第四十話「獣と蟲、恐怖のサンドイッチ」

 ヒーロー大集合、そして大壊滅だいかいめつの翌日のことである。


 アークドミニオン地下秘密基地はいつだって薄暗うすぐらい。

 それは地下数百メートルにあるという極悪ごくあく立地りっちからか。

 はたまた悪鬼羅刹あっきらせつうごめく魔の中枢ちゅうすう瘴気しょうきゆえか。


「クックック……それでは、勝利をしゅくして乾杯かんぱいなのである!」


 “超超超難敵なんてきヒーローロボ軍団大壊滅&東京埼玉地区完全制圧せいあつ記念大祝賀会あとついでにクリスマスパーティー”はサンタ姿のドラギウス総帥による乾杯でもってまくけた。


 六本の腕で器用にピアノをくジョロウグモ。

 手首から紙吹雪かみふぶきを射出するメイドロボ。

 一心不乱いっしんふらんおどくるうピンクのカバ。


 秘密結社アークドミニオン全体が、立て続けの戦勝せんしょう狂喜乱舞きょうきらんぶしていた。

 林太郎の首にはカヤンの首長族くびながぞくもかくやというほどの花輪はなわがかけられ、その顔のみならず全身くまなく大小だいしょう色とりどりのキスマークでくされていた。

 このまま渋谷しぶやのハロウィンにり出してもいいぐらいだ。


 だが当の本人は暗い面持おももちであった。


「……帰りたい」


 もはや帰る場所などこのアークドミニオン地下基地をおいて他にないのだが、そんな言葉が思わず林太郎の口からもれた。


 東京埼玉地区全域のヒーローを壊滅させたことに良心りょうしん呵責かしゃくを感じているのではない。

 “良心の呵責を感じていない”ことにへこんでいるのだ。


 ここアークドミニオンにきてはや二週間、ヒーロー本部と決別したばかりだというのに、もとヒーローの林太郎は身も心もすっかり悪に染まり切っていた。

 おそらく前々まえまえから素質そしつはあったのだろう、それは誰もが認めるところだ。

 頭にちょこんと乗せられたサンタ帽子ぼうしがなんともむなしい。


「林太郎よ、勝利の立役者たてやくしゃたるおぬしがそんな顔でどうするのだ? こういうときは笑うのだ、この我輩わがはいのように。クックック……フハハハハ……ハァーッハッハッハッハ!!」


 サンタクロースにふんしたドラギウス総帥に声をかけられ、林太郎は我に返った。

 そしてあらためてそのミスマッチに過ぎる恰好かっこうの当たりにしギョッとした。


 自前じまえ白髪はくはつにモコモコのひげくわ精一杯せいいっぱいサンタクロースふうよそおってはいるが、その眼光がんこうはまるで一〇〇〇人のさむらいせた妖刀ようとうである。

 ピエロにふんしたB級ホラーのシリアルキラーを一〇〇人ぐらいギュギュッと濃縮のうしゅくしたらこんな感じになるのだろう。


 こんなやつと深夜に自宅の寝室しんしつで出くわそうものなら、子供は泣き叫び親は心臓が止まるに違いない。

 白いプレゼントぶくろから血がしたたり落ちていないのが不思議ふしぎなぐらいだ。


「わぁいサンタさんッス!」

「クックック……サメっちよ、今年もわるい子にしておったかな?」


 ドラギウスもといサンタさんのいかけに、サメっちはグッと親指を立てた。


「ふふふ……サメっち今年は爆弾いっぱい作ったッス!」

「サメっち、それはもう悪い子とかいう次元じげんじゃないよ」

「じつはもう一個作ってベッドの下に隠してあるッス」

「おっといたずらっめえ、それはてならないぞお」


 林太郎はまだ節々ふしぶしに痛みを感じるが、サメっちは一晩ひとばん寝ただけでもうすっかり元気いっぱいである。

 いくら身体からだ丈夫じょうぶな怪人とはいえ、相変わらずすさまじい回復力だ。


「よかろう……ならばこのプレゼントをくれてやるわ! フハハハハーーーっ!!」

「わぁーいッス! りゅうちゃんありがとーッス!」


 かたやまるで勇者一行いっこう強力きょうりょく無比むひな大魔法を撃ち込む悪の帝王ていおう

 かたやおじいちゃんにプレゼントをもらったまごである。

 ドラギウスはサメっちとひととおり盛り上がると、林太郎の目を見て言った。


「ときに林太郎よ。おぬし、身のかたには気をつけるのだぞ」

「なんですかきゅうに?」

「おぬしの身柄みがらねらっておるのは、ヒーロー本部ばかりではないということである。おぬしには“秘密ひみつ”もあるゆえな……」


 林太郎が受け取ったのはとんでもない警告プレゼントであった。


「狙われている? 俺が? 誰にです?」

「それはな……おっと、我輩は世界中の悪い子供たちにプレゼントをくばらねばならぬゆえ、これにてさらばなのである! フハハハハ!!」


 ドラギウスサンタは不穏ふおんな言葉を残し、煙突えんとつから立ちのぼる煙のように去っていった。

 不安を隠せない林太郎に、サメっちが心配そうに声をかける。


「アニキ、秘密ってなんッスか? サメっち気になるッス!」

「いいかいサメっち。大人の男には秘密のひとつやふたつあるものなんだよ」

「おおー、カッコイイッス!」


 そう、林太郎が怪人ではなく純然じゅんぜんたる人間であることは、このサメっちにも明かせない絶対の秘密なのだ。

 事実を知るのは、アークドミニオンではドラギウス総帥と絡繰からくり将軍タガラックのみである。


 そのアキレスけんとも言える秘密にかかわる、林太郎を狙う者とは。



「いよう、兄弟! 飲んでるかあ!? なんだよシラフじゃねえかあ!」



 豪快ごうかいにビールをピッチャーであおりながら、林太郎の隣にドカッと腰かけたのは百獣ひゃくじゅう将軍ベアリオンであった。


「オジキぃ~! 竜ちゃんからプレゼントもらったッス!」

「よかったじゃねえかあサメっちい! ほらよおオレサマからもプレゼントだぜえ、大人おとなの味だぞお!!」

「ベアリオン将軍、子供にビールをあたえないでください」

「ガハハハハ! 冗談だぜえ! それによお、将軍なんてカタい呼びかたはしなくていいぜえ! お前もオレサマたち“百獣軍団”の家族なんだからよお!!」


 昨日に引き続き、どうにも百獣軍団への所属が既成事実化きせいじじつかされている気がしてならない。

 表明ひょうめいした記憶のない軍団所属について、林太郎は一抹いちまつの不安を覚えた。


 というのも以前、同じく三幹部の絡繰からくり将軍タガラックに脅迫きょうはくまがいの絡繰からくり軍団所属をせまられたという経緯けいいがあるのだ。

 あのときは逆に脅迫することでことなきをたが、このベアリオンにも同じ手が通用つうようするとは思えない。


 そもそも見た目からしてまるっきりけものなのだ。

 頭を使った交渉こうしょうごとができるとは到底とうてい思えない。


 たして指摘してきして良いものだろうか。

 数々かずかず修羅場しゅらばくぐり抜けてきた林太郎の危険察知さっちレーダーが「やめとけお前……それ、やめとけー」と警鐘けいしょうを鳴らしている。


 しかしこのまま流されていて状況が好転こうてんするはずもない。

 これまで流れに身をゆだねてきた結果、まるでロクな目にあっていないではないか。

 ここはがんとしてゆずるべきではないと、林太郎は腹をくくった。


「あのぉ……家族というのはぁ……? 俺ってばいつ百獣軍団に入っちゃったんですかねぇ……?」


 よわい! 林太郎はの鳴くような声でおずおずとベアリオンを問いただした。

 格下かくした相手には滅法めっぽう強い林太郎だが、七面鳥しちめんちょうをフライドチキンみたいにムッシャムッシャ食べるくまさん相手に素手すでつよがれるほどの豪胆ごうたんさは持ち合わせていない。


 動物園というものはさくがあるから楽しめるのであって、息がかかるほどの距離で猛獣もうじゅうと触れ合えるのはムツゴ●ウさんか自殺志願しがん者ぐらいのものである。

 当然のことながら機嫌きげんそこねるような物言ものいいなどできようはずもない。


「あ゛あ゛ん゛?」


 ベアリオンはその恐ろしいきばくと、林太郎をギロリとにらみつける。

 林太郎はなんとか失禁しっきんせずえた自分を心の中でめた。


「ガハハハハ! こまけえことは気にするなあ!!」


 そう言うとベアリオンは、林太郎の背中を肉球にくきゅうのついた大きな手でバンバンと叩いた。

 なにも解決していないが林太郎はそれ以上踏み込める気がしなかった。




 ……しかし。


 林太郎本人は異議いぎとなえられなくとも。

 この祝賀会場には彼のどく処遇しょぐうについて敢然かんぜんと異議をもうし立てる者がいた。


高嶺たかねの花の美しさは月下げっか一輪いちりんあってこそ、その心に一滴いってきみつをもたらす。徒花あだばなみだれるにあっては、月もかの見初みそめることあたわず」


 サーカスのマジシャンを彷彿ほうふつとさせるきらびやかな衣装いしょうに、えだのように細く長い手足。

 派手はでなパピヨンマスクを被った痩躯そうくの男が、上機嫌じょうきげんのベアリオンに因縁いんねんをつけた。


 その奇怪きかいなるで立ちの怪人こそ、三幹部最後のひとりにして蟲系むしけい怪人のちょう

 アークドミニオンのトリックスター、奇蟲きちゅう将軍ザゾーマであった。


「ああ? またてめえかザゾーマあ、オレサマに文句いちゃもんつけるたあいい度胸どきょうだなあ!」


 ベアリオンの全身をおお剛毛ごうもう逆立さかだち、闘気とうきふくれ上がる。

 なみの人間であればその気にあてられただけで恐慌きょうこうし、涙を流しながら助命じょめいうだろう。

 しかしザゾーマはひるんだ様子もなく言葉を続けた。


新月しんげつおおいなる闇はそらける者からそのつばさうばい、地をう者からはそのつめきばを奪うもの。嗚呼ああしきたましいきみよ。よいとばりまといてさくらわん」

「んだとこの野郎! やろうってのか!?」


 林太郎にはザゾーマがなにを言っているのかまったく理解できなかった。

 おそらく激昂げっこうしているベアリオンにも理解できていないだろう。


「ザゾーマ様は『デスグリーン様は百獣ひゃくじゅう軍団のようなゴミめではなく、我ら美しき奇蟲きちゅう軍団にこそ相応ふさわしいおかたである。無作法ぶさほうなクマゴリラはかえれ』とおっしゃっています」


 カミキリムシのような顔をした従者じゅうしゃふうの男が、ザゾーマの言葉を代弁だいべんする。

 通訳つうやくを引き連れるぐらいならば、普通にしゃべればいいのではなかろうかと思う。


「誰がクマゴリラだゴラァッ!!!!!」

ねや睦言むつごと彼方かなたへととどろき、雷霆らいてい清水しみずささやきがごとし。こと秋風あきかぜらぎ、はかなくもらしたもう」

「ザゾーマ様は『うるさいしね』とおっしゃっています」

「そのざつな通訳いります?」


 百獣ひゃくじゅう将軍ベアリオンと、奇蟲きちゅう将軍ザゾーマ。

 アークドミニオンを代表する三幹部のふたりは、林太郎をはさんで一触即発いっしょくそくはつの危機にあった。

 ドラギウスの言う“林太郎を狙う者”とは彼らのことであったのだ。


 林太郎の頭上で赤き憤怒ふんぬの炎と、青き静寂せいじゃくの炎が激しくぶつかり合う。

 生きた心地ここちがしないとはまさにこのことである。


 彼らは林太郎こと極悪怪人デスグリーンを自分の軍団に引き入れるためならば、血で血をあら抗争こうそうさない構えであった。


「ややや、やめてふたりとも! お願いだから俺のためにあらそわないで……っ」

「サメっちいいこと思いついたッス! いっそ半分はんぶんこするってのはどうッスか?」

「それはナイスアイディアだねサメっち。アニキは断固だんことして反対するけどね」


 結局、ドラギウスサンタがあいだに入ってくれたおかげで、なんとか最悪の事態だけは回避できた。

 その日、林太郎はアークドミニオンに連れてこられた日以来いらいの恐怖を感じたのだった。


 “超超超難敵ヒーローロボ軍団大壊滅&東京埼玉地区完全制圧記念大祝賀会あとついでにクリスマスパーティー”は深夜まで続いた。


 林太郎は怪人かくし芸大会で得意のマジックを披露し、ビンゴ大会でまるごと洗える低反発ていはんぱつまくらをもらった。





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