第三十三話「正義は炎とともにある」

 ビクトレンジャー司令官・大貫おおぬきの全身が火柱ひばしらに包まれた。


「あぢゃあああああああああっっっ!!!」


 薄暗い廊下がまるで炎天下えんてんかのように明るく照らされる。


「ああっ、あついッ! けるッ! 僕ッ、し、死んじゃうよぉーーーッ!!」

「大貫司令官! ちくしょう、水だ! 水はどこだッ!?」


 火を消し止めるべく、したたちが大貫の体をべちべちたたく。

 しかしその勢いはおとろえず、大貫は口や鼻から炎をきながらもだえ苦しむ。

 部下のひとりが尿にょうをひっかけたところで、ようやく火はおさまった。



 真っ黒に燃えき、ピクピクと痙攣けいれんする“正義の首魁しゅかい”を見下ろす男がひとり。


 その胸にかがやく勝利のブイマーク。

 さきの戦いでひび割れた真っ赤なマスク。

 灼熱しゃくねつの男、ビクトレッド・暮内くれない烈人れっとがそこにいた。



「ビクトレッド! てめえ裏切ったのか!」

「この恥知はじしらずめ!」


 上司を黒焦くろこげにしたヒーローに、下っ端ヒーロー職員が次々と罵声ばせいびせる。

 だが烈人は意にかいする様子もなく、サメっちのロープをほどいた。


「俺はあまり器用きようじゃないから、こんなかたしかできない。だからみんなが笑ってらせる世界のためなら、俺は今日きょうこの瞬間にきたっていい」


 その言葉の端々はしばしには、静かな怒りの炎が宿る。


「けれどいつも思うんだ。もしこの世界から怪人がひとりもいなくなれば、本当にみんなが笑える世界がくるのかなって……」


 解放されたサメっちは、呆然ぼうぜんとした顔でかつて自分を焼いた男を見上げた。

 烈人に連れられた朝霞あさか補佐官が、自爆寸前じばくすんぜんだった妹にる。


冴夜さや!」

「……お姉ちゃん!」


 再会を果たした姉妹は、おたがいに腕を回して強く抱きしめ合った。



 正義のヒーローは感動の瞬間を見届みとどけると、取り残されたザコヒーロー職員たち、そしてデスグリーンになおった。

 しばられて転がされている林太郎は、その景色をただ見守ることしかできない。


 怒りにこぶしふるわせる赤き戦士。

 その熱き男は、涙を流しながらゆっくりと口を開いた。


「悪は、誰の心に中にもいる。怪人の中にも、俺たちの中にも。だったら俺たちヒーローの使命は……かたちだけの正義を振りかざして怪人を傷めつけることじゃない……」

「な、なに言ってやがる! 撃てぇ! お前らこの裏切り者を撃てっ!」


 ヒーロー職員たちが銃を構える。

 しかしその銃身は烈人の怒りの熱気ねっきにあてられ、真っ赤に染まったかと思うとドロリとけた。


「俺たち“正義せいぎ”のヒーローがすべきことは……敢然かんぜんと“あく”の心に立ち向かい……」


 握りしめたりょうの拳が激しく燃え上がり天井てんじょうを焼いた。

 もはや拳どころか両腕が紅蓮ぐれんほむらをまとい、不燃性ふねんせいであるはずのヒーロースーツにまで燃え移る。


「ひっ、ひいいいえええええええっ!!!??」」

「すべてのあいするものたちに、“正義せいぎこころ”をしめすことだあーーーッッッ!!!!!」


 烈人が渾身こんしんのパンチを放つと、その怒りは極太ごくぶと火炎光線かえんこうせんとなって林太郎の頭上、背中、そしてしりをかすめた。

 敵を内側から焼く“バーニングヒートグローブ”で、烈人はなんと己の腕そのものを焼いたのだ。


「ぐわあああああああああああああ!!!!」


 水平に撃ち出された火柱が、悪の心に染まったヒーロー職員たちをひとり残らずはらう。

 怒りの炎にかれた職員たちは、スプリンクラーのシャワーを浴びながらビクンビクンと痙攣けいれんした。



「……よし! って、うおおおおおッ!? しまったやりすぎた! これは始末書しまつしょどころじゃない気がするぞ!」

相変あいかわらず後先あとさきを考えない馬鹿だなお前は……」



 林太郎はサメっちになわほどいてもらうと、デスグリーン変身ギアを構えながら烈人にいかけた。


「ずいぶんとお人好ひとよしなヒーローがいたもんだ、お前も悪に目覚めちゃったわけ?」

勘違かんちがいするな、俺は俺の正義を示したまでだ! 俺たちが守るべきはかけがえのない世界と正義の心であって、己の立場じゃない!」

「はっ、あまちゃんすぎて反吐へどが出るぜ……」


 左遷トバされたことをいまに持っている林太郎には、耳に痛い言葉である。

 だがしかし、自分自身の正義に立場はおろか命さえもける男のまぶしさが“いまの林太郎”にはほんの少しだけ理解できる。


 もしその言葉を、その心をもっと早く知れていたら。

 物語ものがたり結末けつまつは少しだけ違ったものになっていたのかもしれない。


 だがしかし、そうはならなかった。


「アニキぃ……」

「……………………」


 心配そうに見上げる“一番舎弟”の頭を、林太郎はだまって優しくなでた。

 誰かから見れば倒すべき悪で、他の誰かから見れば利己的りこてきな、このかけがえのないものを守ること。

 自分自身おれの平和を守ることが、いまの林太郎にとっての正義だ。


 林太郎は眼鏡の奥で深淵しんえんのような光なき瞳に闇を宿やどし、片手かたてに“デスグリーン変身ギア”を構える。

 それにおうじるように、林太郎にとってヒーロー学校時代の同期である烈人れっとは、再びその瞳に正義の炎を宿してバーニングヒートグローブを構えた。


「そんな格好かっこうで俺とやる気かよ。そのボロボロのスーツに割れたマスクじゃ、てめえの炎で焼け死んじまうぞ」

「だからどうした! 敵に心配されるほど、俺は落ちぶれちゃいないぞ!」


 正直なところ林太郎としては、一撃必殺を無理やり遠距離に対応させたビクトレッドとやりあうのはけたいところであった。

 誰だって自分の腕を焼くようなやつと戦いたくはないだろう。


 しかし。



「ビクトリーチェンジ」



 林太郎の身体からだが緑の光に包まれる。


 まるでこの邂逅かいこうこそが宿命しゅくめいであるとのたまうように。


 栗山林太郎、いな

 極悪怪人デスグリーンは完全武装で満身創痍まんしんそういの烈人と対峙たいじした。


「さて、ビクトレッド。ご自慢じまんのバーニングヒートグローブは使えず、スーツもボロボロのお前に勝算はあるか」

「おたがいに素手すでなら、俺にだって少しぐらい勝機しょうきはあるさ」

「誰が素手だなんて言ったよ」

「なにっ!?」


 言うが早いか、林太郎はマントの下から毒々どくどくしい緑色の剣を取り出す。



 そして目を見開みひらく烈人に向かって――投げた――。



 緑の軌跡きせきは烈人のすぐわきをかすめ、彼のうしろに立つ男の太腿ふとももに突き刺さる。


「ぐっ……ぐげっ……!」


 烈人が驚き振り向くとそこには、黒焦くろこげになった大貫司令官が最期さいごちからしぼって対怪人銃を構えているではないか。

 あろうことか、その大きな銃口じゅうこうは正確に烈人の頭へと向けられていた。


「お、のれ……レッ……デスグ……リ……」


 “ニンジャポイズンソード”からにじみ出した神経毒は一瞬にして大貫の体から自由をうばり、トリガーにかかった指はまるで彫刻ちょうこくのようにピクリとも動かなくなる。

 大貫は白目しろめきながらゆっくりと天井てんじょうあおぎ、立った姿勢のままれたゆかに背中からひっくり返った。



「デスグリーン……お前……!」

勘違かんちいするな。俺は俺の正義ってやつを示しただけさ。さあ続けようか」


 はっきり言って、満身創痍まんしんそういはおたがさまだ。


 だが悪しき緑の仮面かめんかがやかせ、極悪怪人デスグリーンはファイティングポーズをとった。

 ビクトレッドもまた燃えきたグローブを握りしめ、割れたゴーグルの隙間すきまからニッと不敵ふてきな笑みをのぞかせる。



「待つッスぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」 



 緑と赤が再び衝突しょうとつしようとしたその矢先やさき対峙たいじするふたりの男のあいだにひとりの少女がって入った。


「サメっち……」

「あ、ああ、アニキと戦いたいなら、まずサメっちを倒してからにするッス!」


 その肩は恐怖でカタカタ震えていた。

 一度その身を焼かれ、あの巨大な火柱を目にしたあとでは無理もない。


 勇気を振りしぼるサメっちに、朝霞が声をかけた。


「冴夜、あなたはどうしてそこまでして怪人の肩を持つのですか。私には理解できません。」

「ごめんなさいッスお姉ちゃん。やっぱりサメっちはアニキとずっと一緒にいたいッス!」

「な……ならばデスグリーンにもあなたと同様に、特別措置とくべつそちを取って身柄みがらあずかるというのはどうでしょう……それなら……!」

いやッスゥーッ!! サメっちはアークドミニオンのみんなが好きッス! りゅうちゃんも、べアリオンのオジキも、くららちゃんも、ミナトも、みんな好きッス!」


 サメっちは思いのたけを一生懸命、姉にぶつけていく。


「あとサメっちはやっぱりアニキのことが大好きッス! お姉ちゃんも大好きッス! ……だからみんなで一緒に……あれッス?」


 やはりちょっと思いが先走りすぎて、ロジックを組み立てるのは苦手らしい。


 だが林太郎は思う、サメっちはこの一件で少し強くなったかもしれないと。

 きっとこれが、サメっちが見つけた、サメっちの“正義”なのだ。


「お姉ちゃんも好きッスけど、でもみんなも好きだからお姉ちゃんと一緒にはいられないッス! あっそうだ! お姉ちゃんも怪人になったら全部解決かいけつッス! サメっちはこう見えてかしこいッス!」

「サメっち、無茶むちゃを言っちゃあいけないよ。お姉ちゃん困ってるだろ?」


 サメっちに決別を宣言せんげんされた朝霞は、無表情むひょうじょうのまま目の焦点しょうてんさだまっていなかった。

 鮫島朝霞という女はサメっちとともに過ごすため、本当にあらゆる手をくしてきたのだろう。


 朝霞は糸が切れ力が抜けたように、がっくりと項垂うなだれる。

 そんな彼女の肩を、烈人が力強ちからづよく抱きとめる。


「朝霞さん! しっかりしてください!」

「……少し、つかれました」



 烈人に支えられながら、朝霞はデスグリーンとサメっち、ふたりの怪人に向き合った。


 たしかな意思いしを宿す、まっすぐな目をした妹。

 そしてズタボロになりながらも、敵の本拠地ほんきょちまで妹を助けにきた兄。


 おたがいに強く手を握るその姿は、まるで人間の兄妹そのものだ。



「……我々の庇護下ひごかに入らない以上、ヒーロー本部は全力であなたたちを狙います。それがヒーローの使命しめいであり、怪人の宿命しゅくめいです。極悪怪人デスグリーン、あなたにその覚悟かくごはありますか?」



 朝霞のいに、林太郎はサメっちの肩を優しく抱きかかえ、大仰おおぎょうに笑ってみせた。



「使命だの宿命だのはよしてほしいね。俺はただの平和主義者なんだから。まあ本気で俺の命を狙うってんなら巨大ロボの五、六たいは用意すべきだろうな」

「ヒューッ! アニキ、かっこいいッスー!」


 マスクの下で皮肉ひにくめいたみを浮かべる林太郎に、サメっちが純粋じゅんすいな笑顔でこたえる。

 その兄妹の姿を見て、朝霞は小さな、深いいきをついた。



冴夜さや、こんなところまで助けに来てくれるなんて。いいお兄ちゃんですね」



 そして初めて“お姉ちゃんらしく”悲しそうに微笑ほほえんだ。



「もちろんッス! アニキは最高の怪人ッス!」

「まあそういうわけだお姉ちゃんとやら、これにりたらまた別の手を考えるんだな。安心しろ、サメっちはい子にしてるよ」

「サメっちは良い子じゃなくてわるい子ッスよ! この前だってアニキのベッドでおねしょしたッス!」



 その一言ひとことで、あたたかな結末けつまつむかえそうだった空気が一変いっぺんした。


 十一歳女児じょじ血縁けつえん関係のない二十六歳成人せいじん男性とねやともにしているというのは、あまり大きな声で他人に話すようなことではない。

 ましてや保護者おねえちゃんを前にして堂々どうどうとのたまうようなことではけしてない。



「い、いいい、いっしょに寝ているのですか……?」

「待ってね、ちょっと誤解があるみたいだ。けしてやましいことをしているわけじゃない。そうだろうサメっち?」

「そうッス! アニキは毎晩ベッドでサメっちをいてるだけッスよ! アニキ、こういうのを“からだだけのかんけー”って言うんッスよね? サメっち知ってるッス!」



 ピシッ……。



 そのとき、林太郎は空気がこおりひびれる音をたしかに聞いた。



「……サメっち? それはちょっと説明が足りないとアニキは思うよ」

「一緒にシャワーも浴びたッス! あとこう見えて結構激しいところもあるッス! あっでも、なでるときは優しいッスよ! なでなでされると気持ちいいッス!」

「サメっち、そこらへんにしておこうか。アニキはもうおなかいっぱいだよ」


 朝霞と烈人の顔が徐々じょじょにひきつっていく。

 林太郎は自分に向けられた正気しょうきを疑うような視線をビシビシと感じた。


「ちんちんも見たッス!」

「全職員にぐ! 侵入しんにゅうした怪人を至急しきゅう確保してください! 男のほう生死せいしいません!」

「やはりお前はかしておくわけにはいかない!! 覚悟しろ外道げどう!!!!!」

「ちくしょうやっぱりこうなった!」


 サメっちを抱えると、林太郎は全力で逃げた。

 それはもう足が千切ちぎれるんじゃないかというほど走った。


「アニキ……サメっちは、またアニキに力強く抱かれてるッスね……」

「よおしサメっち、秘密基地に帰ったら国語こくごのお勉強をしよう」

「アニキが手取てと足取あしとり色々教えてくれるんッスね!」

「おっと待った、なんだか嫌な予感がするぞお」



 林太郎とサメっちは、さわがしくヒーロー本部を後にした。



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