第25話 立ち会い
結論から言うと。
開始数秒後には既に、アレクサンドラは天を仰いでいた。
「……」
ケイティと対峙し、まず睨み合った。
どう出てくるか――それを警戒しつつ、アレクサンドラはいつでも反撃できるように準備を整えていた。
ダインスレフ王国の軍人と手合わせをしたときには、何度も大の男を伸したこともあるアレクサンドラである。そこそこ鍛えているとはいえ、相手はご令嬢――どう手加減すべきかと、そう考えていたくらいだ。
だが、その考えはあまりにも甘かった。
どう手加減して倒れてもらうか――そうアレクサンドラが考えていた一瞬の隙。
その瞬間、死角から襲いかかってきたケイティの木剣が強かに顎を打つと共に、足が力を失った。
「ぐ、ぅ……!」
「あら、気絶したのかと思っておりましたわ」
あっさりと、転がされた事実。
それが受け止めきれず、アレクサンドラは顔を真っ赤にして体を起こす。綺麗に顎に入った一撃に目眩がするような感覚こそあったが、それでも戦いを続けることができないほどではない。
それに、何より。
ただ為す術もなく一撃で倒されたとあっては、ダインスレフの軍人としての名折れ――。
「ふぅ……すみません、油断をしました」
「では、続きも問題ありませんか? わたくし、まだ動き足りませんから」
「当然」
どう手加減すべきかなど、考えるべきではなかった。
再び木剣を構えるケイティに対して、アレクサンドラはその体の重心を低く構える。両手を前に出し、視線を低くし、いつでも敵の懐に飛び込むことができる姿勢だ。
ダインスレフ軍人としての嗜み――それは、
仮に戦争の最中、武器を失ったとしても十全に戦えるようにと、体に仕込まれるものだ。
「はぁぁっ!」
ゆえに、今回はアレクサンドラから先に動いた。
重心を低く保ち、そのまま相手の足をとるタックル。地を刈るように鋭く飛び出したタックルは、これまで何度もダインスレフの軍人を転がしたものだ。
そして相手を転がし、マウントをとる――それが
「おっと……!」
「――っ!」
しかし。
そんなアレクサンドラの前に現れるのは、木剣。
まるで死角から襲ってきたかのようなそれは、まさしくアレクサンドラの意図の外からやってきたものだった。
何故なら、ケイティの右手に握っている木剣は、僅かにも動いていない。その代わりに、彼女が自分の足を僅かに動かすと共に、目の前に現れたのだから。
思わず、顔に向けて襲いかかってくる木剣に躊躇し、タックルの速度が落ちる。
「はぁい」
そして、躊躇したタックルではケイティの足を掴むことはできても、そのまま倒すことはできない。
勢いを殺されたタックルは、その後無防備な背中を相手に晒すことと同じだ。これは、
「ぐ、あっ……!」
当然、そんな無防備な背中に、強かに木剣の一撃が加えられる。
思わず呼吸を遮られるかのような一撃に、アレクサンドラは膝をつき、胸を押さえる。そして、そこに繰り出されるのはケイティの足――膝をついて無防備なアレクサンドラへ仕掛けられた前蹴りによって、顔を思い切り蹴飛ばされる。
目の前に火花の走る感覚と共に、アレクサンドラは再び天を仰いだ。
再び――為す術もなく、ただ転がされた。
「ちょっと焦りましたわ。あなた、組み伏し系の方でしたか」
「……」
「訓練を重ねていることは、よく分かりますわ。ですが、実戦経験が不足しております」
ケイティの言葉に、返すこともできない。
ダインスレフの軍人として、何度となく戦場には赴いていた。指揮官として兵士を率い、時には自ら最前線で戦うこともあった。
だからこそ、自信を持っていたのだ。
こんな――ただ中庭で遊んでいるかのようなご令嬢に、負けるわけがないと。
「くっ……はぁ、はぁ……」
「立てますか? 立てるのでしたら、まだ続けますが」
「ぐ、ぅ……」
アレクサンドラは歯を軋ませながら、どうにか立ち上がる。
顎に撃たれた一撃と、顔面に喰らった前蹴り――その影響で、足はがくがくと震えている。まともに立ち上がることも一苦労で、戦うなどとても無理だろう。
だが、それでも。
ダインスレフの名を背負っている以上、ここで負けを認めるわけにいかない。
「はぁぁっ!」
「うりゃぁぁっ!」
「よいしょぉっ!」
「はぁっ!」
そんなアレクサンドラの周りでは、それぞれ戦っている令嬢たち。
ある者は変幻自在の蹴りを。ある者は唸りを上げる双剣を。ある者は動き全てを読んでいるかのような流れる動きを。ある者は愚直に鍛え上げた槍の一撃を。ある者は猿のように縦横無尽に飛び回る動きを。
そして、そんな中で剣を振るいながら戦うファルマス。
そんな彼らの姿を見て――次の瞬間に、アレクサンドラの頭がすっと冷えた。
「……」
恐怖すら、覚えた。
あの蹴りを自分に向けられたら、あれほど防御することはできるだろうか。
あの双剣と対峙したら、無手でどれほど捌くことができるだろうか。
あの全てを読んでいるような動きの前で、自分はどれほど立ち回れるだろうか。
あの愚直な槍の一撃に対して、どのように動けば防げるだろうか。
あの縦横無尽の動きをされて、死角から襲いかかってくるのをどう立ち向かうか。
アレクサンドラ自身が、軍人として訓練を積んできたがゆえに。
その強さを。
彼女らの強さを、理解した。
「……負けを、認めます」
「あら……もうよろしいのですか?」
「ええ……どうやら、わたくしが間違っていたようです」
大きく溜息を吐いて、腰を落とす。
ただでさえ足が震えている状態だったというのに、これほど流麗な強さを見せられては、戦意も失うというものだ。
どれだけの研鑽を積んで、どれだけの戦いを繰り返せば、これほどの強さが身につくのか。
「うりゃぁぁっ!」
「ぐはっ! ぐぅっ……! 良い、一撃、だ……!」
「ひゃっはー! へーか倒したぜ!」
ただ。
いくら後宮で他に人の目がないからといって。
皇帝ファルマスの腹に蹴りを入れて、勝ち誇るのはどうなんだろう。
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