第108話 解決への道筋
「どういうことだ、ヘレナ!」
「おや……」
「ファルマス様……!?」
ティファニーとの楽しくない歓談中、唐突に部屋の扉が開く。
そこにいたのは、ファルマス。一体何故、ここに来ているのだろうか。
「陛下。こちらは確かに陛下の後宮にございます。しかし、側室の部屋に先触れもなく入る行為は、いささか礼を失していると存じますが」
「む……」
「特に今は、私とヘレナ様の歓談中。勿論、私はヘレナ様の承諾を得た上でこちらにおります。まさか、ここは陛下の後宮であるゆえに出て行けと申されるのでしたら、従うのは吝かではありませんが」
「……」
「現在、私は皇太后ルクレツィア陛下にもお仕えしております。もしもそのような暴挙を申されるのでしたら、そちらは皇太后陛下のお耳にも入ることになるでしょうね」
ティファニーの舌鋒に、少しばかり退くファルマス。
こほん、と代わりにヘレナが咳払いをし、ティファニーの顔を向けさせた。
「ティファニー。陛下にそのようなことを申し上げるのは、臣下の礼を失していると思うが」
「私は、あくまで一般論として注意したまでですよ。ヘレナ様」
「陛下が火急に、この部屋までやってくる要件だ。私としては、お前との歓談よりも優先すべきだと考えるが」
「それは勿論。お話も平行線のようですし、私はここで退散するとしましょう」
ふふっ、と不敵に微笑むティファニー。
そんなヘレナとティファニーの会話に入ることができないファルマスは、ただ二人の顔を交互に見るだけだ。
ヘレナとしても、このタイミングでファルマスが来てくれたことは嬉しい誤算である。できれば早急に、シャルロッテの今後について話し合わなければならないと考えていたのだ。
「ではヘレナ様、色よい返事を期待していますよ」
「お前の想定通りに進むと思うな。全てを判断するのは、陛下だ」
「勿論、承知の上です」
「……?」
ティファニーが立ち上がり、颯爽と部屋から去ってゆく。
そして残されたヘレナは大きく溜息を吐き、ファルマスは混乱に眉根を寄せ。
小さく、ヘレナは呟いた。
「……ファルマス様、どうぞ、お座りください」
「ヘレナ、一体……」
「少し、長い話になります。アレクシア、お茶を淹れてくれ」
「は。承知いたしました」
ファルマスを、どうにか説得しよう。
シャルロッテは未熟だ。そして今回彼女は、決して許されざる罪を犯した。
だが、まだヘレナの手元から放すわけにいかない。
ヘレナはシャルロッテを、一人前の戦士にしてやると約束したのだから――。
「……ふむ」
「以上が、今回の経緯です」
「余も、大まかな話しか聞いていなかったが……予想通りということか」
シャルロッテが今回、起こした事件。
それは自分の戦闘経験を高めるために、より強い相手と戦おうとしたことを切っ掛けに始まった。
一体、彼女の思考回路がどのように動いたのかは分からない。だけれどシャルロッテは、こともあろうに銀狼騎士団の騎士を相手に辻試合を仕掛けた。
その結果、ユーリ、ステファニー、マリカという三人の一等騎士が全治一週間程度の軽傷を負い、補佐官ディアンナによって止められた――。
難しく、眉を寄せるファルマス。
「ヘレナ、弟子たちに伝えておけ。どういう事情があるにしても、私闘は決して許さぬと」
「……はい。厳命致します」
「事の経緯を聞いたマリエルが、『その手がありましたわ!』と言っていた」
「弟子の失言、心より謝罪いたします」
やっぱり、と心の中では思ってしまう。
シャルロッテと同じくらいに、闘争心が高いマリエルだ。シャルロッテがどのような思考回路で騎士に挑もうと思ったかは定かでないが、放っておけばマリエルも同じことを思いつくだろうと思っていたのだ。
ひとまず、同じ事件を起こされる前に止めなければ。
「ひとまず、マリエルは止めた。だが、今後同じことをやらないとは限らん。厳命しておけ」
「承知いたしました」
「そして、シャルロッテの件だが……」
ティファニーから言われたことも、全てファルマスに伝えている。
ヘレナが禁錮五年を妥当と考え、禁錮刑は国営の仕事に従事することで代替させることもでき、銀狼騎士団は徒手格闘に優れた人材が欲しい――その利害が一致していることも。
その判断を、ファルマスに任せるということも。
「ティファニー将軍の話は、確かに正論だ。ヘレナの下した、禁錮五年という刑も妥当だと思う」
「は……」
「利害が一致しているのであれば、『是非もらい』は得難い。将軍が自らヘレナの元に訪れ、欲しい人材だと告げるのであれば、今後銀狼騎士団でも大事にされるだろう。シャルロッテ自身も、今は爵位を失った身だ。問題はないと思う」
「は……」
そう、何の問題もないのだ。だから困っている。
シャルロッテは確かに、銀狼騎士団に向いているのが事実だ。皇族の女性を警護するにあたっても、徒手格闘に優れている方が良い。武器の持ち込みが禁じられている場所で警護をする機会は、皇族の男性よりも遥かに多いのだ。
それが分かっているから、ティファニーの話を一蹴することができなかった。
「ふむ……だが、お前はそれを認めたくない、ということだな」
「……はい」
理屈は、分かるのだ。
シャルロッテにもティファニーにも損はないし、むしろシャルロッテにしてみれば良い話なのかもしれない。それは分かっているのだが、それでもヘレナが育てたいと思ってしまうのだ。
「であれば、簡単だ。ヘレナの手元から離すことなく、裁可を下せば良い」
「えっ……」
「国営の仕事に従事させるので良いのであろう? ならば、後宮の女官として雇い入れよう。ヘレナの専属だ」
「――っ!」
ファルマスの言葉に、思わず息を飲む。
後宮の人事権を持つのは、皇帝であるファルマスだ。そしてファルマスが雇い入れると宣言した以上、その決定は女官長であるイザベルにも否とは言えない。
確かにそうすれば、どちらの問題も解決できる――。
「以前から、女官長よりヘレナの専属女官の増員を要請されていたのだ。気心の知れる者であるならば、問題はあるまい」
「あ、ありがとうございます! ファルマス様!」
「だが」
そこで、ファルマスは鋭い眼差しでヘレナを見据えた。
「この話は、必ずシャルロッテに通せ。銀狼騎士団から是非にと誘いが来ているとな。それでシャルロッテが騎士団に入ることを希望するのであれば、それを第一に優先する。それが、筋を通すということだ」
「は……承知いたしました。今日の午後にでも、本人に話をしてみます」
「うむ。では、この話は以上だ」
そこで、ファルマスはにっ、と子供のように笑みを浮かべた。
先程までの、皇帝としての皮を抜けて脱ぎ捨てたかのように。
「であれば、早く中庭に来い。余は午前しか来られぬのだ。まだ鍛錬が足りぬ」
「は。すぐに参ります」
午後から、シャルロッテと話す。その上で、結論付ける。
ここに残り、ヘレナの指導を受けるか。それとも、騎士団に入団して実戦で揉まれてくるか。
全ては、今日の午後に決まる――。
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