第182話 成長した面々

 午後より、中庭に訓練の様子を見に行くことにした。これも普段通りである。

 今日も今日とて、いつも通りに四人が思い思いに自分の相棒(バディ)である新兵を育てている。二週間前と比べて、格段に動きの良くなった面々を見ながら、ヘレナは満足そうに頷いた。

 全員、きちんと成長してくれている。

 やり方はヘレナに比べればぬるいし、そこまで劇的に成長をした、というわけではない。だが、間違いなく二週間前に比べて体つきも動きも良くなっているのだ。


「やー」


「その調子です! いいです! エカテリーナさん!」


「えへー」


 フランソワに従い、教わっているエカテリーナ。

 弓術を中心に教わっているようだが、彼女に関してはヘレナの見る限り、オールラウンダーだ。大抵何をやらせても人並以上にこなすことができる。反面、特化している何かはない、と考えた方がいいだろう。

 そして特化しているものがない、と言われると弱いと思われるかもしれないが、逆に理想的な兵士となることはできるのだ。どのような距離で用いても十全以上に戦える、とあれば、これ以上に使い勝手の良い者はいない。槍を持たせて、腰に剣を差し、背中に弓矢を抱えればあらゆる距離で戦うことができる。

 以前にクラリッサが「エカテリーナは天才」だと言っていたが、まさにその片鱗がそこにある。

 近接戦闘や槍術で言うならば、フランソワを既に抜き去っているというのに、まだ伸び代があるように思えるのだから。さすがに、弓に関しては才能の塊でしかないフランソワの足元にも及ばないけれど、それでも人一倍器用にこなすことはできている。

 これは化けるかもしれない。


「は、ぁっ!」


「まだまだっ!」


「いきますっ!」


「あたくしを超えることなどできませんわっ!」


「超えて、みせますっ!」


 そして、そこから離れた中庭の隅で槍を振るっているのは、マリエルだ。

 そんなマリエルに対して、ヒットアンドアウェイ――状況に応じて距離を取る形で動いているのは、両手に短剣を持ったレティシアである。

 確か、マリエルから相談を受けたのは十日ほど前だっただろうか。レティシアにはどうにも槍の才能はなさそうだ、とヘレナも考えていたところに、レティシアの扱う武器について相談を受けたのである。

 そのとき、レティシアが思わぬことを言い出して、随分驚いた記憶がある。

 彼女はそのときに、両手に剣を持ちたい、と言い出したのだ。マリエルはそんなことありえませんわ! と憤慨していたが、ヘレナにしてみれば面白い試みだと思った。

 実際のところ、双剣術という流派は存在するけれど、その実戦場では全くお目にかかったことがない。理由は単純で、両手に剣を持つということは盾を持つことができず、防御が疎かになるゆえに。

 ヘレナの知る限り、戦場で双剣術を中心に用いていたのは、両手に大剣を持ち踊るように戦場を舞っていた、とされる実の母だけである。


「はぁっ!」


「くっ!」


「防御が疎かになっていますわ! その程度であたくしの槍を抜けられると思って!?」


「ま、まだまだっ!」


「さぁ、来なさい!」


 だが、その腕もまだまだ発展途上だ。

 実際、双剣術を用いたことのないヘレナに、その才能の有無を判断しきることができないのだ。とはいえ、それなりに身軽な動きをしているレティシアには、速度のある武器が合うだろうな、くらいの判断はつく。

 これが適性に合う武器だといいのだが――そう、見守ることしかできない。


「ちっ!」


「本気で狙ってきていますのね」


「……いえ、別に」


「殺気を感じましたの」


 そして、仲良くやっている二組と異なり、現在も殺伐としているのはカトレアとシャルロッテだ。

 こちらは当然ながら、シャルロッテは無手である。そして、無手のシャルロッテは槍を持ったマリエルにすら通じるほどの強さを持ち、特に天性の勘からなる紙一重の回避は、まさに才能の塊とさえ考えていい、と思えるほどだ。

 そんなシャルロッテを相手に戦うカトレアの装備は、同じく無手。

 だが、それはシャルロッテが拳を主体に戦うのと異なり、脚技を中心としたものだ。

 これも、ヘレナにとっては想定外だった。

 元々、なんとなく柔軟性はある、とは思っていた。だが、まさかこれほど柔らかいとは思っていなかったのだ。足を振り上げると真上まで一直線になるその柔らかさは、変幻自在の脚技と化してシャルロッテを襲うのである。

 恐らく、嫌がらせの意味を込めて、ずっとカトレアには武器を持たせなかったのだ。それがまさか、このように覚醒するなど誰が思うだろう。


「はぁっ!」


「当たりませんの!」


「このぉっ!」


「まだまだですのっ!」


「死ねぇっ!」


「やっぱり本気で狙ってますの!」


 シャルロッテだからこそ当たっていないが、これがフランソワやアンジェリカであれば、この足技に対応できるだろうか、とさえ思う。シャルロッテも意図したものではなかろうに、妙な才能を伸ばしてしまったようだ。

 関係は相変わらず最悪だけれど、無手という共通点がある彼女らは、やはり組ませて正解だったようだ。逆に、シャルロッテの無手の動きすら物凄く良くなっている気さえする。

 互いに伸びてこそ良い師弟だとするならば、この二人以上に伸びた者はいるまい。


「うりゃりゃりゃりゃりゃーっ!」


「はぅんっ!」


「うりゃりゃりゃりゃりゃーっ!」


「ひぅんっ!」


「うりゃりゃりゃりゃりゃーっ!」


「もっとぉ!」


 ……。

 そして最後。

 相変わらず謎の鍛錬を行っているアンジェリカとクリスティーヌだが、やっていることは以前と変わりない。

 ただアンジェリカが、クリスティーヌへ向けてスプーンを投げ続けるだけだ。本当にずっとそれ以外やっていない。もう少し何か伸ばしてやろうとは思わなかったのだろうか。

 そしてクリスティーヌもずっとそれを受け続け、何をどのように思考回路が捻じ曲がってしまったのか、気持ちの良さそうな声さえ上げているのだ。

 この二人については触れない方がいい。


「うりゃりゃりゃりゃりゃーっ!」


「もっとぉ! もっとくださいぃっ!」


「あんた最近ほんと気持ち悪いんだけど!?」


「もっと罵ってくださいっ!」


「意味が分かんない! 寄んな! きもいっ!」


「はぅんっ! ぞくぞく来ますっ!」


 触れないようにしよう。

 多分こうなってしまったのはアンジェリカのせいだろうし。


「さて、諸君」


 ぱんぱん、と手を叩く。

 すると、必死に動いていた全員が、一斉にヘレナを見た。


「もうそろそろ、成長を確認したい頃ではないだろうか?」


「ヘレナ様! まさか!」


「ああ。全員に模擬戦をやらせる。お前たち、まさか自信がないとは言わないな」


「……」


 師である一期生が、それぞれ互いを牽制するのが分かる。

 自分の育ててきた者こそが一番強い――そんな矜恃がそこにあるのだろう。アンジェリカは除く。


「だが、ただ模擬戦をさせる、というのも面白くない。そこで、趣向を変えてみようと思う」


「趣向……?」


「出てこい!」


 ヘレナの言葉と共に、ゆらり、と中庭に一つの影が現れる。

 がちゃん、がちゃん、と金属音を響かせながら、ゆっくりと中庭の入り口から向かってくる全身鎧(フルプレート)。

 そんな異様な姿に、そこにいる全員が硬直するのが分かった。


「彼女は、私が手ずから育てた。そこで、だ。私の育てた彼女と、お前たちの育てた者――まとめてでいい。どちらが強いかはっきりしようではないか」


 ヘレナは絶対的な自信を持って、そう告げる。

 つまり、今から始まる模擬戦は。


 二期生四人に対して、クラリッサ一人という戦い――。

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