第127話 ドラフト会議終了

 その後も、問題なく八大騎士団ドラフト会議は進められ、ヘレナもまた諜報部の方が調査をしていた逸材について指名を行うことができた。

 意外だったのは、最初にエカテリーナ・スネイクを指名して以降、ティファニーからヘレナの弟子たちの指名がなかったことだろうか。もう何人かは指名されると思っていたが、他の面々についてはまだ修行不足と考えたのかもしれない。

 その代わりにレティシア・シュヴァリエ、ウルリカ・セルエット、ケイティ・ネードラントの三名については、ヘレナが指名をしておいた。レティシアの実家はそこそこの規模でしかない商会であり、ウルリカの実家はそれこそ元将軍ガイウス・セルエットにより成り立った家である。そしてケイティの実家であるネードラント家も、武器商人という一面を考えれば今後の騎士団運営に役立つだろうと考えてのことだ。

 そして何より、ヘレナは自分の弟子たちの才能を信頼している。


「それでは、指名もなくなったところで、会議の方は終了いたします」


「ありがとうございました!」


 全員が唱和すると共に、八大騎士団ドラフト会議は終了した。

 今回のドラフト会議で得た人材は、エカテリーナ、レティシア、ウルリカ、ケイティという後宮の面々、そして市井にいる人物二人である。もっとも、市井の二人については実力というより事務処理能力を買われてのものであるため、単純な戦力として数えられる人物というわけではないが。

 ヴィクトルはそれなりの成果を得たのか、上機嫌に席を立つ。それに比して、あまり成果が得られなかったのだろうアルフレッドは渋面だ。そんな風に、指名を得ることができた将軍とできなかった将軍との間で、どこかぴりっとした空気が走る。

 だが、一位指名をヘレナに奪われたはずのティファニーは、それほど傷ついている様子ではなかった。むしろ、「終わりましたね。帰りましょう」と無表情で立ち上がる。

 ヘレナもまた、特に長居する必要もないため立ち上がる。

 ひとまず、現状は『紫蛇将』としての立場にいるヘレナだが、帰る場所はまだ後宮だ。もっとも、現状のヘレナの立場は非常に微妙なものであるため、日中は将軍の執務室に、夜は後宮に帰るという奇妙な生活をしていたりする。


「ヘレナ」


「ん……どうしましたか、兄上」


「ああ」


 だが、そんな風に帰ろうとしたヘレナを呼び止める声が一つ。

 それは当然ながら、ヘレナの実の兄リクハルド・レイルノートだった。

 こほん、と何故か咳払いをして、それからリクハルドは小さく嘆息し。


「抱きしめてもいいだろうか」


「ぶん殴りますよ」


 リクハルドはそんな風に、唐突にセクハラをかましてきた。

 ヘレナにしてみれば慣れていることだが、大きな溜息だけ返しておく。このシスコン兄は、いつだって妹を愛でたがるのが悪癖だ。

 贈り物は欠かされることなく、妹に何かあった場合は最前線からでも駆けつけ、妹から何かを頼まれたら万難を排してでも達成する。正直、愛が重い。


「そう言うな、ヘレナ。勿論冗談だとも。俺だって、やるべき時と場所は心得ている」


「時と場所というか、常に遠慮していただきたいのですが」


「次に実家に戻ってきたときには、俺にも一言伝えてくれ」


「やるべき場所は実家なのですか」


 リクハルドに冷淡な視線を向けるが、そんなリクハルドは薄い笑みを浮かべたままだった。いつもながら妹にどのようなことを言われても、斜め上に良い方向で受け止める兄である。

 黙っていれば男前なのにな、とは思わないでもない。


「それは冗談にしてもだ。ちょっと噂を耳にしてな」


「はぁ」


「どうも、親父が養子をとるんじゃないか、って話でな」


「ええ」


 リクハルドの言葉に、頷く。

 それは事実だ。ヘレナの方から根回しをした部分は少なからずあるが、レイルノート家は後継者がいない状況なのである。

 四人兄妹でありながら、長男のリクハルドは『黒烏将』であり、長女のヘレナは『紫蛇将』かつ次代皇后。次女のアルベラはアロー伯爵家の令息に嫁ぎ、三女のリリスはガルランド王国第二王子の妻。この中で、宮中侯であるレイルノート侯爵家を継ぐ者が誰一人いないのだ。

 本来、長男であるリクハルドが家を継ぐのが正当である。だが大いに母の血であるのだろうが、武に優れたリクハルドは軍に入ると共にめきめきと出世し、将軍位まで上り詰めた。そんなリクハルドを除隊させ、宮中侯を継がせる――それは、軍部にしてみれば大きな損失である。しかもリクハルド、頭悪いし。

 そのあたりの状況を父アントンと話し合い、ファルマスも交えて今後の方策を話し合い、アントンには養子をとらせることにしたのだ。


「そいつの素性は、大丈夫なのか? レイルノート家も、普通に考えりゃ侯爵家だ。それなりに稼ぎもいいだろうし、貯蓄もあるだろ。そいつ……養子に来るって奴は、金目当てってわけじゃないのか?」


「ああ、それはありませんよ。私の紹介ですから」


「だったら良いんだが……」


「真面目な人間ですよ。一度父上に引き合わせましたが、頭も良いですし真面目な人物なので、父上も問題ないと判断しました」


「そうか。だったらいい」


 ヘレナの言葉に、リクハルドは頷く。いつもながら、妹の言葉であれば何でも信じるリクハルドである。

 もっとも、ヘレナも決して嘘を吐いているわけではない。その養子に行く者というのが、ヘレナの弟子の一人であるクラリッサだ。根っから真面目な人間であり、全身鎧(フルプレート)を着込んで戦えるだけの実力を備え、しかも伯爵家の出自であるために初等教育は済ませている上に本人の頭も悪くはない。


「今度、俺にも紹介してくれ。俺にとっては、初めての弟になるわけだからな。もっとも、俺とはあまり関わりがないとは思うが」


「そうですね。機会があれば」


「それで、そいつの名前は――」


「おう、リック。話は終わったか? 飲み行こうぜ」


 ぽんっ、とそんなリクハルドの肩を叩くのはヴィクトル。

 この二人は同じ八大将軍という立場にあり、かつ年齢の近い同性ということで、割と仲が良いのだ。

 リクハルドは、そんなヴィクトルに対して小さく嘆息する。


「おいおい……俺と妹の語らいを邪魔するんじゃねぇよ」


「あん? まだ終わってなかったのか?」


「まぁいい……ヘレナ、また今度話そう。んで、どこに行くって?」


 リクハルドが立ち上がり、ヴィクトルと共に部屋を去ってゆく。

 ヘレナはそんなリクハルドを笑顔で見送って、それから小さく笑みを浮かべた。


「弟……まぁ、そう勘違いをしているのなら、良しとしよう」


 ヘレナは決して、嘘は吐いていない。

 レイルノート家に新しく養子が来るのも本当だし、その相手が真面目な人物というのも本当だ。アントンが気に入ったというのも事実である。

 だが、本当の目的は。


「クラリッサはきっと」


 宮中侯アントン・レイルノートの後継。その立場になるべきは、本来リクハルドである。

 だが本人に継ぐつもりが全くなく、結婚する気もなく、アントンが勇退した後には空席となってしまう宮中侯。

 だから、アントンに言ったのだ。せめて、リクハルドの妻が宮中侯という立場になれば、レイルノート家は宮中侯という立場を続けながら、さらに代を重ねることができるのではないか、と。

 そして、妹以外に興味のないリクハルドにどうにか結婚をさせるには、どうすればいいか――それを、ヘレナはアントンに提案したのだ。


「兄上にとって、理想の妹になってくれるはずですよ」


 クラリッサを養子にとる。そしてリクハルドに、新しい妹を作ってやる。

 そうすれば。

 将軍リクハルドに宮中侯クラリッサ――この二人が兄妹でありながら夫婦という形になり、レイルノート家は安泰である、と。

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