人細胞こそが、人と怪人を明確に区別する指標しひょうである。

 それが怪人が持つ最大のつよみであり、同時に最大の弱点でもあった。


「怪人細胞の活動を阻害そがいする毒です。俺はいま、わけあってこいつの解毒剤を手に入れなきゃいけません。そこで、専門家であるザゾーマ将軍の意見をうかがいたいんです」


 ザゾーマは真っ白な手袋てぶくろおおわれた細い指を、薄いくちびるわせて思案しあんした。


 毒の特性を検分けんぶんしているのではない、そんなものは一目ひとめ見ただけでわかる。

 それよりも、これでデスグリーンにどの程度ていどおんを売れるのか。

 ザゾーマはそれを考えているのだった。


 そんな打算的ださんてきな様子がありありと見て取れるザゾーマの姿に、さすがの林太郎も生きた心地ここちがしなかった。


奇蟲きちゅう将軍ザゾーマ……できれば一番関わりたくなかったヤツだったんだけど……)


 元東京本部所属のヒーローである林太郎は、職務柄しょくぎょうがら危険な怪人についての知識はある程度持っている。


 かつて目にした資料によると、奇蟲きちゅう将軍ザゾーマは他の幹部と比べると力も弱く、破壊活動に際してそれほど積極性があるわけでもないという。


 その男がなぜ最高レベルの要注意人物としてヒーロー本部のデータベースに登録されているかというと、その理由はただひとつ。



 “危険度きけんど”が桁違けたちがいだからである。



 それはもちろん、普段は人間態を取るザゾーマの“怪人態かいじんたい”がいかに狂暴凶悪きょうぼうきょうあくであるかというところにも起因きいんしているのだが。

 もっとも危険とされるところは、彼のもっと根底こんていにある。


 ザゾーマは百獣将軍ベアリオンのように“じょう”で動くこともなければ、絡繰からくり将軍タガラックのように“よく”で動くこともない。



 奇蟲きちゅう将軍ザゾーマの行動原理は一言でいえば“なぞ”である。



 人間も怪人も、まずなんらかの目的があって、しかるのちに行動を起こす。

 それは知的生命体ちてきせいめいたいに限らず、生き物であれば万物ばんぶつに共通する基本的な原理である。


 だがザゾーマがこれまで関わったとされる怪人活動にはまるで一貫性いっかんせいがない。


 地方警察署を毒の煙で襲撃して、まるごと巨大な巣にしてしまったり。

 大学のキャンパスに巨大なテントを張ってサーカスを開演したり。

 高層マンションの壁一面かべいちめんを大量のカブトムシでくしたり。

 不思議なかおりで公園に人を集め、ひとりずつ池に放り込んだり。


 それらの一切が目的不明、ゆえに行動予測は不可能。

 もっとも怪奇かいきにして、もっとも奇怪きかいな怪人、それが奇蟲きちゅう将軍ザゾーマである。



さそ……」



 考え込んでいたザゾーマがようやく口を開いた。


くろちょうあおひかりいざなわれ、そのはかなはね地獄じごく業火ごうかさらすであろう。そのかれし聖処女せいしょじょくろ怨嗟えんさ鱗粉りんぷんでもってひかりおおらわん」


 ザゾーマはえつひたりながら、まるでオーケストラの指揮者のようにそのるう。


「……あの通訳さん? この人、いまなんて言ったの?」

「ザゾーマ様は『紅茶のおかわりはいかがですか?』と仰っています」

「絶対うそでしょそれ。地獄の業火ごうかとか言ってましたけど」


 次の瞬間『ドーーーンッ!』という爆発音とともに、植物園の入り口付近ふきんで火の手が上がった。


 アリのような触覚しょっかくやしたザコ戦闘員があわてて温室にけ込んでくる。


敵襲てきしゅう、敵襲! ヒーローたちによる襲撃ですアリィ!」


 その報告に、林太郎はあせって席を立つ。


「そんなバカな! ヒーロー連中れんちゅうの襲撃をけるためにわざわざこの場所を選んだんだぞ」

「つけられていた様子はなかったのですが……おろおろ」


 林太郎とミカリッキーのふたりは、すぐにヒーローを迎撃げいげきすべく、温室を飛び出し黒煙こくえんが上がっている植物園の正面入り口へと向かった。


 はちの巣をつついたようなさわぎの中、奇蟲きちゅう将軍ザゾーマはまるで最初から予定に入っていたかのように、ただひとり優雅ゆうがに紅茶を飲んでいた。




 …………。




 現場に到着とうちゃくすると、すでに多くのザコ戦闘員が地面にたおしていた。

 林太郎は唯一ゆいいつまだ意識のある戦闘員にると、その肩をく。


「おいしっかりしろ!」

「ああ……デスグリーンさん……気をつけてくださいアリ……綺麗きれいな女の人が……ガクッ」


 ザコ戦闘員はそれだけ言うと気を失った。

 やはり強襲してきたのはまゆずみ桐華きりかで間違いないだろう。


 だとすれば、勝機しょうき見出みいださないまま戦闘を仕掛けてくることはない。

 林太郎は植物園のどこにひそむともわからない黒き暗殺者を警戒し、静かに身構みがまえた。


「おろおろー、大変なことになってしまいました……ウッ!!」


 建物のかげから曲線きょくせんえがいて飛んできたが、ずっと狼狽ろうばいしていたミカリッキーの頭に突き刺さった。


「わ、ワタクシはもうだめです……あとはよろしくお願いします……」

「ミカリッキーさん弱すぎないですか!? もうちょっと根性こんじょう出してくださいよ!」

「これ以上頑張ったら本当に死んでしまいます。何事なにごともほどほどが肝心かんじんですよ、それではお先に失礼……ガクッ」


 ミカリッキーが口ほどにもなさすぎる退場を披露ひろうすると同時に、林太郎にも次々と矢が飛んでくる。

 その矢はあらゆる軌道きどうで林太郎に迫り、まるで逃げ道をふさぐように飛びっている。


「このトリッキーなピンクの矢はひょっとして……」


 林太郎が記憶をたどるまでもなく、その狙撃手そげきしゅが姿を現した。

 そして彼女に続くように、林太郎にとって最悪の“敵たち”が立ちはだかる。



「“知性ちせいきらめくピンクの光”!! ……ビクトピンク!」


「“悪を撃ちぬく青き光”!! あッ! 骨に、響くぜッ! ビクトブルー!」


「“パワーみなぎる黄の光”……び、ビクト……いえ……いえろ……アヒッ」



 それは満身創痍まんしんそういに過ぎるビクトレンジャーの面々めんめんであった。

 倒しても倒しても立ち上がってくるというのは、林太郎自身怪人の立場になってみて初めてわかる恐怖というものであった。



「“心がたぎる赤き光”!!!!! ビクトレッド!!!!!」


「“闇をく黒き光”……ビクトブラック」



 当然のことながらこのふたりもいる。

 いま、正義に燃えるいつつの光が、林太郎と対峙たいじする。



「「「「「五人そろって、勝利戦隊ビクトレンジャー!」」」」」




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