第八話「期待の怪人デスグリーン」

 東京郊外の化学薬品工場跡で大爆発、重傷者一名。薬品の劣化れっかが原因か?


 そんな見出しがネットニュースのトップを飾ったのは、その日の夕方のことであった。

 普段はちょっとした事故などすぐに流れ去ってしまうSNSも、今日はその話題で持ちきりである。


 なぜならその重傷者一名というのが――。


『この事故で勝利戦隊ビクトレンジャー所属、ビクトブルーさんが重傷を負い、搬送先はんそうさきの病院で現在も懸命けんめいの治療が続いています』

『いやー、どうですか皆さんご覧になって』

『これはねえ、間違いなく怪人の仕業ですよ。ええ、間違いないです』

『怖いですねー。ヒーロー本部には一刻いっこくもはやく検挙していただきたいものですねー』


 アークドミニオン秘密基地では昨日に引き続き、今日も盛大せいだいなパーティーがもよおされていた。

 主賓しゅひんはもちろん我らが大怪人、デスグリーン様である。


 空中ブランコでちゅうを舞う虫みたいな角の生えた双子。

 勇壮ゆうそうな音楽を奏でる、口がトランペットと一体化した女の子。

 浴びるようにビールを飲み腹芸を披露ひろうするクマとライオンを混ぜたような大男。


「ビクトグリーンに続きビクトブルーまでも、それもこんなに早く始末するなんて!」

「いやはやまったく酒が足りませんな。このままアークドミニオンのワインセラーを空にするおつもりですか?」

「ありがとうございますじゃあ……デスグリーン様はわしらの神様じゃあ……」


 林太郎は放心したままいわいにいわわれた。

 首には肩がこるほどの花飾はなかざりがかけられ、

 ほほは大小色とりどりのキスマークで埋め尽くされた。


「お手柄だというに浮かない顔であるなデスグリーン。いや、林太郎よ」


 グラスを揺らしながら林太郎の横に腰かけたのは、我らがアークドミニオン総帥ドラギウス三世であった。

 その地の底から響くような声に、林太郎の背筋がこおる。


「そう強張こわばるでない。我輩、ちょっとショックであるぞ」

「……すいません」

「ククク……少しからかってみただけなのである」


 表向きは新人と打ち解けようとしている組織のリーダーだ。

 しかしひょうげて見せるが、この老人はれっきとした巨悪の首魁しゅかいである。


 これまで首都圏で多くの組織を壊滅させてきた林太郎が、唯一その尻尾さえも掴めなかった秘密結社アークドミニオン。

 そのすべてを掌握しょうあくするSSS級の国際指名手配怪人、それがドラギウス三世である。


「む? グラスが乾いておるではないか。ひょっとしてめないクチか? ならばジュースなどはいかがであるかな?」


 そう言うとドラギウスは自分のグラスに注がれた赤黒い液体を呑み干した。


「案ずるな、我輩もグレープジュースである」


 飄々ひょうひょうとした様子で子供じみた笑みを浮かべるのだが、林太郎はやはりこの老紳士が苦手だ。

 力がどうこうではなく、数多の怪人を見てきた林太郎の目をもってしても底が見えない、そういう恐ろしさがこの男にはあるのだ。

 こうして並んで世間話をしている今でさえ、ひょっとしたら既に林太郎の正体に勘づいているのかもしれない。


「これでも我輩は林太郎に感謝しておるのだぞ。久しぶりに、可愛い子どもたちの笑顔を見ることができたとな」

「……恐縮です」

「おぬしも、そのひとりである。今宵こよいはゆるりと語り合おうではないか」


 ドラギウスと林太郎はグレープジュースで乾杯した。

 林太郎は意を決して飲んでみたが、当然のように杯には毒など入っておらず、いたって普通のグレープジュースであった。


 案外恐ろしいというのは林太郎の思い込みで、ひょっとしたらドラギウスは本当にただの家族思いで好意的な紳士なのかもしれない。

 ふとそんな考えが頭をよぎるが、林太郎はその仮説をすぐに振り払う。


(そんなはずはない、怪人は悪に決まってる。ジョニーが生きているならまだチャンスはあるはず……。今度こそヒーロー本部に戻ってここにいる全員まとめて検挙するんだ……)


 手違いで悪の組織に身を置く羽目はめになった林太郎であったが、見方みかたを変えればこれはチャンスでもあった。

 なにせこれまで煙のように正体を掴めなかった悪の組織の全容が、目の前にあますことなくさらされているのだから。


 もしもこの情報をヒーロー本部に持ち帰ることができたならば、網走への左遷など帳消ちょうけしにした上でおりがくるほどの大手柄おおてがらだ。


(今度こそ、なんとしても生きてここから脱出しないとな……)


 そんな林太郎の決意とは裏腹に、極悪怪人デスグリーンの名声はうなぎのぼりであった。


「アニキはビクトブルーが尾行してくることなんて最初からお見通しだったッス! そこで罠を張ったッスよ。そしてサメっちにこう言ったッス。“思ったよりも簡単にいきそうだな。目にもの見せてやるさ”……ッスぁ!」

「なるほどのう。ビクトリー変身ギアでブルーを誘き寄せたのか、ふむふむ」

「おおお、なんという計画性だ! デスグリーンさんの目はきっと千里眼なんだ!」

「いいや違うね、デスグリーンさんは未来を予知できるのさ!」


 今日の活躍の一部始終を見届けた一番舎弟サメっちの喧伝けんでんに、怪人たちは真剣に耳をかたむけていた。

 彼らの間でデスグリーン像が肥大化ひだいかしていくのを、林太郎本人はただながめていることしかできなかった。


「そこでドカーーーンッス! ビクトブルーは空高く一〇〇メートルぐらい吹っ飛ばされたッス。アニキは体を張ってサメっちを庇ってくれたんッスよ!」

「し、しびれるぜえ……! オレにもアニキって呼ばせてくれよ!」

「ああー! ダメッスよ! アニキはサメっちのアニキッス!」

「デスグリーンさま素敵! 抱いて! 私も抱きしめてあげるわ、この六本の腕で!」

「ダメーッス!」


 “宿敵ビクトブルー大爆殺だいばくさつおめでとう大祝賀会”は深夜まで続いた。

 林太郎は怪人かくし芸大会で得意のマジックを披露し、ビンゴ大会で天体望遠鏡をもらった。


 極上スイートルームに戻った林太郎は、一言も発することなくふかふかのダブルベッドに飛び込んだ。


(しかしジョニーには悪いことしちゃったなあ……)


 ビクトブルー・藍川ジョニーはいつも合コンで林太郎を当て馬に利用していたどうしようもない女たらしであったが、けして悪いやつではなかった。

 特に職務においてはビクトレンジャーの目そのものであり、彼の斥候せっこうには何度も命を救われたものだ。


 つい数日前まで同僚だった男のいけすかない顔を思い出しながら、林太郎は自分のビクトリー変身ギアを見つめた。

 ジョニー……ビクトブルーがあの場にいたということは、本部はビクトグリーンの位置を掴んでいるということだ。


 だがそれならばなぜ、彼らはこのアークドミニオン秘密基地に踏み込まないのか。



(考えられるのは……レーダーだな)



 ビクトリー変身ギアに内蔵された互いの位置を確認するためのレーダーは三次元空間、つまり高度までは把握はあくできない。

 こいつは昔の航空管制かんせいレーダーのように相対そうたい距離のみを表示する二次元レーダーなのだ。


 だから今日のように移動する対象を追尾するのには向いているが、地下数百メートルのアークドミニオン秘密基地では性能を十分に発揮できないのだ。

 つまり秘密基地内にいる限り、彼らが林太郎を発見し保護することはできないのである。


(だがサメっちの監視下にある俺は直接ヒーロー本部に戻ることができない。このビクトリー変身ギアのレーダーだけが頼りだ……どうする? どうすればいい? 考えろ考えろ考えろ……)


 林太郎は枕元まくらもとに置いたビクトリー変身ギアを見つめながら頭をひねった。

 ちょうどそのときである。


「ふぃー、疲れたッス、もうのどがカラカラッス。でもアニキのかっこよさをみんなに伝えるのも一番舎弟のつとめッス。バッチリ伝えてきたッスよ、アニキ!」

「……これだ……」

「ん? アニキ、サメっちの顔になんかついてるッスか?」


 デスグリーン武勇伝を語り終えたサメっちと目が合った、まさにその瞬間である。

 林太郎の邪悪な頭脳に新たなる天啓てんけいが舞い降りた。


「なあサメっち。ひとつ提案があるんだけど」

「また作戦を思いついたッスか!? サメっち、アニキのためならなんでもやるッスよ!」

「明日、俺とデートをしよう。行先は……池袋だ」




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