第三十八話「煌輝戦隊ロミオファイブ」

 八体もの六〇メートル級巨大ロボが、人間大にんげんだいの林太郎を取り囲む。


 狭山湖さやま西東京にしとうきょうに水を送る貯水池ちょすいちであるが、その所在地しょざいちは“埼玉県さいたまけん”である。

 双方そうほうに属する特殊な場所だからこその大動員だいどういんであった。


 ズタボロのキングビクトリーからビクトレッド・暮内くれない烈人れっとの声が響く。


『はーっはっはっは! もはやこれまでのようだなデスグリーン! お前にやられたことをそのままおかえししてやろうじゃないか!』


 敵をキルゾーンにさそい込み、伏兵ふくへいを用いて数で囲んで一気に叩く。

 規模ははるかに違えども、それはまさに代々木よよぎ公園で林太郎が烈人れっとに対して張ったわなそのものであった。


 まんまと罠にかかったサメっちは、湖畔こはんの大きな野球場やきゅうじょうに頭から突き刺さってのびている。

 八体の巨大ロボに完全包囲された林太郎は、もはや絶体絶命だ。


「なんてやつらだ! 卑怯ひきょうだとは思わないのか!」

『『『『お前が言うな!』』』』


 林太郎の叫びに対し、八体のロボから同時にツッコミが入った。


 無論むろん、本来であれば地域の担当ヒーローが単騎たんき出張ではるのがすじである。

 しかしすでに関東一円かんとういちえんのヒーローたちのあいだでは、デスグリーンに関するうわさが広まっていた。


 いわく、デスグリーンは人間態で数多あまたのヒーロー組織を壊滅に追いやった、近年まれに見る凶悪無比きょうあくむひな怪人であると。

 曰く、“緑の断罪人だんざいにん”によって命を奪われた怪人たちの怨念おんねんり集まって生まれた純然じゅんぜんたる悪の化身けしんであると。

 曰く、怪人たちの宿敵であったビクトグリーンを頭からむさぼり食ったことで、そのけがれきったたましいに肉体を汚染おせんされた怪人の“よどみ”であると。


 そのデスグリーンが禍々まがまがしきスーツを身にまとい、怪人態かいじんたいと化して目の前にいるのだ。

 ヒーローたちの恐怖、名誉欲めいよよく、そして復讐心ふくしゅうしんはいかほどか。


『つつつ、ついに俺たちの手で、あのデスグリーンを!』

『デスグリーンを倒せば昇進しょうしん間違いなしだぜーーっ!』

林業りんぎょう戦隊キコルンジャーのかたきは俺たちが必ずつ……!』


 八体の巨大ロボが一斉いっせいに、人間大にんげんだいの林太郎に狙いを定める。


「どうしてもやるってんなら、こっちにも考えがあるぞ! いいのかーーーっ!?」


 林太郎はなんとか引きばそうと詭弁きべんろうするが、ひとりならまだしも圧倒的な数的有利すうてきゆうりを得た群衆ぐんしゅう相手ではまるで効果がない。


『耳をすな! 砲門ほうもんひらけーーーっ! 撃てーーーーーっ!!』


 ズドドドドドドドドドドド!!!!!


 カラフルなレーザービーム。

 口径こうけいにして五メートルはあろうかという巨大な鉛弾なまりだま

 ロケット推力すいりょく射出しゃしゅつされる鋼鉄こうてつこぶし


 一体の砲撃でも、巨大化した怪人に致命傷を負わせるほどの威力いりょくである。

 それらがありんこのように小さな林太郎へ向けて同時に発射された。


 木々は燃えるもなく消滅しょうめつし、大地がけ地形が変わるほどの超密集ちょうみっしゅう大砲撃だいほうげきであった。

 轟音ごうおんはるか遠く米軍べいぐん厚木あつぎ基地きちでも確認され、直近である所沢市ところざわし地震観測所じしんかんそくじょでは震度しんどさんを記録した。


『……やったか!?』


 もうもうと立ち込める土煙つちけむりが、ゆっくりと晴れていく。

 デスグリーンのいた場所はもはや何もかもが消滅しくし、大きなクレーターがぽっかりと口を開けていた。



欠片かけらも残らず消滅したか……」



 巨大ロボの一体、煌輝きらめき戦隊ロミオファイブの乗機じょうき『プリンスカイザー』のコックピットでは、五人のメンバーが安堵あんどめ息をついた。


「なんとか勝てたみたいだな……」

「ふっ、これだけの攻撃だ。生きているはずがねえ」

「なーんだ、思ったよりあっけないんだー」

「そう言いながらあしふるえてるわよ、ウ・サ・ギ・ちゃん」

「だっ、誰がビビってるてんだよ!? ってゆーか誰がウサギちゃんだ!!」

「……きみたちもう少し静かにできないのかね、相変あいかわらずさわがしい連中だ。風紀委員長ふうきいいんちょうとしてこれ以上は見過みすごせないな」


 彼らは“私立しりつ白雪ヶ丘しらゆきがおか学園”にかよ現役げんえき男子高校生五人組である。


「まったくしょうがないやつらマイベストフレンズだ。はやく基地に帰って乾杯しよう。いいニルギリの茶葉ちゃばが手に入ったんだ」


 リーダーのロミオレッド、天竜寺てんりゅうじレンは雑誌のモデルもつとめる元気いっぱいの生徒会長せいとかいちょうだ。

 クールなロミオブルー、やんちゃなロミオイエロー、オネエ系のロミオパープル、そして風紀委員長のロミオホワイトというくせのあるメンバーを、一生懸命まとめ上げている。


 すべては平和と安全と、みんなの笑顔のために。

 俺たち、最強無敵のプリンスヒーロー!

 その名もウィーアー――。


 ……メキャッ……。

 メリメリバキバキベリバリィッ!!


煌輝きらめき戦隊ロミオファイブの諸君しょくん、ごきげんよう。試乗会しじょうかいはやっていないのかな?」


 コックピットのハッチが強引にじ曲げられ、ひとりの男が現れた。

 りゅうを思わせる異形いぎょうのマスクで顔は見えないはずなのに、ニタァという悪魔じみた笑顔が見る者の脳裏のうりをよぎる。


「お前は……極悪怪人デスグリーンッ!? あの砲撃で生きていたというのか!?」

「おっと、ちゃんと前を向いて運転したほうがいいぞ。このコックピットを真っ赤にリフォームしたくはないだろう?」


 毒々どくどくしい緑色の剣が、操縦席そうじゅうせきうしろからロミオレッドの首筋くびすじにあてがわれる。

 一斉砲火いっせいほうかを浴びたデスグリーンは、土煙つちけむりまぎれて直撃をけ、巨大ロボをよじのぼってきたのだ。


「ま、待て……! 俺を殺したところで逃げ場はないぞ!」

「殺すなんて滅相めっそうもない。俺はこう見えて平和主義者なんだ。君たちにちょっと協力してもらいたいことがあってね」

「……いったい何をやらせようっていうんだ!?」

「簡単なアルバイトさ。ロボ七体分ななたいぶん解体作業かいたいさぎょうだよ」


 なんと極悪怪人デスグリーンはプリンスカイザーをり、ロミオファイブに残りのロボを始末しまつさせようというのだ。


「やってくれるかな? 君たち高校生なんだから、バイトぐらいしたことあるだろう?」

「いくらおどしたって無駄だ! 観念かんねんして大人おとなしく投降とうこうしろデスグリーン!!」


 彼らは現役高校生とはいえ、ヒーロー本部と民間委託みんかんいたく契約けいやくを結び西東京にしとうきょうの平和を守る正真正銘しょうしんしょうめいのヒーローだ。


 正義のヒーローとは、愛という名の自己犠牲じこぎせいそのものである。

 たとえ首筋くびすじ刃物はものを突き付けられようと、怪人の卑劣ひれつおどしにくっしたりはないのだ。


「ロミオレッド、天竜寺てんりゅうじレン。獅子座ししざのB型。家族構成は父、母、それにおばあちゃんと……中学生の妹がいるんだって? 住所は……」

「ままままま待ってくれ! 家族には手を出すな!」


 基本的に屈しないが、それも時と場合によるのである!


「てめえさっきから聞いてりゃ調子に乗りやがって! 今すぐレッドから離れろ!」

「君はロミオブルー、一条いちじょうハルト君だね? 母子家庭ぼしかていなんだって? お母さん若くて美人らしいねえ。駅前の花屋はなやで働いているんだろう?」

「お……おま……」

勘違かんちがいしないでくれよ。俺は君たちの個人情報を確認しているだけさ。危害きがいを加えるつもりなんてあるはずないじゃないか。俺は素直すなお従順じゅうじゅんな若者が大好きなんだから」


 次々つぎつぎとつまびらかにされていく、本来秘匿ひとくされてしかるべきヒーローの個人情報たち。

 “元”東京本部所属ヒーローである緑の怪人は、しきマスクの下でニイッと口角こうかくを吊り上げた。


「言っただろう……? こっちにも考えがあるってさあ……」




 ……数分後。




「うわあああああああああああああ!!!!!」

『どうしたんだロミオファイブ! 俺たちは味方みかただぐわあああーーーっ!』

「はっはっは、やればできるじゃあないか」


 プリンスカイザーの剣はオイルで黒く染まっていた。

 煌輝きらめき戦隊ロミオファイブの瞳からはきらめきが消えせ、かわりにきらめくしずくがとめどなくこぼれ落ちる。

 声も涙もてたころ、荒涼こうりょうたる大地に立っていたのはプリンスカイザーただ一体のみであった。


「うぅ……えぐっ……ひっく……」

「……俺たち……よごれちまったよぉ……」

「気にしちゃあいけないよ。男は流した涙のぶんだけ強くなるんだ。ほらバイトだいだよ」


 デスグリーンは小さな箱を置いてプリンスカイザーのコックピットをあとにする。


 ピッ、ピッ、ピッ。


発破はっぱ!」


 頭部にコックピットを持つプリンスカイザーの目が、カッときらめいた。




 …………。




 タイムリミットのジャスト一〇分。

 林太郎がデスグリーンの変身をいたとき、八体ものロボはすべて機能を停止していた。


 眼鏡めがねをくいっとかけなおした林太郎は、足元あしもとに転がる少女をき上げた。

 その身体からだは軽く、先ほどまで体長たいちょうが六〇メートルあったとは思えないほどだ。


「んにゃ……アニキ……? サメっち気絶きぜつしてたッス……?」

「おはようサメっち。いい夢は見れたかい?」

「……身体からだがバキバキッス……」

奇遇きぐうだねえ、アニキももう立って歩くのがやっとだよ」


 デスグリーン変身ギアの負荷ふかは想定以上であった。

 林太郎の肉体の節々ふしぶしはとっくに限界を超えて悲鳴を上げている。

 正直なところあのせまいコックピットでロミオファイブに暴れられたら、勝ち目はなかったかもしれない。


「ちょっと休憩きゅうけいしていこうか」

「ドキッ……アニキ大胆だいたんッス……!」

「サメっち、ときには言葉どおとらえることも大事なんだよ?」


 林太郎がゆっくりとひざをついたそのとき、ロボたちの戦闘で黒煙こくえんくすぶる森の木立こだちから男が現れた。


「ああ……やっべ、そりゃいるよな……忘れてた……」

「アニキ……これやばいんじゃないッスか……?」


 ひとり、ふたりと……その数はどんどん増えあっという間に一〇〇人近くまでふくれ上がる。

 彼らは色とりどりの戦闘用ヒーロースーツをまとっていた。


「ヒーロー本部だ! ようやく追い詰めたぞデスグリーン!」


 ロボが総動員そうどういんされているということは、ロボを持たないヒーローチームも当然総動員されているのだ。




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