第133話 昨夜の顛末

 ひとまずアレクシアを起こし、ヘレナ、アレクシア共に着替えてから五人を中へ入れた。

最初は混乱しているようだったが、次第に思い出してきたらしく、アレクシアの顔が真っ青になってゆくのが分かった。

 それゆえに、現在の構図は。


 立つヘレナ。

 周囲で見守る五人の令嬢。

 ヘレナへ向けて土下座をしているアレクシア。


「大変、申し訳ありませんでしたっ! ヘレナ様っ!」


「いや……まぁ、とりあえず説明をしてくれないだろうか」


 ヘレナにしてみれば、今朝の状況は完全に謎である。

 似たような体験として、朝までアレクシアの体をしっかりホールドしたまま寝入ってしまった、ということもあった。だが、あのときはお互いに服を着ていたはずだ。

 だというのに、今朝は全裸である。一体何があったというのか。


「ええと……昨夜、わたしはあくまで部屋付き女官ではなく、昔から知っている『青熊将』の妹である、と認識していただきたいと……そう申し上げたのですが」


「ああ、それは覚えている」


 思えば謎の頼みだったが、確かに昨夜のアレクシアの態度は、仕えている女官のものではない。ゆえに、あくまで昔から知っている仲、ということを強調したのだ。それにより、主人と女官という形ではなく個人の親交としたのだろう。

 それは分かる。それ自体は理解できる。

 だが問題は、何故お互いに裸だったのか、ということだ。


「わたしは……酔うと服を脱ぐんです……」


「……」


 思った以上にシンプルな理由だった。

 数ある酒癖の中でも、女子が持ってはいけない酒癖ナンバーワンだろう。少なくとも、男の前で絶対に酒を飲んではならない、と自分を戒めなければならない悪癖だ。


「なるほど……」


「加えて、わたしは記憶が残る方でして……昨夜、ヘレナ様がさめざめと泣き始めてから、わたしが先に裸になっていました。そのままヘレナ様の服を脱がせたことも覚えています」


「……私は素直に脱いだのか?」


「ヘレナ様の素晴らしい筋肉を見せてください!と頼むと、ご自分で泣きながら脱がれました」


「……」


 どうやら、酒に酔ったヘレナはおだてに弱いらしい。知りたくなかった。

 だがまぁ、ひとまず理由は判明した。どう考えても、アレクシアと二人で酒を交わしたこと自体が失敗だったのだ。


「その後は……何もなかったんだろうな?」


「ヘレナ様が先に眠られましたので、僭越ながら寝台まで運ばせていただきました。その後……何を考えたのか、わたしも隣で寝たのですが」


「そうか……」


 まぁ、特に何もなかったのであれば良かった。

 酒に酔った勢いで、アレクシアに何かをしてしまったのかと思ってしまった。少なくとも、ヘレナは悪くなかったらしい。


「はぁ……どうして、そんな悪癖がある、と教えてくれなかったのだ」


「いえ……少量なら大丈夫だろうかと思っていたのですが……」


「私も慣れぬ酒を勧めたのが悪かった。もう酒はやめよう」


 訓練の終わった節目、ということで酒を飲んでみたが、いい結果になるわけがなかった。

 どうしてそれを分かっていて酒を飲んでしまうのだろう。魔力である。

 はぁ、と大きく嘆息して、そこに並ぶ五人に目をやる。


「と、いうわけだ。特にいかがわしいことがあったわけではない」


「残念ですわ」


「何が残念なのだ……」


 ぶれないマリエルに、そう呆れることしかできない。

 だが、少なくとも五人は納得してくれたらしい。


「それより、お前たちへの訓練は昨日で終わったはずだが……何故いるのだ?」


「部屋にいても暇だったから来たのよ!」


「暇潰しに人の部屋に勝手に入るな」


 堂々と告げるアンジェリカを、そう注意する。

 既に教官でない以上、罰を与えるつもりはない。むしろ、罰を与えたら喜んで全員行いそうだ。


「え、ええと! わ、わたしたちは! ヘレナ様に用がありまして!」


「用?」


「はいっ! 実を言うと、昨日の訓練が終わった後に、四人でお茶会をしたのです!」


「まぁ、折角仲良くなった縁ということもありますし」


「……わたくしは参加する気などありませんでしたの」


「シャルロッテは素直じゃないわよねぇ」


 ふん、と一人だけ不機嫌を浮かべているシャルロッテと、呆れるマリエル。

 だが、そのように茶会を行うほど仲良くなった、というのは嬉しいものだ。やはり仲間意識をつけ、連携を鍛えた甲斐がある。


「ちょっとぉ!? そんな話聞いてないんだけど! なんでわたくしだけ除け者なのよ!」


「い、いえっ! アンジェリカさんは帰ってしまいましたし!」


「こっちから連絡する手段もありませんわ」


「うっ……にょ、女官に伝えればいいじゃない!」


「あ、それもそうですね」


「言われてみればそうですの」


「もぉーっ!」


 随分と楽しそうである。

 そして、話が何一つ先に進んでくれていない。


「ええと……茶会をして、どうしたんだ?」


「誰が一番強いのか、議論になりましたの」


「……一番強い?」


 ふむ、と顎に手をやる。

 フランソワは弓。シャルロッテは徒手。マリエルは棒。クラリッサは馬。

 皆一芸に特化しており、誰が一番強い、と判断するのは難しいだろう。それこそ、全員の得意分野で手合わせしてみなければ。

 そういえば、訓練では徒手なら徒手のみの訓練しか施していなかった。言われてみると、徒手のシャルロッテと棒を持ったマリエルの戦いなど、興味深いものがある。


「わたしです! 遠くから狙撃できる弓こそが最強です!」


「あなたのへろへろ矢なんて叩き落としますの。懐にさえ入ればこちらのものですの」


「懐に入る隙なんて与えないわ。中距離から攻撃できる棒こそが一番強いわよ」


「……と、まぁこんな感じで」


 締めくくるのはクラリッサ。

 確かに、クラリッサは馬術であり、馬術はそれそのものが強い、というわけではないのだ。それゆえに、この最強は誰論争からは一歩退いた状態になっているのだろう。


「ちょっとぉ!? それは納得いかないわよ! わたくしの投擲こそが最強よ!」


「え……投擲は、ちょっと」


「地味ですの」


「弓の方が強いです!」


「どうしてそこだけ連携するのよあんたら!?」


 きーっ、とアンジェリカが叫ぶ。

 正直、そんなアンジェリカの声は随分と頭に響く。二日酔いであるため、あまり聞きたくない。

 ヘレナはひとまず腕を組み、五人を見据える。


「つまり……四人が四人とも、自分の得意分野こそ最強だ、とそう思っているわけだな」


「勿論です!」


「当然ですの」


「ですわ」


「当たり前!」


 はぁ、と大きく溜息を吐くのは、ヘレナとクラリッサ。

 どうやらクラリッサが間に挟まれているようで、可哀想に思える。


「まぁ、そこまでお前たちに自信があるならば、手合わせをすればいいだろう」


「はい! そのつもりです!」


「……ならば別に、私の部屋に来る必要はなかろう」


「昨日まで毎日訓練してましたの。今日からやらない、というのも体がおかしいですの」


「まぁ、慣れてしまったということですわ。これから、毎日一緒に訓練をしましょう、と決めました」


「なるほど」


 確かに、新兵訓練が終わったからといって、すぐに鍛錬をやめる、という輩はそういないだろう。

 むしろ大抵は、動いていなければ落ち着かなくなってしまうため、その後も訓練を続けるのである。


「ですが、この問題を先送りにしておくわけにはいきませんわ」


「誰が一番強いのか決めますの」


「ヘレナ様には! 是非! 立会人を!」


「わたくしも参加するわよ! 一番強いのはわたくしよ!」


「……」


 五人がやって来た理由は分かった。

 正直に言うならば、二日酔いのため勘弁して欲しい、というのが本音だ。


 だが、この四人はそれぞれ自信を持っている。自分の技能こそが最も強いのだ、と。クラリッサだけは蚊帳の外にいるようだが。

 それだけ自分の得意分野に自信を持っているというのは、良い傾向だ。


「いいだろう。では、中庭へ集合し、整列」


「はいっ!」


 四人が言葉と共に、急いで扉から出てゆく。

 既に終わったつもりだった新兵訓練(ブートキャンプ)――どうやら、まだ終わらせてくれないらしい。少しだけ楽しくなりながら、ヘレナも中庭へ向かおうとして。


「はぁ……どうして自分が一番強い、って皆思うんだろ」


 そう、小さくクラリッサが呟き、そして頷いた。


「一番強いのは騎馬兵に決まってるのに」


 訂正。

 五人揃って、自分こそが一番強いのだと思い込んでいた。

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