第62話 二回戦、開幕

「これより、二回戦を執り行う!」


「はいっ!」


 闘技場の中心に集った五名の令嬢に対して、ヘレナはそう告げる。

 そこに集う五名は、一回戦を勝ち抜いた者たちだ。見事な連携でフランソワを倒したレティシアとケイティ、真っ向勝負でカトレアとウルリカを退けたマリエル、互角の勝負のところ、どうにかクラリッサから勝ちを拾ったアンジェリカ、そして最後に、エカテリーナとタニアを相手に見事な勝利をおさめたシャルロッテこと謎の拳闘士ロッテの五名である。

 観覧する八大将軍たちをもさえ魅了した彼女らの戦いには、観衆たちも熱気強く歓声を上げている。一部には「ロッテぇぇぇ!!」「ロッテちゃあああああん!!」と謎の声援を送る集団もいたが、何をどう毒された集団なのだろうか。

 こほん、と小さく咳払いをしてからヘレナは続ける。


「では、一回戦を勝ち抜いた勇士たちへ、陛下よりお言葉が与えられる! よく聞くように!」


「はいっ!」


「……え、何故余が」


「ではファルマス様、よろしくお願いします。彼女らに是非、激励を」


「……え、いや、聞いていないのだが」


 困惑するファルマス。

 そういえば、言ってなかった。確か、ヘレナは「陛下が観覧に訪れる」くらいしか彼女らに言っておらず、そしてファルマスに対しても「私の弟子たちの勇姿を是非ご覧くださいませ」くらいしか言ってなかった。

 それでもファルマスは、僅かに首を傾げながらも咳払いをして立ち上がる。


「うむ……諸君、大儀である」


「はいっ!」


「一回戦での戦いぶりは、実に見事であった。我が国の後宮に、これだけの腕利きの者がいるということ、実に嬉しく思う。我が国における次代の武を、このように観覧に訪れて下さった隣国の王族たちにも、十分に見せることができた」


 何も聞かされておらずとも、言い淀むことなくすらすらと言葉が出てくるのは、それだけ衆人の前で言葉を告げねばならない皇帝という立場ゆえだろうか。

 だが、一つ違う点を言うならば。

 彼女らに、この国を背負う次代の武であるという自覚はどこにもない。


「余も、実に良い戦いを見せてもらっている。そうだな……」


 そこで、ファルマスが小さく首を傾げ。

 そっと、隣にいるヘレナの耳元で尋ねた。


「ヘレナ、この戦いの優勝者には、何か褒美など与えられるのか?」


「いえ、特にそういう褒美などの話はしておりませんが」


「ということは、名誉のみということか。さすがに、これほど大々的に武闘会を行っているのだ。何も褒美がないというわけにはいかぬだろう」


「そうでしょうか……」


 それほど、この弟子たちに褒美が必要だとは思えないのだが。

 そもそも最初から、「誰が一番強いのかはっきりする」という点だけで闘志を燃やしていたのだ。思えば、新兵訓練ブートキャンプをどうにか耐え抜いた五人は、その翌日から誰が一番強いか騒いでいた気がする。

 ファルマスには分からないかもしれないが、武に携わる人間が欲しいものはただ一つ。『最強』という称号だけである。

 ゆえに、褒美よりも名誉の方が重要だと、そうヘレナは思っていたのだが。


「では、そうだな。余が直々に、彼女らに相応しい褒賞を与えよう」


「承知いたしました」


 こほん、とファルマスが仕切り直すように咳払いをして。

 それから、鋭い眼差しで全員を見据えた。


「諸君、見事な戦いを繰り広げるそなたらに、報わずして何が皇帝であろう。この戦いに勝ち抜き、優勝した者に対して、余が褒賞を用意した。そなたらの武の研鑽に見合ったものである」


「おぉ……!」


 五人の目が、僅かに見開く。

 そんな展開は、予想していなかったのだろう。ヘレナだって予想していなかった。


「我が国は南のアルメダ皇国と国境における睨み合いを続けており、北の三国連合とも未だ和平が成っておらぬ。現在は未だ両国との関係は、厳しいものであると言えるだろう」


「……」


「リファール王国は退いたが、再び兵を挙げて攻め込んでこないという保証もない。そして未だ静観を決め込んでいる他の国も、いつ動いてくるか分からぬ。軍を強化してゆくことは、我が国の使命であると言えるだろう」


「……」


 戦争はまだ続いている。

 北と南の二正面作戦は、未だに継続されているのだ。それゆえに、この場に南の防衛線を守るための『赤虎将』ヴィクトル・クリーク、『青熊将』バルトロメイ・ベルがるザード、北の防衛線を守るための『黒烏将』リクハルド・レイルノートの三名は不在である。

 そんなことは、誰でも知っている事実だ。国境を隔てている最も大国であるダインスレフ王国、その次に規模の大きいガルランド王国の二国と、良い関係を築けそうなのがまだ救いといったところか。

 だが、それをこの場で宣言して何を――。


「これから、戦争は次第に終局に向かっていく。だが軍において指揮官が、兵が最も育つのは戦争における現実の戦いを経験することに他ならぬ。ゆえに我が国は、より良い人材をその中枢に置くべきなのだ。この戦争が終わらぬうちに、である」


「……?」


 ファルマスが何を言っているのか分からなくなってきた。

 まるで、それは。その言葉は。

 彼女らに、軍人としての資質を見出したかのような――。


「ゆえに、この場においてガングレイヴ帝国当代皇帝、ファルマス・ディール=ルクレツィア・ガングレイヴの名をもってして、告げる! この戦いを勝ち抜いた勝者に、我が国における将軍職を与えよう! 未だ指揮権を持つ将軍を任じておらぬ、帝都防衛軍たる禁軍の兵を率いる栄誉を与える!」


「――っ!」


「無論、これは八大将軍ではなく、余の直属の将軍としてである! されど、その立場は八大将軍と変わらぬものとする!」


「陛下ぁっ!?」


 声を上げたのは、アントンだ。

 それと共に、ざわざわと混乱が波及してゆく。

 それも当然だ。後宮の女たちが集められたこの武闘会は、あくまで余興である。

 八大将軍も評価はしている。その戦いぶりが、並の女のものではないと。だが、それだけだ。

 決して、この場にいる誰も、将軍としての資質を見せたわけではないというのに――。


「以上だ。良い戦いを期待する」


 ファルマスがそれだけ言って、腰掛ける。

 アントンが今にも「陛下のご乱心である!」とか言い出しそうだったが、周りに止められていた。さすがに、こんな公の場で皇帝を批判する行動は許されないだろう。

 だがヘレナもまたファルマスのそんな言葉に、困惑していた。


「ファルマス様……一体……」


「ふぅ……まぁ、今考えたにしては良い褒賞であろう」


「ですが、ファルマス様。彼女らに、軍を率いた経験など……」


「そうであろうな」


 くくっ、とファルマスが笑う。

 その端正な顔の裏で、一体どんな策略を練っているのか――。


「だが、いずれはやらねばならぬと考えていたのだ」


「どういう……」


「現在の八大将軍に、余が任じた者は誰もおらぬ。八将はそれぞれ前帝ディール、前々帝ラインハルトが任じた者たちだ。余が自ら任じた将軍は、未だに一人もおらぬ」


「……?」


「良い機会だ。八大将軍でない、皇帝直属の軍を作れば、我が国に皇帝の権勢を取り戻すことができる。そして、それを見目麗しい女が率いるのだ。良い宣伝と、他国への牽制になろう」


「……なるほど」


 分からない。

 分からないけれど、ファルマスにはファルマスの深慮遠謀があるのだろう。

 ならばヘレナは、その考えを支えるのみだ。


「承知いたしました、ファルマス様」


「ああ」


 そして、ヘレナは。

 二回戦を誰が戦うのかが記された、手元の紙に。


 そっと、自分の名前を加えた。 

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