第125話 くじ引き

 ヘレナは、自身が師を務める後宮の面々について、その実力を正しく認識していた。今まで何人もの新人に訓練を施し、鬼教官として恐れられてきたヘレナは、それだけ才気に溢れた新人も見てきたし、そうでない者も見てきた。そして、その全てをヘレナは一人前の兵士として育ててきた。

 そんなヘレナの経験からしても、後宮の面々は異常である。


 弓を用いれば百発百中のフランソワ。

 鍛え上げた体に、全身鎧での自在な動きを行うクラリッサ。

 徒手格闘においては他に追随を許さないシャルロッテ。

 槍を己の手の延長として扱うマリエル。

 石を投げれば誰にも及ばないアンジェリカ。


 一期生の才能は、今までヘレナが育ててきたどの小隊よりも、各人の才気に溢れるものだった。僅か数ヶ月で、雑兵といえ後宮に襲いかかってきた男の集団を相手にできるほどのそれは、凄まじい才気だとさえ言えるだろう。

 だが、ヘレナは彼女ら一期生を、ドラフト会議で指名しない。


「てっきり、ヘレナ様は一期生から誰かを得ると思っていましたよ」


「お前がそれをできなかったように、私にもできない理由がある」


「……まぁ、私も色々と考えた結果ですよ」


 ふっ、とティファニーが肩をすくめる。

 誰もかれも、才気に溢れている。それは間違いないものだろう。

 だが同時に、彼女らを指名することのできない理由もあるのだ。


 フランソワは後宮が解体されてから、バルトロメイに嫁ぐことが内定している。まだ口約束程度ではあるが、これは皇帝と八大将軍『青熊将』の間で定められた約定だ。それを曲げてまで、一つの騎士団が指名することなどできない。

 クラリッサはまだ予定段階ではあるものの、侯爵家へ養子となることが決まっている。跡取りが全く家を継ぐつもりがなく、役職を継がせる相手がいないと嘆いていたある髪の薄い男に提案したところ、諸手を挙げて承諾されたのだ。

 シャルロッテは現状で、後宮の女官をしている。これはティファニーの策謀に陥ったようなものだが、現段階で五年間を後宮で奉仕することと決まっている。そして公的機関で奉仕することを禁固刑の代わりに架せられている以上、それを中断することはどのような権力でも不可能である。

 マリエルはその出自自体がアン・マロウ商会という、帝国でも最も巨大な商会の一人娘である。そして一度ヘレナが戦地に随伴させたことがあるとはいえ、一人娘を軍に入れるなど間違いなく反対されるだろう。そもそも権力を得るために娘を後宮に入れたような家だ。次の嫁ぎ先も、恐らく高位貴族の家に予定されているだろう。

 最後にアンジェリカは、彼女自身が皇帝の妹だ。そんな者を、いくら高位の待遇とはいえ、軍に編入させることなどできない。


 以上の点により、一期生は全滅なのだ。


 フランソワが嫁いでから、シャルロッテが任期を終えてから――そんな選択肢は一応残っているものの、現状では指名したところで意味がないと言っていい。


「最もしがらみが少なそうなのはマリエル嬢でしたが、こちらはアン・マロウ商会に喧嘩を売るようなものですからね」


「さすがに、帝国最大の商会と諍いを起こすわけにはいかんからな」


「むしろ、仲良くしておいて騎士団の物資購入に色をつけてもらうことも考えていますよ。マリエル嬢とは、個人的にも親しいので」


「ほう」


 マリエルと個人的に親しい、という部分にはやや引っかかる部分があったが、一応何も言わずに流しておくことにする。

 いやはや、とティファニーは笑みを浮かべて頬を掻き。


「シャルロッテ嬢は、私も惜しかったと思っていますよ。まさか、禁固刑の代わりに架した後宮での奉仕が、指名も阻害されるとは思っていませんでした」


「本人は、割と楽しんで仕事をしているぞ」


「残る面々……クラリッサ嬢は、侯爵家の養子になることが内定しているそうで。嬉しそうに話しているのを聞きましたよ」


「……」


 余計なことを、とは思わなくもない。恐らく、アントンが嬉しそうに話したのだろう。

 そんな風にヘレナとティファニーが会話を交わしている横では、どうやら一位指名が重複した三つの騎士団がくじ引きを始めようとしているようだ。

 ヴィクトルの率いる赤虎騎士団、リクハルドの率いる黒烏騎士団、アルフレッドの率いる碧鰐騎士団――三つの競合となった傭兵団の切り込み隊長、ジェイク・ヴォルケイドの指名権を争うものである。

 三人の将軍が前に出て、侍女の持ってきた箱の中から一つずつ封筒を引く。


「それでは、開封してください」


「いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「くっ……!」


「外れ、か……」


 同時に開封し、歓喜の叫びを上げるのはヴィクトル。そして残る二人は、落胆した面持ちで白紙の手紙を侍女へと渡した。

 ここから、この二人が誰を指名するか――それによって、ヘレナも二位以降の指名を考える必要がある。


「それでは次に、後宮所属、スネイク伯爵家令嬢、エカテリーナ・スネイクの指名権を抽選します」


 マリアの言葉に促され、ヘレナとティファニーが立ち上がる。

 このくじ引きに関しては、完全に運任せだ。決して不正を許さないマリアの下で行われるこの抽選において、賄賂は全く通用しない。

 立ち位置から、まずティファニーが箱の中に手をやる。そして僅かに悩んでから、一枚の封筒を取り出した。

 そして残るは、ヘレナの取る一枚。

 迷うこともなくヘレナは右手を箱に入れて、そのまま封筒を取る。


「それでは、開封してください」


 ティファニーと同時に、封筒の糊付けされた部分を破り。

 そのまま、取り出した一枚の紙――そこに。


「……」


 書かれている言葉は、『指名権獲得』。

 よしっ、と思わず腕を振り上げた。二分の一の賭けに、ヘレナは勝ったのだ。

 ぴらぴらとティファニーが揺らす紙は、何も書かれていない白紙。


「さすがですね、ヘレナ様」


「賭けに勝っただけのことだ。残念だったな、ティファニー」


「まぁ、次の指名ではヘレナ様と競合することがありません。それで安心することにしましょう」


「誰を指名するつもりかは知らんがな」


 どうにか、エカテリーナの指名権は得た。

 あとは、後宮に戻ってエカテリーナを説得するまでのことだ。そして元より、情報収集と諜報に優れた家であるスネイク家の娘であるエカテリーナならば、承諾してくれるだろうと考えている。

 くくっ、とヘレナは笑みを零した。


「これで……私の理想の騎士団に、一歩近付く」


 その笑みは、後宮における寵姫のそれでなく。

 一人の武人として、一人の将軍として、己の騎士団に想いを馳せる笑みだった。

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