第四十六話「黒き凶刃の強襲」

 爆破されたアークドミニオンの各支部かくしぶでは、警察による現場検証が行われていた。

 この大宮おおみや支部もれいにもれず、すでに埼玉県警による規制線きせいせんが張られている。

 もとはしガレージだったらしく、周囲への被害がほとんどなかったのは不幸中ふこうちゅうさいわいであった。


「見ろよ、爆破されてからたった三分さんぷんでこのザマだぜ? こうなっちまったらオレサマたちでも近づけやしねえ」


 そうぼやくのは、きたえ上げられた逆三角形ぎゃくさんかくけい身体からだにピチピチのティーシャツを着た大男であった。


「この手回てまわしのよさ……やはり襲撃したのは公安こうあんの連中で間違いなさそうですね、ベアリオン将軍」

「おいおい兄弟、今のオレサマはベアリオンじゃねえ。熊田くまだいわおだ! クマさんって呼べよなあ!」

「俺も兄弟じゃないんですけどね」

「いいじゃねえかあ、減るもんじゃねえだろうがよお!」


 現場周辺にはマスコミや野次馬やじうまたちによる人だかりができていた。

 そんなところにむくじゃらのクマ怪人が現れようものなら、大パニック必至ひっしである。

 さすがのベアリオン将軍も、いまは人間態にんげんたいであった。


 だがこう言ってはなんだが、身長メートルを超すムキムキのマッチョは怪人態でなくとも十分じゅうぶんあやしい。

 林太郎とサメっちは診療所に寄ったあと、ベアリオンもといクマさんと合流し三人で襲撃現場の偵察ていさつにきたのだった。


「しかし派手にやられたッスねえ。ガレキの山ッス」

「鉄骨がけているところを見るに、こりゃ間違いなくレッドのバーニングヒートグローブだな」

「ウオォォォン……オレサマの野望があ……!」


 大柄おおがらなマッチョが泣きくずれ、野次馬たちの視線が集まる。


 林太郎が他人のふりをしながら瓦礫がれきの山に目をやると、すすで黒く汚れた看板かんばんが目についた。

 よく目をらすとそこには大きく“ちょう最強さいきょう日本にっぽんプロレス大宮おおみや支部”と書かれてある。


「ベアッ……クマさん、ひょっとしてここぞとばかりに旗揚はたあげを……?」

「ウオォン、一石二鳥いっせきにちょうだと思ってよお……! もう最新のトレーニング機材や業務用プロテインも運び込んでたってのによお……!」

「そりゃあ……災難さいなんというかなんというか……」

「オレサマ、本で勉強してホームページも作ったんだぜえ……!?」


 足がつくような真似まねをするからだと思いつつ、林太郎はアークドミニオンに来てから買ったばかりのスマホを取り出した。

 するとくだんのホームページはすぐに見つかったが、林太郎はトップページを目にした瞬間しゅんかんおもわず息をんだ。



「……うっ……これは……!」



『超最強日本プロレス 公式ホームページ へ ようこそ』


 虹色にじいろにグラデーションした創英角そうえいかくポップたいが高速でチカチカ点滅てんめつしているではないか!

 さらにたたみかけるような波状はじょう攻撃が林太郎をおそう!!


『ようこそ、あなたは77人目にんめのお客様です!

 ↓キリばんんだら掲示板けいじばんへカキコしてね!↓』


『チャットルーム 0/10』


『>>相互そうごリンク募集中ぼしゅうちゅう!<<』



「うっ、うぐふぁァァァァァッッッ!!!」


 なんという怒涛どとうの連続攻撃であろうか。

 林太郎はその悲惨ひさん光景こうけいに思わず目をおおいたくなった。


 それは両手ではかかえきれないほど深い、九〇年代の闇であった。

 いったいどんな本を参考にして作ったのだろうか。

 作っていて違和感いわかんおぼえたりはしなかったのだろうか。


 さらにページを読み進めると、選手紹介のページがあった。



『グリーンデストロイヤー栗山』



 林太郎はなにも見なかったことにして、そっとスマホの画面を切った。

 一瞬とても悪質なコラ画像が見えたような気がしたが、きっと目の錯覚さっかくだろう。

 最近仕事のしすぎでつかれているのだ、そうに違いない。


「……まあぶっ壊されたもんはしょーがねえ……。よし、次は川越かわごえ浦和うらわあたりに作るかあ! 兄弟、やっぱり駅から近くて広い駐車場があったほうがいいよなあ!?」

「どこでもいいと思いますよ、どうせ俺は利用しないんで……」

「ガハハハハ! 看板スターがなに言ってんだよお!」

「あっはっは、俺にはおっしゃっている意味がよくわかりませんねえ」


 そのとき、サメっちのリュックからメロディが鳴り響いた。


 ズンズンデンデン♪ ズンズンデンデン♪

 ズンズンデンデン♪ ズンズンデンデン♪


 海の底から巨大なサメがせまってくるパニックホラー映画を彷彿ほうふつさせるBGMである。


「もしもしッスぅ……ええ!? ほんとッスか!?」


 サメっちはあわてた様子で電話を切ると、林太郎のそでをこれでもかというほど引っ張った。


「アニキ、一大事いちだいじッス!」

「サメっち、そんなに引っ張ったらアニキの肩がはずれちゃうよ」

「ごめんッス! でも急がなきゃヤバいッス! 診療所が襲撃されてるッス!!」

「なんだって!?」

「なんだとお!?」


 林太郎とベアリオンは思わず顔を見合みあわせた。

 とくに林太郎とサメっちにいたっては、チータイガーから話を聞くためついさきほどまでその診療所にいたのだ。

 そこがいままさに、ヒーローによる襲撃を受けているのだという。



 林太郎たちはすぐさま車に乗り込むと、大急ぎで郊外こうがいの診療所へと向かった。




 …………。




 大宮郊外の診療所は炎に包まれていた。


「心がたぎる赤き光、ビクトレッド! 怪人よ、大人おとなしくおなわにつけ!」

不意討ふいうちとはなかなか素質そしつのあるやつだ! よろこべブタ野郎やろう! 貴様きさまには私のりをくれてやる!」


 燃える診療所をに、ビクトレッドと対峙たいじするのは百獣ひゃくじゅう軍団のナンバーツー

 軍服ぐんぷくウサミミ眼帯がんたい女子じょしこと、蹴兎しゅーと怪人ウサニー大佐たいさちゃんである。


 彼女は林太郎たちと入れ替わりに、団員の見舞みまいのためこの診療所をおとずれていた。


 その大きなウサミミは、危険を察知さっちするレーダーの役割をたす。

 これにより間一髪かんいっぱつで患者たちを逃がすことに成功し、奇跡的にも被害はゼロであった。


 だが当然のことながら、ウサニー大佐ちゃんのウサミミは激しい怒りとともに天をいていた。


近接戦きんせつせんならのぞむところ、ぐっはあああーーーーっ!」

「どうした! さあ立てウジむし! そのやかましい口が素直すなおになるまで、何発なんぱつだってり飛ばしてやるぞ!」


 ウサニー大佐ちゃんをはじめ、百獣軍団の戦闘スタイルはみんなゴリゴリの近接格闘かくとうである。

 ゴツい軍用ブーツで連続りをり出すウサニー大佐ちゃんのサバットスタイル格闘術は、軍団の中でもあたまひとつ抜けていた。


 とくにウサニー大佐ちゃんの必殺技『フルパワードロップ蹴兎シュート』は、直撃すれば四トントラックを一〇〇メートル近くも吹っ飛ばす。



 ――だがしかし――!



「うおおお! そんな蹴りはかんぞっ! バーニングヒートグローブッ!!」


 強力な一撃とて、しんはずしさえすれば衝撃しょうげきは最小限におさえることができる。


 相対あいたいする烈人れっとは両腕を火傷やけど本調子ほんちょうしではないとはいえ、ウサニー大佐ちゃんと互角ごかくわたり合っていた。

 さすがは東京本部のエリート・勝利戦隊ビクトレンジャーでリーダーを張るだけのことはある。


 両者りょうしゃ一歩いっぽゆずらない展開であった。

 しかし膠着こうちゃく状態は長くは続かなかった。


「貴様ごときに、私の本気の蹴りを披露ひろうすることになるとはな……! いくぞ、フルパワードロップ蹴兎シュートッ!!」


 ウサニー大佐ちゃんのゴツイブーツがはじけ飛び、けものあし露出ろしゅつする。

 そのしなやかかつ強靭きょうじんな脚から、想像をぜっする威力いりょくのキックがはなたれようとした、まさにそのとき。


無月むげつ一刀流いっとうりゅう……大一文字おおいちもんじ!」

「なにッ!? ぐはぁーーーーーっ!!」


 突如とつじょとしてかげのようにあらわれた第三者だいさんしゃ一閃いっせんが、ウサニー大佐ちゃんの無防備むぼうびな背中をその軍服ごといた。


「闇を斬り裂く黒き光、ビクトブラック……」


 黒いヒーロースーツにを包んだ、まゆずみ桐華きりかによる奇襲きしゅうであった。

 真っ黒な日本刀にほんとう“クロアゲハ”による斬撃ざんげきは、桐華の洗練せんれんされた剣術とみ合わさることではがねごとき怪人の肉体にも致命傷ちめいしょうあたえることができるのだ。


「くっ……おのれへいせていたか……! だが私は百獣軍団のナンバーツー……これしきの傷で退いては面目めんぼくが立たんだろうが!」


 深手ふかでを負ったにもかかわらず、ウサニー大佐ちゃんは立ち上がりむちかまえた。


「食らえっ! 電撃でんげきビリビリムチ!」


 ウサニー大佐ちゃんの手ににぎられた乗馬用鞭じょうばようむちが、ニュルンとびてビクトブラックに迫る。

 そしてその身体からだきつくやいなや、むち全体から青白あおじろ火花ひばながスパークした。


「はっはっは! なかなか骨のあるヤツだったぞ! ヒーロー本部のケツのあおいイナゴどもにしてはな!」


 電撃ビリビリムチの威力は高圧電線に匹敵ひってきする、さしものビクトブラックも黒こげの再起不能さいきふのうになったかと思われた。


「どこを攻撃しているんですか?」

「……なにっ……!?」


 ウサニー大佐ちゃんの背後から、氷点下ひょうてんかを思わせる冷たいつぶやきが聞こえた。

 振り返るとそこには、白銀はくぎんの髪を静かにらす女の姿すがたが。


「バカなっ……貴様いったいどうやって……!?」


 電撃ビリビリムチが攻撃していたのは、ビクトブラックの“スーツだけ”であった。

 ビクトブラックこと黛桐華は、一瞬のうちに変身を“解除かいじょ”し、スーツをデコイに仕立したて上げたのだ。


 桐華は深いため息をつくと、黒い刀を下段げだんに構えた。


「ザコとはなしているひまはないんですよ」

「ひっ、ヒイイィィィ!?」

「無月一刀流、深山鴉みやまからす!」


 おそる黒きやいばが今度こそ、ウサニー大佐ちゃんをっぷたつにいた。




 ――かに見えた――。



 ザクゥッ!


「ングウゥゥゥッ!!!」


 目を見開く桐華と、半泣はんなきのウサニー大佐ちゃんのあいだにすべり込んだ大きな黒い影。


「……いってーなあコノヤロウ! おいウサニー、無事ぶじかあ!?」

「ベアリオンさまぁぁぁぁアアアアアッッッ!!!!!」


 それはクマとライオンを足したような大怪人だいかいじん、百獣将軍ベアリオンであった。




「あーあ、行っちゃったよあの人。どうすんだよこれ」


 林太郎は車のハンドルをにぎりながら、んだ青空あおぞら見上みあげた。

 車内で怪人化したベアリオンは、フロントガラスどころか天井てんじょうやぶっていったのだった。


「俺が運転するとロクなことがない気がするよ」

つぎからオープンカーにするッス」

「そうだね、そうしたほうがいい。修理代しゅうりだいは百獣軍団に請求せいきゅうするとしよう」


 そう言うと林太郎は眼鏡をクイッとかけなおし、赤と黒ふたりのビクトレンジャーを見据みすえた。



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