第四十一話「サンタクロース殺人事件」

 十二月二十四日夜、時刻は間もなくぜろ時をむかえようとしている。

 ビンゴ大会でもらった低反発ていはんぱつまくらは、心労しんろうで疲れ果てた林太郎に安らかな眠りをもたらしていた。


「……すやぁ……」

「……ッスヤァ……」


 大きなキングサイズベッドにはあんじょう侵入者しんにゅうしゃの姿があった。

 牙の隙間すきまから小さな寝息を立てるトナカイぐるみパジャマの少女。

 トナカイさん、もといサメっちである。


 林太郎も最初は、気づくたびにソファへ移動して寝なおしていたものだ。

 しかしアークドミニオンにやってきてはや二週間、毎晩のようにもぐり込んでくるものだから、ついには諦めることにした。


 同衾どうきんと言えば聞こえは悪いが、相手は年端としはもいかぬ子供である。

 良識りょうしきある大人を自称する林太郎とのあいだに、間違いなど起こりようもない。



 ――だがその夜はもうひとり、侵入者がいた――。



「……よし、よく眠っているな……!」


 音を鳴らさぬよう慎重しんちょうに扉を開き、黒髪長身ちょうしんの乙女は部屋の中の様子を確認した。

 そして静かに林太郎たちの眠る寝室へと忍び込む。


「サンタさんがプレゼントを持ってきたぞー……まあ、いま起きられてもこまるんだけど」


 成人男性でも見上げるすらりとしたモデルのような背丈せたけに、真っ赤なサンタ服をまとった怪しい女。

 それはサンタクロースにふんした剣山怪人ソードミナスこと、剣持けんもちみなとであった。


 最近はもっぱらオペレーターけん医療班いりょうはんとして林太郎をかげから支えているみなとだが、今日の宴会ではほとんど言葉を交わしていない。


 かつて林太郎とサメっちに救われた恩にむくいるべく、数日前からプレゼントを用意していたものの。

 宴会場で二大幹部にはさまれた林太郎には、怖すぎてとても声をかけられなかったのである。


 ゆえにこうしてサンタという建前たてまえを利用し、林太郎が寝静ねしずまるのを待って私室へと忍び込んだのだ。


 ただサンタといってもドラギウスのような、テンプレート的おじいちゃんサンタではない。

 大型免税めんぜい量販店りょうはんてんで売っているような安っぽいコスプレミニスカサンタである。

 その長身やふくよかなバストラインとあいまって、たけ胸囲きょういもまるで足りていなかった。


「うう……もしこんな姿を林太郎に見られでもしたら……!」


 しかし、これしかなかったのだからしょうがない。

 林太郎はともかく、もしサメっちが起きてしまったら取り返しのつかないことになる。

 大人の都合で、子供からサンタクロースの夢をうばうわけにはいかないのだ。


「大丈夫、サッと置いてススッと退散たいさんすればいいんだ……!」


 湊は自分にそう言い聞かせた。

 そこまで気をむのであれば、無理して枕元まくらもとにプレゼントを置きに行く必要はないだろうと思う。

 しかしこのアークドミニオン地下秘密基地に迎え入れられてからというもの、湊は林太郎とサメっちに感謝しきりであった。


 居場所を提供され、みんなに受け入れられたことで“れい発作ほっさ”もかなり減ったように思う。

 このようなことで返せる恩ではないだろうが、できることはしておきたいという純粋な思いが彼女を突き動かしていた。


「形に残る物では重いだろうからな……。そこそこ日持ひもちのする食べ物にしてみたが、気に入ってもらえるかな……?」


 そのときベッドの上から声がした。


「うみゅん……アニキのえっちッス……」

「ドキーーーッ!」


 ノミの心臓が飛び跳ね、心臓のあたりで出刃包丁でばぼうちょうが飛び跳ねる。

 湊はなんとか床に転がり落ちる前にその凶器きょうきひろい上げた。


 ここで改めて説明しておこう。

 みなとこと剣山怪人ソードミナスはその名の通り、驚くと身体からだのいたるところから刃物はものが飛び出すビックリ体質怪人なのだ。


「……な、なんだ寝言ねごとか……!」


 “寝て”はいるが眠ってはいないなんてこともありえる話である。

 ベッドはただ睡眠を取るための場所ではないのだ。


 もし自分がそんな“情事じょうじ”の真っ最中に忍び込んでしまっていたとしたら、そんなにバツの悪い話はないだろう。

 部屋の中は薄暗くてよく見えないが、林太郎もサメっちもぐっすり眠っているようだった。


 危なかった……湊はその可能性を完全に失念しつねんしていた。

 世間せけん一般ではクリスマスイブの夜、この時間帯を“せい六時間ろくじかん”と呼ぶのだ。

 “コトをいたしていた”としてもなんら不思議はない。


 湊はホッと胸をなでおろして、ギョッとした。


「はわわわわ……はうあァーーーーーッ!?」


 ただでさえピチピチのサンタコスが、下着も巻き込んで胸元むなもとからパックリとけているではないか。

 理由はただひとつ、先ほど胸から飛び出した出刃包丁であった。


「ななななな、私はなんてはしたない恰好かっこうを……!?」


 あわてて胸元を押さえるも、もともと収まるようなものでもなし。

 その姿はサンタさんと言い張るにはあまりにも扇情的せんじょうてきであった。


 クリスマスイブの夜、プレゼントを寝室に届けるのはお爺ちゃんサンタだから許されることなのだ。

 性の六時間、あられもない姿をした年頃の乙女がひっそり寝室に忍び込むことを、世間一般では“夜這よばい”という。


「ぷぷぷ、プレゼントを置いてさっさと帰ろう! そうしよう!」


 湊は慌てて用意したプレゼントを取り出した。

 可愛かわいらしい包装ごしに、ふんわりと甘い香りが広がる。


 湊のプレゼントは、バターたっぷりの手作りクッキーであった。

 背が高いので似合わないと言われがちだが、実のところお菓子作りは得意なのである。

 小心者しょうしんものゆえ手先が器用で、マニュアル通りにやることにはけているのだ。


 今回はクッキーのほかに、わせでチョコレートソースやいちごジャムも用意した。

 もちろん付け合わせから包装まで、すべて湊の手作りである。


 湊は林太郎たちを起こさないよう、プレゼントを枕元に置いた。

 暗闇の中、ぼんやりと林太郎の寝顔が見える。


「ううん……お願いだから命ばかりは……」


 その男はなんとも情けない寝言を吐いていた。

 こうして見ると、最強のヒーロー・ビクトレンジャーを独力どくりきで壊滅させた怪人とはとても思えない。


 だがこれでいて、その実態は禁忌きんきとされたヒーロー本部地下収容施設を単身で襲撃し、八体ものロボを完膚かんぷなきまでに破壊した極悪にして史上最強の大怪人なのだ。

 ヒーロー本部のお膝元ひざもとである東京埼玉地区をその抑圧よくあつから解放するなど、これまで誰もなかったし考えもしなかった。


 自分を救ってくれたこの男が、それをげたというのだから驚きだ。

 林太郎がいなければ湊自身、まだあの暗い地下収容施設で拷問ごうもんのような実験を受けていたに違いない。


「ありがとう林太郎……メリークリスマス」


 湊はうなされる林太郎のほほに、静かにくちびるえた。


 なぜそうしたのかは、自分でもわからない。

 いて言うならば、湊自身はとても小心者だから、彼にもらったたくさんの勇気が少しあふれてしまったのだろう。


 熱く紅潮こうちょうする自分のほほに手をえ、湊は寝室を後にすることにした。



 サンタさんの鉄則てっそくはプレゼント以外の証拠を残さないことである。

 特に出刃包丁なんて物騒ぶっそうなものを残すわけにはいかない。


 湊も後天的こうてんてきに怪人として覚醒かくせいした身だが、行きと帰りで“荷物が増える”というこの体質にも慣れたものであった。



 と、そのとき。



「いいにおいッスぅ……いただきますッスぅ……」



 ガブリッ!!



 湊のお尻に激痛が走った。


「ーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!??」


 クッキーの甘い香りに釣られて、寝ぼけたサメっちが釣り上げられた。

 ソードミナスは声にならない声をあげ跳び上がった。


 痛みのあまりドタバタ暴れ回るソードミナス。

 刃物が飛び散り、天体望遠鏡が倒れ、スチームアイロンがちゅうを舞い、プレゼントにと用意したいちごジャムのびんがパリンと音を立てて割れた。


「ぴぎゃァァァーーーーーッッッ!!!」

「なっ、なんだなんだぁーーーッ!?」


 その大騒動に、ぐっすり眠っていた林太郎も思わず飛び起きる。

 林太郎がベッドサイドの眼鏡に手を伸ばすのと同時に、ソードミナスは食らいついていたサメっちをなんとか引きがすことに成功した。

 ゴロンと床に転がされたジャムまみれのサメっちは、驚くべきことにまだ寝息を立てていた。


「いったい何がどうしたってんだ!?」


 林太郎が眼鏡をかけると、そこには凄惨せいさんな光景が広がっていた。


 薄暗い部屋の中、赤くドロリとした液体ジャムしたたり落ちる。

 ギラリと殺意をにじませる出刃包丁を片手に、あらい息を吐く長身の女がそこに立っていた。

 その女はほぼ半裸はんらに近いボロボロの真っ赤な衣装を身にまとい、いまにも泣きそうなうつろな目をこちらに向けている。


 そして彼女の足元には、無造作むぞうさに転がされピクリとも動かない、緋色ジャムに染まったサメっちの姿が。



 誰がどう見ても猟奇殺人りょうきさつじんの現場そのものであった。



「はーっ、はーっ……林太郎、すまないが……もう少し眠っていてくれ……」

「ヒイヤアアアアアアアアアアアアァァァァァァァッッッッ!!!!!」



 きぬを裂くような男の悲鳴が、クリスマスイブの夜に響き渡った。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る