第39話 武闘会、開催
「武闘会を開こうと思う」
「おぉ……!!」
翌朝。
午前の訓練には参加するファルマスと共に朝食を済ませ、ヘレナは中庭に集まった己の弟子たちへ向けてそう宣言した。
七日間の訓練を終えて、より瞳に闘志が漲っているフランソワ、クラリッサ、マリエル、シャルロッテ、アンジェリカを筆頭に、置いてけぼりを食らってフラストレーションの溜まっているエカテリーナ、レティシア、カトレアが目を輝かせながら聞いている。
三期生のウルリカ、タニア、ケイティの三人は、どことなく戸惑っている様子だ。最後にクリスティーヌは、「ああ、武闘会だなんてそんな公衆の面前で殴られるなんて……滾りますわ!」と今日も平常運転で気持ち悪い。
ひとまずクリスティーヌのことは無視して、ヘレナは全員を睥睨しながら続きを述べる。
「一期生、二期生、三期生の全員を参加させ、トーナメントで勝ち上がる方式だ。こちらは陛下もご観覧に来られる」
「ヘレナ様! それは真剣勝負なのですか!」
「真剣勝負だ。だが、あくまで模擬戦だ。死人を出すわけにはいかない。ゆえに、今回はルールを設けた」
「ルール……?」
ヘレナとて、確かに生きるか死ぬかの勝負を見てみたい気持ちはある。
だが、ここは後宮だ。少しばかり方向性が違う育ち方をしたのだろうけれど、ここにいるのは遍く貴族令嬢である。アンジェリカに至っては、皇族の一人ですらあるのだ。
もしも後宮で不幸な事故でもあって誰かが死ぬことにでもなれば、それはファルマスの責任問題になるのである。
ゆえに、模擬戦の延長という形でヘレナはルールを作った。
「ルールとしては、致命傷もしくは決定打と思われる攻撃が与えられた場合にポイントが入るものとする。その判定を行うのは私だ。致命傷なら一度、決定打ならば三度、当てた者を勝者とする」
「……お姉様! 武器の使用はよろしいでしょうか!」
「構わない。各々、得意な武器を用いるがいい。ただし、木製でできているものだけだ。武器が刃物であった場合、強制的に不戦敗となる。それを考えて武器を用意しろ」
「ヘレナ様! わたくしの
「ふむ……今回は全部、スプーンで代用しろ。当たった攻撃が決定打かどうかは、きっちり私が判定する。矢弾が切れたときは、それで終了だ」
「矢筒はどれくらい持っていってもいいですか!」
「矢の本数に制限はない。自分が持てるだけ持つといい」
「ヘレナ様! 私は
「駄目だ。今回は、防具の類は禁止する」
マリエル、アンジェリカ、フランソワ、クラリッサの質問に答える。
フランソワは普段通りに弓だろうし、クラリッサは鎧を禁止した以上、恐らく剣や槍を用意するだろう。シャルロッテはいつもの如く素手にグローブ、マリエルは棒といったところだろう。
逆に、沈黙しているのは二期生の三人――エカテリーナ、カトレア、レティシアである。自分たちよりも早くから訓練を始め、先日はサバイバル演習に向かった一期生の面々たちに対して、少しばかり嫉妬心が生まれているのだろう。これを機会に見返してやる――そんな気合が、眼差しから見て取れる。
そして最後に、困惑しているのは三期生である。ウルリカはどことなくやる気だが、タニアは顔を青ざめさせており、ケイティは意味が分からないとばかりに眉根を寄せていた。
ちなみに、悦に入っているクリスティーヌは無視である。
「質問は以上か? 詳しい日取りに移るが……」
「あのー、ヘレナ様ー」
「うむ、エカテリーナ。どうした」
「わたしとしましてはー、少しー、公平に欠けると思いますー」
「ほう?」
エカテリーナの言葉に、眉を上げる。
そういえば、いつだったかクラリッサと模擬戦を行わせた際にも、こんな風に意見を挟んできたのはエカテリーナだったか。飄々としながらも、しかし物怖じしない――そこには、戦士というよりは参謀としての才能があるのかもしれない。
ならば、論破してみろ――そう、ヘレナはエカテリーナを見返す。
「一期生の皆様はー、わたしたちよりも早くから訓練してますよねー」
「うむ、その通りだ」
「比べてー、三期生は全然訓練を積んでいませんー。なのにー、一対一で戦えというのはー、さすがに無理だと思いますー」
「ふむ……」
エカテリーナ、レティシア、カトレアはまだ良い。
彼女らは、ノルドルンドが後宮へ向けて放った賊軍と戦った経験がある。あのときはただ必死だっただけかもしれないが、その経験というのはいつか生きてくるだろう。
だが、確かにウルリカ、タニア、ケイティの三人――三期生たちは、まだ経験も浅く訓練も中途半端だ。特にこの七日間は、ヘレナも全く見てやれていない。
だが、その程度の言葉で許すほどヘレナは惰弱ではない。
「無理とは、どういう理由での無理ということだ、エカテリーナ」
「はいー。絶対に勝てないと思いますー」
「勝てないならば、それでもいい。これはあくまで、模擬戦の延長だ。敗北から学べることも多くある。先達がどのような戦い方をしているのか、真剣に矛を合わせることで盗めることも数多くあるだろう。先達の強さを知る、という機会として良いと思うが」
「それでもー、勝てる可能性がゼロだとー、やる気も出ないと思いますー」
「ふむ」
バランスを考えていなかったわけではない。
だが、事実一期生の面々は強い。今となっては、メリアナやディアンナでも危ういほどに強くなった。最初は、全く相手にもならなかったというのに。おかげで、銀狼騎士団の副官であるステイシーからは、「ヘレナさんとこは化け物ばかり育てているんですか?」と真剣な口調で問われたほどである。
そんな相手に対して、「勝てる可能性はゼロだけど戦ってみろ」などという言葉では、確かにやる気も出ないというものだろう。
「そこでー、ヘレナ様ー」
「何だ」
「わたしたちはー、タニアたちを育てていますー。
「そうだな。誰が担当することになったのかは聞いている」
「ヘレナ様は言いましたー。
エカテリーナの言葉に、ほう、と眉根を寄せる。
確かに、良い提案だ。三期生はまだ経験が浅いし、二期生もまだまだ一期生には及ばないだろう。
そんな二人組で一期生を相手にすると言うのならば、それは公平性が保てるかもしれない。
「エカテリーナ」
「はいー」
「お前の提案を採用しよう。二期生は三期生と組み、一期生は一人で戦う。その形で武闘会を行う」
「ありがとうございますー」
その提案を受け入れるのは、甘いかもしれない。
だが、もしもそれで三期生が戦いを楽しむことが、訓練を楽しむことができるようになれば。
それが何よりの、彼女らの得るものとなるだろう。
「では、質問は以上だな。今日を含めて三日間、最終調整の訓練とする。三日後の朝より、武闘会を開始する!」
「はっ!!」
ヘレナの宣言に対して。
一期生たちは力強く、二期生たちは何かを企んでいるかのように、三期生は不安そうに。
そう、声を上げた。
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