第69話 ヘレナvsシャルロッテ 2
「ふっ!」
一気に距離を詰めて、ヘレナはシャルロッテへと拳を突き出す。
戦場磨きのヘレナの武ではあるが、徒手格闘も決して苦手というわけではない。そもそも、シャルロッテに徒手格闘を教えたのもまたヘレナなのだ。その理由として、やたらと無手での戦いに特化した妹の存在があるが。
シャルロッテの戦い方は、そんなヘレナの妹――リリスに、よく似ている。
「牽制ですよー」
「ふんっ!」
「左で顔ですよー」
牽制のつもりで突き出した右の拳をすぐに引いて、腰を回して左の拳を突き出す。
その動きも、最初に突き出した拳が牽制であることすらも見抜いて、しかも左の拳が狙う先まで予知してシャルロッテに告げるエカテリーナの声は、勿論ヘレナにも聞こえている。だけれど、一度攻撃の動作に入ってしまっては、そう簡単に狙いを変えることができないというのも事実だ。恐らく、エカテリーナはそんなヘレナの動きにおける、ギリギリの機を狙って告げているのだろう。
早過ぎれば、ヘレナが対応する。
遅過ぎれば、シャルロッテが対応できない。
そんな、極めて僅かな間隙を縫って、シャルロッテへと指示を飛ばすエカテリーナはどれだけの大器であるのか。
そして、そんなエカテリーナへと全幅の信頼を置き、その指示に従うシャルロッテの動きもまた凄まじいものだ。
エカテリーナが与えていた指示において、タニアの動きは凡人そのものだった。あくまでエカテリーナの指示に従うだけの人形でしかない、と言えばその動きが分かるだろうか。
だけれど、この組み合わせは違う。
エカテリーナは最低限の情報をシャルロッテに与え、その上でシャルロッテの武器――研ぎ澄まされた第六感により、状況における最適な動きを導き出しているのだ。この組み合わせは、あまりにも想定外だった。
「連打きますよー」
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
エカテリーナには読まれていても、ヘレナの動きは止まらない。
元々、ヘレナはそれほど器用な
そのときの自分にできる、最強の動きを。
そのときの自分にできる、最適の動きを。
それが、一瞬の逡巡で生死を分ける戦場に生きてきたヘレナの戦い方だ。
ゆえに、その動きが読まれていても、その攻撃の先が看破されていても。
ヘレナは、己を曲げることなどしない。
この瞬間の自分が、最適な動きを連打であると判断した――ならば、それは間違いではないのだから。
「くっ……!」
ヘレナの連打に対して、シャルロッテは両脇を絞めて防御の姿勢を取る。
だがヘレナは、そんな防御の上からでもシャルロッテを攻め立てる。
徒手格闘を行う戦士は、大きく分類して二種類に分かれるのだ。
片方は、優れた
そしてもう片方は、技術と速度に優れたテクニカルファイター。これは豊富な手数と距離の優位、そして相手に合わせた戦術をとる型である。
ヘレナは、圧倒的に前者だ。そして、シャルロッテやリリスは後者。
このどちらが優れるのか――それは、未だ武の頂へと登り詰めていないヘレナには分からない。
だが、そんな中でも一つだけ、絶対的な現実はある。
膂力の戦士を相手に、防御という選択肢は最悪ということだ。
「ふんっ!!」
「う、ぐっ……!」
連打の最後の一撃――思い切り腰を回した正拳突きを当てると共に、防御姿勢のままでシャルロッテが退がる。
ヘレナの連打を前に、防御の構えを崩さなかったこと――それは、評価する点である。並の戦士ならば、二、三撃も叩き込んだ時点で防御が崩れるのだから。
それを、耐えきったシャルロッテの技術は、確かに師であるヘレナも誇れるものだった。
「……さて」
「……」
「まだ、両手は動くか? ロッテ」
「……」
シャルロッテが、防御を解く。
ヘレナの連打は、一撃一撃が己の持つ膂力を余すことなく注ぎ込んだそれである。さすがに、亡き母のように拳で岩を割るような真似はできないにしても、鉄板くらいならば凹ませることができるだけの力を込めたものだ。
それを、生身の両手で食らっていればどうなるか――その帰結は、一つだ。
両腕は、使えなくなる。
真っ赤に腫れ上がった両手を震わせながら、しかし気丈に構えるシャルロッテに対して、ヘレナは小さく嘆息した。
なるほど。
ヘレナの連打が甘かった――そんなことは、決してない。
少なくとも、赤虎騎士団の者ならばこの連打で顔の形を変えることはできるだろう。捌きの上手いリリスでも、相応のダメージは残るであろう連打である。
しかしシャルロッテは、完璧に受け切った。
その理由は。
ヘレナの想定以上に、シャルロッテが強くなっていたということ。
「なるほど、まだ動くか」
「……この、程度では……負け、ませんの」
「別段、手加減をしたつもりはないのだがな……やれやれ、私も少々甘くなっていたらしい」
「……」
手心は加えていない。だけれど、少なからず心に影響を与えたのは事実だ。
ヘレナの心のどこかに、引っ掛かるように存在はしていたのだ。
ヘレナなりに、自分の弟子であるシャルロッテがどこまで受け切れるのかを、想定はしていた。その上で、このくらいの連打ならば大丈夫だろう、という考えもあった。
いくら実戦とはいえ、弟子の顔の形が変わるほどに痛めつけるつもりなどない――その考えが、甘さに繋がったのだろう。
いや、これは。
ヘレナの、慢心か。
「良かろう」
ヘレナが考えている以上に、シャルロッテは強くなった。
ならば、その強くなった弟子に対して向き合うに、師として行うべきは一つだ。
「来い。全力で叩き潰してやる」
一切の甘さを捨てて。
師と弟子であるという関係すらも忘れて。
ここを一つの戦場であると考えた上で、叩き潰す。
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