伏竜将
枝が踏みしだかれる。落ちた時と同じように、無数の兵に何度も
遠く、雪の冠をいただく蒼い山々が見える。その裾野には、
珠と剣を掲げた、竜の紋章がはためく。
皮鎧と槍を携えた兵が、鬨の声をあげて進軍する。
だが。
不意に先駆けの何人かが転倒し、隊列が乱れる。兵らはすぐさま踏みとどまる。彼らの足は輪の形に結わえられた下草に捕らわれていた。兵らはそんな浅ましい罠を見て、舐められていると怒号をあげる。
次の瞬間、怒号が潰えた。
思い思いに声をあげた者はみな、黒い矢に喉を射抜かれていた。兵らは気づく。その矢じりが黒い半透明の石であることに。最前列の者は青ざめて口をつぐむ。
だがこれほどの集団ともなれば、全員が全員、物分かりがいいわけではない。
「もうこんなところまで……?」
次の斉射は兵たちにも見えた。樹々の陰から、ほんの子供にしか見えぬ人影が身を乗り出す。ただその人影は兵たちと違って人間ではない。銀の混じる緑の髪、髪に混じる柳のような枝。そして、黄色い皮膚と長い耳。彼ら
人間の兵はいくらか防いだものの、また何人もが射抜かれた。はるか後方から見ていた指揮官が慌てて弓兵に射撃を命ずるが、既に草人は立ち木の陰だ。
お返しと言わんばかりに一本の長い矢が飛来する。人間の目にとって点にしか見えぬ距離であるというに、その矢はあやまたず指揮官の喉仏を貫いた。それが先陣に伝わらなかったのは幸いだったか。怒り狂った兵は、我を忘れて進軍する。
あくまでも、静かに。鬨の声も一糸乱れず。
すると、すぐさま草人たちは身を翻し、一目散に退却し始めた。これを好機と、隊列は猛然と駆ける。
指揮官が存命なら、せめて副官が恐慌していなければ、気づけただろう。
逃げる草人の彼方。険しい斜面から突きだした岩棚に立つ、森賢者の姿を。長い矢をしまう草人が一言告げると、イチイの冠をいただいた草人の少女は、
絶叫。
哀れな人間たちは、樹の根に貫かれていた。ある者は胸部を、ある者は
そんな、泥のような停滞は、長くもたない。
先陣を切った百人隊は、半数以上が赤黒い肉塊に成り果てた――そう兵士らが気づくと、もう果敢にも武器を取ろうというものはいなかった。
「愚かなことだ。早々に
「ふ、“
その偉丈夫は、名も知れぬ副官の言葉にふっと息をもらした。
副官にすがりつかれたその騎士は、夕陽のように光り輝く鎧に身を包んでいた。爪先から頭まで黄金色の鎧に覆われ、顔はおろか、肌の色すらうかがいしれない。
「――だが、貴殿はすでに償い終えているか。意見の相違はあれど、皇国を憂えるのは同じ。貴殿の後は“伏竜将”が継ぐ。安らかに竜国へ向かうがいい」
副官には見向きもせずに、騎士は立ち去ろうとする。
「ま、待て――何をする気だ! やめろ、“黄銅の騎士”よ!」
十倍の兵力差をものともせず、ウォーフナルタはベルテンスカを押し返さんとしていたのだ――この時までは。
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