第124話 ドラフト
ドラフト。
それは『徴兵』という意味を持つ言葉であり、この会議に最も相応しい言葉だと言えるだろう。
現在の八大将軍に、引退が近い者はいない。最も高齢の者でさえルートヴィヒの四十四歳であり、最も若いヘレナに至ってはまだぎりぎり二十代だ。
だが、八大将軍とて老いて引退する。また、確率は低いが戦死することもある。そのとき、将軍だけに頼り切っていた軍は機能しなくなるのだ。ゆえに、この『八大騎士団ドラフト会議』が行われるのである。
有能な在野の士を探し、指名し、特別待遇で騎士団に来て欲しいと要請するのが、この会議の目的だ。
基本的には年に一度、八大将軍がそれぞれ自分が部下にしたい者を指名する。将来の幹部候補と考える相手や、将軍位を継ぐことができると考える相手を指名して、自分の騎士団へと入れるのだ。
中には一芸に特化した者を評価するような場合もあるが、基本的には将来、騎士団を任せることのできる者を指名する場合が多い。
そして、この『八大騎士団ドラフト会議』で指名された場合、高額の契約金と高い地位が約束されるのである。もっとも、そこから上に上がることができるかは本人の努力次第であるものの、一般兵よりも遥かに好待遇であることは間違いない。
「それでは次。青熊騎士団の第一巡選択希望戦士……ローレンス騎士学校三年、レヴィン・ヒューレム!」
「うおっ、うちが第二位で指名するはずが……!」
「おいおい、そいつに一位の価値あるかぁ?」
「ふん。我が軍の副将の意向だ」
「続いて白馬騎士団の第一巡選択希望戦士……ランバース流殺法ランテル本部師範、ウィンガード・アークマン!」
「そこ来やがったか!」
「くそっ、ランバース流の本部は未チェックだったぜ!」
「かはは!」
順々に、そのように指名戦士の宣告が続く。
基本的には、『軍に所属していない在野の士』を指名して行われるのが、この会議だ。年に一度しか行われないため、この会議で優秀な者を得るために、各騎士団の情報部が様々な人物をリストアップするのである。
もっとも、この会議のせいで優秀な人物へと騎士団への加入を示唆すると、「必要でしたらドラフト会議で指名してください」と言われることが多々あるのだが。
「それでは次、銀狼騎士団の第一巡選択希望戦士……」
「ええ」
くくっ、とティファニーが悪い笑みを浮かべて、木の板を掲げる。
そこに書かれている人物は、ティファニーが『今年、全ての軍属でない国民の中で、最も自分の騎士団に必要だと考えた人物』である。一位指名というのは、それだけの価値を認められているとさえ言っていい。他に奪われる前に、自分の騎士団に入れたいと考える人物であるのだから。
しかし、ティファニーが掲げた人物の名前を見て、ヘレナは眉を寄せた。
「こ、後宮……? スネイク伯爵家令嬢、エカテリーナ・スネイク!」
「なっ……!」
「おいおい……?」
「我が銀狼騎士団は、女性のみの入団しか許されていないもので」
挑発するように、ヘレナを見るティファニー。
そしてヘレナは、それに対して沈黙で返した。だが、少しばかり驚きもある。ティファニーは、絶対にシャルロッテを狙ってくると思っていたからだ。
銀狼騎士団の騎士に対する暴行による禁固刑の代わりとして、シャルロッテの身柄を欲したティファニーだ。ゆえに今回は、正式な手続きを経て通達するものだとばかり思っていたのだが。
「エカテリーナ嬢の知謀を、我々は非常に高く評価しています。それに、スネイク伯爵家と繋がりを作ることができることは、銀狼騎士団の今後の活躍にも繋がってくれるでしょう」
「ほう……」
「それでは続いて、金犀騎士団の第一巡選択希望戦士……傭兵団『虎の牙』切り込み隊長、ジェイク・ヴォルケイド!」
「くそっ、かぶったか……」
「何、こちらは最初から競合の予定だ」
「田舎の傭兵団なんか、チェックしてないと思ってたぜ……」
その後も、指名は続く。
それぞれ、最初に書いた人名を消すことはできないため、指名が重なることも当然ある。そして、その場合は公正にくじ引きで決めるのだ。
この『八大将軍ドラフト会議』が始まったばかりの頃は、将軍同士の肉弾戦により決めていたらしいのだが、ある年から厳正なくじ引きで、と判定法法が変わったのである。ちなみにその要因は、前年に全ての将軍をなぎ倒して一位指名戦士を得た金髪の幼女だったりする。誰も知らない歴史の真相だ。
「続きまして、碧鰐騎士団の第一巡選択希望戦士……アロー伯爵家私兵団長、マックス・ヒューバート!」
「おいおい、私兵を手放してくれるかねぇ……」
「それだけの高い待遇は、約束するつもりだぜ」
「続きまして、黒烏騎士団の第一巡選択希望戦士……傭兵団『虎の牙』切り込み隊長、ジェイク・ヴォルケイド!」
「お前もか!」
「おいおい、また競合が増えるのかよ!」
「俺だってこんなに重なるとか考えてなかったっつーの!」
リクハルドの指名に、怒りを示すヴィクトルとヴァンドレイ。
これで、ヘレナの全く知らない傭兵団の切り込み隊長ジェイクとやらは、三騎士団の競合となってしまった。恐らく、それだけの価値がある人物なのだろう。
そして、これで都合七つの騎士団が指名を発表した。
あとは、ヘレナの板を示すだけだ。
「それでは最後に、紫蛇騎士団の第一巡選択希望戦士……えっ」
「まさか、と思ったがな」
「後宮、スネイク伯爵家令嬢、エカテリーナ・スネイク!」
「なっ――!」
「私も、一位指名で考えていたんだ」
ティファニーの指名には驚いたが、ヘレナも黙ってはいられない。
ヘレナも、最初から考えていたのだ。エカテリーナを、絶対に一位指名で取ろうと。
彼女は武にも優れるが、何より評価できるのはその情報量と情報を扱うことのできる知謀だ。そして穏やかな性格もあり、上に立つ人間としてこれ以上はないと考えている。
ヘレナの理想とする騎士団の幹部に、是非なってほしいと考えていた人材だ。
「競合、ですね。ヘレナ様」
「ああ。私は負けんぞ、ティファニー」
ばちばちと火花を散らして。
ヘレナとティファニーは、エカテリーナを騎士団に入れるための権利を得るため、これから戦う。
くじ引きで。
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