第60話 シャルロッテvsエカテリーナ&タニア 4

 理由は分からないが、エカテリーナにはシャルロッテの癖が全て把握されている。

 それが、現状を示す一番の事実だ。どのような手段か分からないが、相棒バディであるタニアに逐一指示を飛ばし、シャルロッテの攻撃全てを回避させていた。それを知るまで、割と時間がかかってしまった。


 そもそも、「三に左、えーい」などという言葉が、シャルロッテの癖全てを見抜いた上での指示だとは思うまい。

 シャルロッテにしてみれば、タニアに気を惹かせておいて遠くから弓で攻撃してくるだけの役割だとしか思っていなかった。だからこそ、対処が遅れたのだが。

 けれど、種が分かれば対処する手段はある。


「ふぅ……」


 機敏に動き、後の先を極め、流れるような連撃によって敵を翻弄するのが、本来のシャルロッテの戦い方だ。元より恵まれた体躯というわけでないシャルロッテは、同じ年齢であるマリエルに比べて拳三つ分は低い背丈である。そんなシャルロッテが極めるべきは、その速度だったのだ。

 参考にしたのは、かつて一度だけ、遠目ながらもヘレナと戦った姿を見たことがあるだけの相手だ。

 隣国の王太子妃、リリス・アール・ガルランド――かつての名前を、リリス・レイルノート。ヘレナの実妹であり、その戦闘力は徒手格闘において際立ったものだった。

 不動の姿勢にて迎え討つヘレナと、そんなヘレナを翻弄する動きを見せたリリス。

 まだヘレナとの確執があり、渡り廊下から見ていただけのシャルロッテではあったが、その動きには魅せられた。凄まじいと、そんな詰まらない感想しか思い浮かばないほどに。


 だが、シャルロッテは成長した。

 あのときは、理解することすらできない異次元の動きだとばかり思っていたリリスの動き――それが次第に、自分が強くなるにつれて分かってきたのだ。どのように体を動かせば最善であるのか、その極みたる体の動きが。


「ふんっ!」


「タニア後退!」


「はいっ!」


 足を踏み出し、腰を回し、肩を動かし、鋭く拳を放つ。

 それは一撃一撃の速度は低くとも、必殺の一撃となりえるだけの代物。手数で勝負するシャルロッテの戦法とは異なる戦い方だ。

 本来の動き方から、リズムを変える。

 その動きは――何度となく魅せられ、何度となく地に伏せられた、ヘレナの徒手格闘。

 戦場磨きがゆえに荒々しく、まるで獣の動きであるかのようなそれを、再現する。

 まるで、シャルロッテの中にヘレナが宿ったかのように。


 リリスの戦い方が舞うそれであるならば、ヘレナの戦い方は不動の要塞。

 攻撃を防ぎ、払い、効果的な一撃を必ず放つ。シャルロッテがどれほど翻弄しても、その『実の一撃』を避けることはできなかった。

 だからこそ、シャルロッテはそんなヘレナを見て学び、己の心の中に宿したのである。まるで乗り移っているかのように戦えるのは、それだけシャルロッテがヘレナに対して敗北を重ねてきたからだ。己が乗り越える壁として、シャルロッテはヘレナの戦い方を学び続けてきた。

 エカテリーナの手段である、積み重ねた情報による予知とは、また異なる。シャルロッテはヘレナの戦い方を、それこそ頭ではなく体に叩き込んだのだから。


「はぁぁぁぁっ!!」


「くっ……左、右、後退!」


「は、はいっ!」


 シャルロッテの拳が、タニアの髪を掠める。

 勿論、エカテリーナの情報にも、ヘレナの戦い方は存在するだろう。そして、その情報の積み重ねは、ヘレナを相手に戦うのであれば予知のような先読みにも繋がるはずだ。

 だが、相手をしているのはシャルロッテ。

 そして、恵まれた長身と鍛えられた肉体をもって戦うヘレナの戦い方は、矮躯であるシャルロッテがどれほど忠実に再現しようとも、不完全な代物でしかない。だが、今回に限っては、その不完全が逆に有利に働いた。


 シャルロッテがヘレナの戦い方をしている――その情報を、エカテリーナは持っていないのだから。


 恐らく、ヘレナの戦いの情報を頭の中だけで整理して、タニアにどうにか回避をさせている。

 だけれど、先に髪を掠めたように、その限界は近かった。自然、エカテリーナの想定とシャルロッテの実際は、その踏み出しも拳の距離も一切異なるのだから。

 そして、そんな情報の齟齬は、次第に補いきれない溝となってタニアを襲う。


「ふ……エカテリーナ」


「は、はいー?」


「万能であるはずのお前が、随分な体たらくではないか。己の相棒バディにばかり働かせず、お前も来るがいい。無論、二対一で破れるほど私という壁は甘くないぞ」


「口調までヘレナ様になってますねー」


 ちょっと調子に乗りすぎた感はある。

 だけれど、それほどまでにシャルロッテは今、ヘレナの戦い方に没入していた。

 今ならば、万の軍勢を相手にすら戦える――そんな謎の自信にすら満ちているほど。


「動かないと言うならば、終わらせよう」


「そうは、問屋が卸しませんよー!」


「ふんっ!」


 エカテリーナの放ってくる矢を、叩き落とす。

 矢の放たれるタイミングさえ分かれば、それを防ぐのは容易いことだ。そしてエカテリーナがそんな手段に出てきたということは、それだけ限界だということだろう。


 タニアは、最早限界だ。

 最初は、どれほど己の相棒バディを精強に育てたのだと戦慄したものだが――その実は、エカテリーナの操り人形でしかない。

 そして司令塔であるエカテリーナがシャルロッテの動きを読めなくなったならば、その戦闘力は最早皆無とさえ言っていいだろう。事実、シャルロッテがヘレナの戦い方を再現し始めてから、攻撃すらしなくなってきたのだから。

 エカテリーナの指示がなければ動けない相棒バディなど、その存在価値は全くない。


「さぁ、タニア。その棒は飾りか。ならば、私が叩き折ってくれる」


「く、ぅ……! はぁっ!」


「遅い」


 タニアが突き出してくる棒を、首を動かすだけで回避する。

 マリエルのそれに比べて、全く鋭さのない突きだ。両手を封じられたとしても、永遠に避けられる――そう思えるほどに遅い。

 そして同時に。

 そのように不完全な攻撃をしてくるのならば、その懐に飛び込むのも容易。


「が、は……!」


「タニア!」


 後の先――タニアの攻撃に対して、そのまま懐へ入って一打を入れる反射カウンター

 その一撃は間違いなくタニアの鳩尾に入り、ずるりとタニアが倒れる。例え一期生であっても、シャルロッテの本気の拳を鳩尾に入れられてまともに動ける者などいるまい。

 強いて言うならば、その攻撃全てを快感と受け止める――受け止めてしまう、厄介な女が一人いるけれど。当然、そんな変態性など持ち合わせていないタニアが、シャルロッテの本気の一撃を受けて立ち上がれるはずもない。


 ふぅっ、とシャルロッテは小さく溜息を吐き。

 未だ無傷のエカテリーナに、その拳を向けた。


「さて……どうしますの? エカテリーナ」


「……はー。これは、まずいですねー」


「あなたの敗因は、相棒バディの育て方を間違ったことですの。せめて、まともに戦える程度には修練を施すべきですの」


「ですねー……これ以上は、さすがに戦えませんねー」


 あははー、とエカテリーナは力なく笑って。

 それから、両手を挙げ。


「わたしの負けですー」


 そう、降伏の言葉を口にした。

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