第148話 『歌人』への懸念

 まずエカテリーナちゃんの皮を剥き、体を捌き、内蔵と骨を取り、食べやすい程度の大きさに並べる。

 並べられたそれはぱっと見では蛇とは思わないだろう。今から一つ焼いて食べてもいいかな、とさえ思えた。

 じっとその作業を見ていたアレクシアは、明らかに引いていたけれど。何をそれほど忌避するのか分からない。


「よし、準備は万端だ」


「……」


「どうだ、アレクシア。今から一つ焼いてみ」


「やめてください本当にお願いします」


「……そうか」


 何故そんなにも嫌がるのだろう。美味しいのに、とヘレナは唇を尖らせる。

 まぁ、理解者は明日作ればいいだろう。きっと現物を食べれば、マリエルやクラリッサは納得してくれるはずだ。フランソワは何を出しても食べそうである。

 しかし、それなりに大きい蛇を捕まえたつもりであったのだが、開いてこのように並べてみると割と少ないものだ。六人で割ると、一人あたり数切れくらいしかない。次回の機会があれば、二、三匹は捕まえておいた方がいいだろう。

 さて、とヘレナはひとまずその肉をそこに置いておき。


「それでは、中庭で剣を振ることにするか」


「……承知いたしました」


「どうした、アレクシア」


「いえ。最早ヘレナ様には、わたしが何を申し上げようとも無駄なのだな、と改めて確認していただけです」


「……?」


 何故か分からないが諦められている。

 とはいえ、それほど気にする必要もあるまい。今必要なのは鍛錬だ。

 よいしょ、と壁に立てかけてあった大剣を持ち上げ、中庭へ向かうことにする。そしてアレクシアも、無言でその後ろに追従した。

 今日はマリエルたちは、午後から茶会をすると言っていた。つまり、午後からはヘレナの自由に鍛錬ができるということだ。

 五人に色々と教えるのは楽しい。五人の成長をしっかり見ることができるし、特にヘレナ対五人はどんどん厄介になってきているのだ。そういった成長を間近で見られるというのは、師としての幸せでもある。


 中庭で基本の大剣の動きを反復する。

 とはいえ、仮想の敵を作り出すものと異なり、ただ無心に反復をするだけだ。振り下ろし、薙ぎ、斬り上げ、突く。体に染み付いた動きは、多少の思考の逸れがあったとしも、問題なくヘレナの体を動かしてくれるのだ。

 だからこそ、そんな時間に考えるのは、己の弟子たちのことである。


 マリエルは手強くなった。恐らく棒術であれば、銀狼騎士団の補佐官くらいとならば、いい勝負ができるだろう。さすがにティファニーには及ばないが、これからも精進を続けていけば強くなる。

 だが反面、強さが突出している部分があり、それゆえに単独先行をするきらいがある。仲間を信頼していないというよりも、自身が矢面に立たなければならない、と思っているふしがあるのだ。責任感があるゆえとも言えるが、しかしまだ、心構えに実力が追いついていない。

 だからこそ、マリエルは防御面での訓練を主に行う必要がある。

 矢面に立つ者が防御に優れ、先陣を駆けることで後に続くことができるのだから。


 シャルロッテは徒手での戦いでは、リリスを思い出させる腕を持っている。ヘレナが徒手格闘を主に行っているわけではないために、細かな部分まで教えることができないのが辛いところだ。次の機会があれば、リリスと一度手合わせをさせてみたい。

 だがシャルロッテの場合は、完全な独立思考を持っているのだ。他者との協力を嫌い、自分の力だけで全てを決しようと考える部分がある。五人の中で最も近距離格闘(インファイト)であることも理由の一つなのだろうけれど、天性の勘に任せるだけの回避ではいずれは限界に至るはずだ。

 シャルロッテには、主にマリエルとの連携を訓練させねばなるまい。二人一組(ツーマンセル)を主に行い、鍛えることでヘレナにすら脅威となることができるはずだ。


 フランソワは弓の腕に関しては、神がかっているとさえ言っていい。弓の腕にかけては大陸でも並ぶ者のいない、兄リクハルドにも及ぶほどだ。特に連射を行いながら、的に全て当てるというあれは、ヘレナにすら不可能である。

 そんなフランソワの弱みは、やはり近接戦だ。弓手であれ、いつもいつも敵から離れて戦うというわけではない。やはり弓を用いながら近接戦闘もできるようにしなければならないだろう。

 だが弓を手放させるわけにはいかない。つまりフランソワの課題は、弓を用いた近接戦闘術の構築だ。難しいだろうけれど、作っていかねばなるまい。


 アンジェリカの投擲は、まだまだ雑だ。勿論、それが唯一無二の才能であることは分かる。新たな武器である銀食器(シルバー)の投擲など、ヘレナには真似することすらできるまい。一射で何本ものものを同時に投げる、という点はフランソワを上回るアドバンテージだ。

 だが、完全にアンジェリカも独断専行型だ。射線を考えず、味方がいる可能性を考えずに投擲を行う、という悪癖を持っている。恐らく、これまで他者と協力をすることがなかった、ということも一因ではあるのだろう。だが、早急に直さなければならない悪癖だ。

 つまり、アンジェリカに行わせるべきは、戦況の把握である。どこに誰がいるのか、ということを認識し、その上で最も効果的な投擲を行うことができるようになれば、アンジェリカの投擲はより輝くだろう。


 うむ、とそこまで考えて。


「……うーん」


 ヘレナは、大剣の連続攻撃の反復を、そこで終える。

 薄々気付いてはいたのだ。

 五人全員、何らかの才には溢れている。マリエルは棒術、シャルロッテは徒手格闘、フランソワは弓、アンジェリカは投擲。

 そして、クラリッサは馬術である。

 新兵訓練(ブートキャンプ)の際に、何度か馬術を行った。その全てにおいて、最も優秀な成績をおさめたのはクラリッサである。初見の馬であっても言うことをきかせ、乗りこなすその腕は、さすがは『白馬将』の姪、と感心したものだ。

 同時に、馬に乗ったままで戦う術も十分に備えている。腿だけで馬を自在に操り、両手で長槍を振るうことだってできるのだ。これを才と言わずして、何と呼ぼう。


 だが――つまりクラリッサは、馬がなければその十全を発揮できないのだ。


 騎馬兵が脅威であることは間違いない。そして馬を駆るクラリッサを相手にしては、マリエルですら勝つのは厳しいだろう。それだけ、戦場を駆ける馬は恐ろしいのだ。

 だが、かといって騎馬兵が、馬を失ったら戦えない、という状況を作ってはいけないのである。

 こう言うとヘレナが冷血に思えるかもしれないが、馬も結局のところ戦場においては消耗品なのだ。敵の本陣に迅速に向かうために、乗り捨てるということも珍しくはない。愛馬にいつまでも乗り続けることができるのは、最前線で戦うことのない指揮官くらいのものである。

 つまり――クラリッサに必要なのは、馬を失っても戦う手段。


「はぁ……まぁ、考えていても仕方ないか」


「お茶を淹れましょうか?」


「ああ、頼む」


 アレクシアの言葉と共に、椅子に座る。

 結局のところ、ヘレナに出来るのは彼女らを鍛えることだけだ。得意分野があればそれを伸ばし、苦手分野があればそれを克服させ、十全の戦士とすることならばできる。

 だが新兵訓練(ブートキャンプ)において多々見られるのが、自身と他者の比較だ。

 自分はこれが苦手なのに、あいつはあんなにも上手くなっているし強くなっている、と羨んでしまう。

 分かりやすく言うならば、嫉妬である。


 これからも今日の午前のように訓練を行うのならば、いずれ劣等感に襲われるかもしれない。そして、五人一組で訓練をさせていた以上、そこに亀裂が入ってはならないのだ。

 ヘレナから見て、クラリッサの才は馬術以外にない。

 そして才がない以上は、それは不屈の努力で補うしかない――。


「あ」


 そこで、ふと天啓のように、走った。

 騎馬兵は先陣を駆けることこそを誉れとする。騎馬の突破力とは全てに通じるものであり、そして先陣を駆ける騎馬がいるからこそ、後続の士気も奮い立つ。

 ならば――現状はマリエルが行っているそれを、クラリッサに任せてはどうだろうか。


「アレクシア」


「はい?」


「先触れを出してくれ。夕刻……夕餉の前に、私の部屋に来るように、とクラリッサに伝えてくれ」


「はぁ……どうかなされたのですか?」


「ああ。いいことを思いついた」


 くくっ、とヘレナは笑う。

 これが完成したら楽しい。そして、完成するまでヘレナとクラリッサだけの秘密にして、大々的にお披露目してもいいだろう。

 上手くいけば、全員の度肝を抜けるはずだ。


 そう。

 クラリッサ改造計画――!

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