第三十五話「“平和”を愛する緑の光」

 国家公安委員会局地的人的災害特務事例対策本部。

 通称ヒーロー本部では異例いれいの人事会議が行われていた。


 発端ほったんはもちろん、極悪怪人デスグリーンによる地下怪人収容施設襲撃しゅうげき事件である。


「被害状況を報告する。区画くかくの三割が全焼ぜんしょう騒動そうどうじょうじて逃走をはかった局地的きょくちてき人的災害じんてきさいがい三十七たいのうち、十一体は現在も逃走中。人的損害じんてきそんがいについては死者し、重軽傷者は三十八名……」


 報告を読み上げるのは補佐官ではなく、守國もりくに長官本人である。

 今回の事件に深くかかわった鮫島さめじま朝霞あさか補佐官は、身柄みがら拘束こうそくされ沙汰さたを待っている。


「管理責任者を罷免ひめんすべきだ! 外部から怪人の侵入を許したのは大問題ですぞ!」

「そうだ、それにまた襲撃があるかもしれん! 今すぐに怪人たちを近隣きんりんの収容施設に移送いそうすべきだ! 物資ぶっし資料類しりょうるい輸送費ゆそうひだってバカにならんのだぞ! 管理部が負担ふたんしたまえ!」

「それを言ったらそもそも侵入を許したほうが問題だ! 今すぐここに警備けいび責任者を連れて来い!」


 会議室はもはや群衆ぐんしゅうデモの様相ようそうをていしている。

 各々おのおのが好き勝手にものを言い、責任をなすりつけあう場としていた。


 じつのところこのまま紛糾ふんきゅうしてくれればまだマシなほうである。

 守國にはひとつ、不安要素ふあんようそがあった。


けばビクトレッドは大貫おおぬきくんや仲間を攻撃したというじゃないか! ヤツが怪人のスパイだったのではないか!?」

「そうだ! 今回の事件の発端ほったんだって、大貫くんは鮫島補佐官に指示されてやったことだと言っているんだろう?」

「ならばビクトレットと鮫島補佐官を今すぐ更迭こうてつすべきだ。その他の者たちについては状況をかんがみて不問ふもんしょすべきだと思うのだが、いかがかね?」

「それがいい、そうするべきだ!」


 会議室に居座いすわ面々めんめんから拍手はくしゅが起こる。

 守國が懸念けねんしていたのはまさにこれであった。


 大貫おおぬき誠道せいどう、東京所属のエリート・勝利戦隊ビクトレンジャーの司令官をつとめる男。

 たいして有能ゆうのうでもないこの男がこれほどの地位ちいにいるのにはわけがある。


 彼は根回ねまわしのたくみさと、コネづくりの上手うまさにかけてはヒーロー本部でも随一ずいいちであった。


 ビクトグリーンを左遷させんした件についても、そもそも彼に人事権じんじけんなどない。

 しかしそれを可能にするほど上層部に顔がくのだ。

 だからこそ上層部に対する体面たいめんにあれほどこだわったのである。


「では決定ということで、よろしいな?」

異議いぎなし」

「異議なし」

「異議なし」

「異議あり」


 役員やくいんたちの視線が異議をはっした男に向けられる。

 その男、守國長官は重々おもおもしく口を開いた。


此度こたびの一件は極秘ごくひ施設でのこと、おおやけ沙汰さたくだせん。ゆえに処分しょぶん内々ないないませるほかない。もし責任があるとするならば、それはすべてこの守國にある」


 守國は静かにおのれ徽章きしょうに手を伸ばす。

 そしてヒーロー本部長官のあかしであるそれを力任ちからまかせに引きちぎった。


「部下の失態しったいは上司の失態。ならばまず、この俺に任命責任にんめいせきにんうのがすじだろう。だれいますぐ俺の首をれぃッ!!」


 会議室はその一言ひとことで、水を打ったように静まり返った。

 守國はもとより長官の地位に未練みれんはない。

 初代ヒーロー正義せいぎ戦隊ジャスティスファイブのリーダー・アカジャスティスとして三〇年ものあいだ怪人たちと渡り合った結果、彼以外の適任者てきにんしゃがいなくなってしまっただけだ。

 ただのイチ官僚かんりょうでしかない連中ではわりがつとまるはずもない。


(これは大きなりを作ることになるな……)


 守國がそんなことを考えていたそのとき、ひとりの職員が会議室に駆け込んできた。


「ししし、失礼いたしますっ! 長官、お耳に入れたいことが……!」


 その職員はあせった様子で自分の端末たんまつを守國に見せた。

 端末にうつし出されたものを見て、今年でよわい六十八を数える守國はまだ退任たいにんできそうにないなと大きな溜め息をついた。




 …………。




 ヒーロー本部、ビクトレンジャー秘密基地。


「やってしまったあああああああァァァッッッ!!!!!!!」


 ビクトレッドこと暮内くれない烈人れっとの魂の叫びがこだました。

 部屋にはもはや烈人しかいないため、いくら叫んだところで誰にたしなめられるわけでもないのだが。


いきおいで上司と同僚どうりょう丸焼まるやきにしてしまったッッ!! 俺のヒーロー人生はもうおしまいだあああああァァァッッッ!!!!!!!」


 頭を抱えてもんどりを打つ烈人は、誰かが部屋に入ってきた気配けはいを感じ、ブリッジしたままの姿勢で挨拶あいさつをした。


「おはようございます朝霞あさかさん!」

「どうしたんですかその格好かっこう


 朝霞はふたりぶんのコーヒーをれると、おもむろに語り出した。


「大貫司令官が波照間島はてるまじま支部へ異動いどうになるそうです」

「はてる……なんですって?」

波照間島はてるまじまです。日本最南端さいなんたん有人島ゆうじんとうです」


 ちなみにヒーロー本部のある千代田区ちよだく神保町じんぼうちょうから沖縄おきなわ県波照間島までの直線距離ちょくせんきょりはおよそ二〇〇〇キロメートル、網走あばしりまでの距離とくらべてほぼばいである。


「いったいなんだってそんなところに!?」

「こちらをごらんいただければ、ご理解いただけるかと」


 そう言うと朝霞は自分の携帯端末で動画を再生した。


『バカだねえ最近の怪人ってのはさあー!』


 画面にはいたいけな少女を人質ひとじちに取り、邪悪な笑みを浮かべる大貫の姿が映し出されていた。

 そのあまりに卑劣ひれつ居振いふいは、十人が見れば十人とも大貫が悪人だと断言だんげんするだろう。


「ソースは不明ですが、すでにSNSで三〇〇万回ほど再生されているようです。怪人保護ほごうったえる国内外こくないがいの人権派団体から抗議こうぎの電話が鳴りやまないとか」

「いったいいつのにこんな映像が……!?」

上層部じょうそうぶは大貫を切りてる方針ほうしんだそうです。守國長官がおっしゃるには、それにともなって大貫が主張しゅちょうした私たちへの処分は大幅おおはば減免げんめんされるとのことです。聞いていますか?」


 烈人は朝霞の説明が耳に入らないほど、画面に見入みいっていた。


「監視カメラにしては位置が低いと思ったけど……まさかこの画角がかくは……」




 …………。




 ところかわってアークドミニオン地下秘密基地……の上にそびえるタガデンタワーの最上階。

 金髪碧眼きんぱつへきがんの幼女、絡繰からくり将軍タガラックはね上がる再生カウンターを見てはしゃいでいた。


「うしゃしゃしゃしゃ! これであのバカ司令官もわりじゃのう!」

「バカのままでいてくれたほうが倒しやすかったんじゃないですか?」

「なんじゃい協力きょうりょくしてやったのにぃー、相変あいかわらず林太郎はヒネくれとるのー」

「人の眼鏡めがねにカメラと盗聴器とうちょうき仕込しこむのは、協力したとは言わないんですよ」


 そう言って林太郎は自分の眼鏡をはずして机の上に置いた。

 イエローのハリテで破壊された後、タガラックの部下である執事しつじ給仕きゅうじ怪人によってあらたに用意されたものだ。


 メガネのフレームには、注意して見なければわからないほど小さなレンズが組み込まれていた。


 林太郎がカメラの存在に気づいたのはつい昨日のことである。

 密室みっしつおこなわれたはずの自分とみなとの恥ずかしいやり取りが、一部の怪人たちのあいだで動画として出回でまわっていたのだ。


 その映像というのが林太郎の視線そのものであったため、めるまでもなく犯人が割れたという寸法すんぽうである。


「じゃからって、乗り込んできて開口一番かいこういちばん大貫おおぬきの動画データはあるか!?』じゃもん。わし怒られるかと思ったぞ」

「いや怒ってますよ? ただ大貫には個人的なうらみもありましてね。剣でブッ刺したのはサメっちのぶん。この炎上動画は俺のぶんです」

「クリリンのぶんじゃな」

「それ二度と言わないでくださいね」


 一瞬真顔まがおになった林太郎は、やれやれとかたちからを抜くと大きなめ息をき出した。


「ま、やられたことはキッチリ五〇億倍おくばいにして返すのが俺の流儀りゅうぎですから」

「ほほーっ、ならばおんにもむくいてもらわんとのう! 動画データのぶんとしておぬしの右手をドリルに換装かんそうするというのはどうじゃ? なあ、いいじゃろ? さきっちょだけじゃから」

盗撮とうさつの件をチャラにしてやると言ってるだけ菩薩ぼさつのように優しいと思いますがね俺は!」


 林太郎が大貫にいたを見せたかったのは事実である。

 だがそれが結果的に烈人れっと朝霞あさかを助けたことについてはまだ知らないのであった。


 このふたりが極悪怪人デスグリーンにとって、強大な障壁しょうへきとなることも。




 ………………。



 …………。



 ……。




 夜でも絶賛ぜっさん営業中、二十四時間楽しめる、それがこのムーンシャイン水族館の魅力みりょくである。

 月明つきあかりに照らされおよぐペンギンの姿は、まるで夜空よぞらを飛ぶピーターパンのようであった。


「アニキ! トナカイさんも泳いでるッスよ! おいしそうッスねえ」

「いいかいサメっち、あれはスタッフのトナカイさんだから食べちゃダメだよ」


 まるで兄妹きょうだいのようなふたりが、手をつないで歩いていた。

 周囲を行き人々ひとびとは、彼らが社会の平和をおびやかすしき怪人だとは夢にも思わないだろう。


「そういやサンタさんって、なんで煙突えんとつなくても家に入ってこれるんッスかね?」

「知ってるかいサメっち? サンタクロースは、じつは怪人なんだよ」

「そうなんッスか!? じゃあきっとい怪人なんッスね!」

「いいや、世界中の子供たちをい子にしてしまう、わるい悪い怪人さんだよ」



 彼の名は栗山林太郎、二十六歳。

 ヒーロー学校第四十九期首席しゅせき卒の“もと”ヒーロー。



 彼の平和をみだす者には、凄惨せいさんなるどくやいば返礼へんれいを。


 彼の正義をおかす者には、あまき死よりも苛酷かこくばつを。


 その眼鏡めがねおくかくされたるしん姿すがたは――。

 ――“平和へいわ”を愛する緑の光、極悪怪人ごくあくかいじんデスグリーン。


 怪人かいじんでもなく、人間にんげんでもない、平和主義者の極悪人ごくあくにん



 彼はぎこちないみを浮かべながら、少女の頭を優しくなでた。



 ニカッと笑った少女の口には、鋭い牙が並んでいた。





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 そんなわけで第一章完!

 ここで物語は一旦幕引きです。

 林太郎とサメっちの物語はまだまだ続きます。


 第二章ではド定番! 巨大ロボと追加戦士が登場いたしますよ! 乞うご期待!


 温かなご声援、ご支援、過分な評価の数々、まことにありがとうございます。

 SNSなどでも多くのご感想、ファンアートを賜り感謝の念にたえません。


 よろしければ是非、第二章以降もお付き合いくださいませ。

 よろしくなくても付き合ってください。


 そして感想とかいろいろくれ! 全部くれ! 全部だ!

 私から読んでくれた君にありがとうと言わせてくれ!


(2022/01/04追記)

 まだ第一章だけですが、がっつり大幅に修正いたしました!

 さらに読みやすく、さらに面白くなりましてよ!

 かなり手を入れたので、ご感想などいただけますと大変励みになります!


 第二章の修正も進めていきますので引き続きよろしくお願いします!

(修正前だと少し整合性が取れていない部分があるかもしれません、ご了承ください)


(2022/01/31追記)

 第二章の全修正が完了いたしました!

 引き続きお楽しみください!


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