後編
運転席の窓から差し込む
「逃げなかったんだな」
「……そっちの方がめんどくさいことになると思ったから」
彼女に対して、私が起こした行動は、実に
——すぐにバイトを終わらせなさい。話は車で聞くから。
「……」
よくよく考えれば車に
とにかく、見逃すわけにはいかなかったのだ。
「で、何でバイトしていたんだ」
「バイトじゃなくて、手伝ってただけ、です」
「そっか」
うちの学校でもたまにあるケースだ。
自営業や会社を持つ
勿論、その際には学校に届け出をすることが大前提となるのだが。
「届け出、提出してないだろ」
「……うん」
「お金は、
「うん。ご飯は、ちょっと
「……そっか」
顔を
彼女は確か、母子家庭だったはずだ。
とはいえ、都内の
と、すれば。
「親とうまくいっていないのか」
「……」
青白い光を浴びたヘアピンが、微かに
だが、彼女は押し黙ったままで、
いくら待っても、その先の言葉は出てきそうにはなかった。
こうなると、どうしようもない。
「困った時は、なんでも相談に乗るからな」
「うん、ありがとう、先生」
これが、精いっぱいだ。
*
そのまま、彼女を家まで送っていく。
交通量が増え、窓の外に映る
一方で、車内の
何の話を
「先生は、どうして『先生』になったんですか」
「私はそうだな、……父親が教員だったからな」
「それだけ?」
「うーん、きっかけでもあるし、正直
生徒に
「その……、さ。若い子に自分の持ってる知識とか経験とかを伝えて、近い場所に居てあげて、いい感じの大人になった時、また会えたらな、って」
最近は少しずつ
肉体的にも精神的にも厳しく、
また、
だが、世間では立派な
しんどい、辞めたいと思う時は多々ある。
それでも。
「何ていうかさ、何だかんだ言って好きなんだろうね」
「……」
「ああ、もう、恥ずかしいな! そっちはどうなんだ。……高校、行かないんだろ?」
彼女の場合、母子家庭という背景や「特段の事情」により、過去から三者面談が出来なかったため、
一年生、二年生と、段々と荒くなる署名は正直なところ
あるいは、——
人生の
「どんな仕事に
「あるにはあるけど……」
「大丈夫。言ってみなよ」
「……中学出たら、シンガーソングライターを
「へえ……」
「でも、やっぱり無理かなあ」
「どうだろうな。ああいう世界は運とか
でも、と言葉を
「私は、チャレンジして欲しいと思ってるよ」
「え……、本当に、ですか?」
「ああ、当然だ」
「本当の本当に、本当?!」
赤信号になったので、隣を見ると、彼女は身を乗り出して顔を近づけていた。
「近い近い! 本当にそう思ってるってば」
「そっかあ。ふふふ、そっかあ」
「人気歌手になったらさ、テレビとかでやっている
「うん! ……先生は、あの日、きっかけをくれた人だし」
そう言うと、彼女は笑顔を見せる。
それは、窓の向こうで
*
エントランスに消えていく彼女を運転席から見守った後、私は大きな溜息を一つ
彼女が
「……」
私は彼女に何かしてあげられたのだろうか。
何かしてあげられることは、無いだろうか。
あの心からの笑顔が、頭の中にずっと
その感覚は、そう、良く知っているものだ。
ああ、本当に。これも、きっと。
「
今度は小さめの溜息を
ちょうど日が変わるタイミングで、陽気なクリスマスソングと共に、酒でも飲んでいるのか異様なテンションの
「メリークリスマス、マナちゃん」
打ち鳴らしていたハザードを消し、私は再び夜の街へと
想いが舞う夜に 南方 華 @minakataharu
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