95.肝試しでの怖いこと

「うおおおしゃああああああああああああーーっ!!」


 突然の大声に驚いてしまった。それは目の前にいる望月さんも同じようで、肩が大きく跳ねていた。

 声の方向を見れば、下柳が右手を天に向かって突き出していた。その手にはくじが握られている。


「クリスティーナちゃん! 俺、下柳賢です! よろしくお願いします!!」

「あはは、名前は覚えているわ。よろしくねシモヤナギ」

「覚えてもらっていて光栄です!」


 どうやら下柳のペアはクリスのようだ。それにしてもキャラ変わってんぞ……。かわいい女の子と組めて嬉しかったんだろうなぁ。


「下柳くん、テンション高いですねー」

「だなー」


 望月さんがちょっと呆れ気味だぞ下柳。まあこれも青春か。


「高木くんは僕とペアになってテンション上がらないですか?」

「ん? んー……」


 とくには変わらない……、なんて言ったら悪いだろうか。そりゃあ葵と瞳子なら嬉しかったんだろうけどさ。


「まあ……それなりに、かな」

「むぅ……」


 結局曖昧な答えを口にしてしまう。案の定と言うべきか、望月さんの眉が少しだけ寄る。

 しかしそれも一瞬のこと。彼女はかわいらしい笑顔を向けてきた。


「高木くんは僕なんかよりもクリスさんの方が良かったですよね」

「別にそんなことないよ」


 肝試しで一番いっしょになりたかったのは瞳子かな。というか心配だ……。瞳子は雰囲気だけで怖がってしまうからな。

 ペアの男子によっては危険ではなかろうか。などと考えていたら心配でたまらなくなっていた。知らない奴なんかに抱きついたりしてないよね?

 葵はたぶん大丈夫だろう。むしろホラーは好きなくらいだし、ああ見えてガードは硬い。中学生時代も後半になれば勘違いをする男子はいなくなっていたほどだ。


「遠くを見ちゃったりして、どうかしたんですか?」

「いや、なんでもないよ」


 今心配したところで仕方がないだろう。ここは信じるしかないか。


「ほな僕等も行こか」

「そうね」


 佐藤と美穂ちゃんのペアがスタートする。中学までで見知った顔同士だと趣旨を考えればあまり意味がない気がするな。でもこの二人はなんだか安心感があるね。


「次は十四番のペア。早く行ってこい」

「はーい。それじゃあ高木くん、行きましょうか」

「うん」


 望月さんといっしょにスタートする。

 暗がりとはいえ月明かりはあるし、懐中電灯も持たされている。見ようによっては不気味に感じられなくもないが、あまり怖いとかはなかった。

 小学生の修学旅行で行った映画村のお化け屋敷ならやばかったかもしれないけど、脅かし役もいないなんちゃって肝試しなんかにびびったりはしないのだ。かっこ悪い姿を見せたくないというのもあってホラーへの耐性がついてきたのもあったりする。


「ん?」


 袖をぎゅっと掴まれた。一瞬実は脅かし役がいたのかと身構えたが、その相手は望月さんだった。


「あ、あの……僕はこういうお化けが出そうなのは苦手で……。ちょっと腕をお借りしてもいいですか?」


 そういえば自己紹介でそんなことを言っていた気がする。もしかして彼女も瞳子と同じタイプなのだろうか。


「まあ、服だけなら掴んでいてもいいよ」


 望月さんが身を寄せてくる。並んでみると葵や瞳子よりも小柄だというのがわかる。二人は女性として成長しているから高校生として見えるのだけど、望月さんはあどけない顔も相まってまだ中学生らしさが抜け切っていないように見えた。


「お……?」


 腕に当たる柔らかな感触。服だけでと言ったのに、望月さんは俺の腕を抱えるようにしていた。

 これ胸が当たっているよね……? 葵はもちろん、瞳子よりも小さいだろうが、美穂ちゃんよりは確実にあるであろう膨らみだった。美穂ちゃんに怒られそうなので絶対に口にしないけど。

 いやまああくまでも目算だ。美穂ちゃんは当然として、葵と瞳子の胸をそうそう触ったりはしないし。まあ当たったというか、事故で触れたことはあるけども。


「望月さん? ちょっとくっつき過ぎじゃないか?」

「怖いんです。いけませんか?」


 上目遣いで訴えかけてくる。なんだろうこの感じ。なんだか誰かと似ているように感じた。

 ちょっとだけ考えて、ああと納得した。


麗華れいかと似てるんだ」


 俺の従妹である清水しみず麗華れいか。あの年下だからこそのしょうがなさと言うか、からかったりしても悪意がないから許してしまうような、なんだかんだでやれやれと思いながらもさせてしまうみたいな雰囲気が望月さんにはあるのだ。


「あの、麗華って?」


 おっと、口に出ていたらしい。俺は誤魔化すように笑った。


「ごめんごめん。麗華ってのは俺の従妹だよ」

「なんで今その従妹さんが出てきたんですか?」

「なんだか望月さんが麗華と似ているなと思ってさ。深い意味はないよ」

「むぅ……、その子かわいいんですか?」


 麗華がかわいい? うーむ、かわいいと言えばかわいいし、憎たらしいと言えばそうかな。


「面倒なところもあるけど、かわいいところもあるかな」

「それどっちなんですか」

「まあ年下の従妹なんてそんなもんだよ。望月さんはお兄さんかお姉さんがいるんじゃないの?」

「え? よ、よくわかりましたね。一応兄が何人かいますけど……」

「何人かって。何人いるかは家族なんだから知ってるでしょうに」

「……四人います。僕は五人兄妹の末っ子なんですよ」

「へぇー、それは大変そうだね」


 何気なく口にした言葉だった。それに望月さんは大きな反応を見せる。


「そう! 大変なんですよ!」


 いきなり声が大きくなったな。俺の腕を掴む力が強くなる。


「兄はみんなデリカシーがないんですよ! 僕が女の子だってことをいい加減わかってほしいんです! 他の女子にそれを言っても『イケメンのお兄さんなんだから羨ましいだけだよー』ですよ? んなこと理由にならねえってんですよ!!」

「お、おう……」


 なんかものすごく熱くなっていらっしゃる……。とにかく兄達に対して妹ながらに思うところがあるらしかった。

 俺は兄妹いないからなぁ。葵と瞳子も同様なので妹がどんなのかって想像しづらい。

 ただ、望月さんの反応を見るに、家族だからって女性に対してのデリカシーというものを考えなければならないようだ。

 一度火がついたら止まらない。望月さんからお兄さんに対しての愚痴が吐き出し続けられるので、歩きながらそれを聞いていた。


「望月さん望月さん」

「なんですか!」


 いや、そんな怒ったように返事しなくても。感情を引きずってはいないですか?


「そろそろ折り返し地点だよ。先生もいるしさ」

「……はっ!? ご、ごめんなさい。熱くなってました」


 本当に熱くなってたねー。別に吐き出したいことがあるなら吐き出せばいいとは思うけどね。

 折り返し地点にはB組の先生がいた。照明のおかげでここはさらに明るくなっている。

 実はここで脅かされるんじゃないかと期待していたのだが。そんなことはなく先生は普通に突っ立っているだけだった。なんだかなー。

 チェックをしてもらい帰りの道を進む。いつの間にか俺の腕から離れていた望月さんはなぜかしゅんとしていた。


「望月さんどうしたの?」

「いえ、その……」


 さっきまでの勢いと違って歯切れが悪い。一体どうしたのだろうか?

 再びの上目遣い。けれど、その意味合いは違っているように見えた。


「あの、僕に兄がいるってこと、みんなには黙ってもらっててもいいですか?」

「え、なんで?」

「恥ずかしいんですよ! 兄と同じで僕もデリカシーのない女子だって思われたくないんです!」


 いやいや、そこまで兄妹セットには思われないでしょうに。


「……」

「わ、わかったよ」


 しかし、こうも目をうるうるさせて見つめられたら頷くしかない。きっと彼女には譲れないことなのだろう。


「なんか、望月さんって苦労しているんだね」

「そうなんですよ! 兄貴……兄さん達のせいでとっても苦労しているんです!」


 今「兄貴」って言ったのに言い直さなかった? 別に呼び方をとやかく言ったりはしないのにな。

 望月さんはヒートアップして、またもやお兄さんへの愚痴へと移行した。いろいろ溜まっているんだなぁ。前世では羨ましいと思っていたものだけれど、兄弟も良いことばかりではないらしい。


「僕だって女の子なのにっ。そこんとこわかってないんですよ!」

「そうだね。望月さんは誰がどう見たって女の子だよ。女の子扱いされて当然だ」

「ですよね! それなのに兄さん達ときたら――」


 これは長くなりそうな予感がする。望月さんってけっこうしゃべる人なんだな。主に愚痴だけれども。

 とはいえ今は肝試し中である。終わりがあるので彼女の話が長く続くことはなかった。


「高木くんおかえりー」


 望月さんの話を聞いているだけで時間が進んでいたようだ。歩いている感覚もなく最初の地点へと戻ってきていた。佐藤に出迎えられてそのことに気づく。


「あ……、終わっちゃいましたね」

「うん。望月さんもあまり怖がらなかったみたいで良かったよ」

「え? ああ……そうですね」


 お化けが苦手な彼女からすれば、兄への愚痴を吐き出しているだけで肝試しが終わったのだから良かったんじゃないかな。なんかスッキリしているみたいだしね。


「あのっ」


 望月さんに肩をちょんちょんとされる。小声で何かを言おうとしていたみたいだったので膝を曲げて耳を近づけた。


「さっきのこと、絶対に秘密ですからね」


 耳元でそんなことを言われた。よほど兄のことを気にしているようだ。


「誰にも言わないよ。約束する」

「本当ですか? 約束ですからね。破ったら許さないですから」


 念押ししてくる。そこまで必死にならなくてもいいのに。

 望月さんはもう一度「約束ですからね」と言って女子の集団へと戻った。


「何が約束だって?」

「うおっ!? み、美穂ちゃんか。驚かせないでよ」


 背後から声をかけられて驚いてしまった。今のはちょっと恥ずかしい。


「望月さんと何かあったの?」

「え? 別に何もないよ。ただの雑談だって」

「ふうん……」


 なぜだろう? 美穂ちゃんに責められている気がしてしまう。

 美穂ちゃんはそれっきり言葉を続けることなく女子の集団へと戻って行った。今のプレッシャーはなんだったのだろうか?


「なあ佐藤。肝試し中に美穂ちゃんを怒らせるようなことをしたのか?」

「え? 僕は何もしとらんで」

「そうかぁ?」

「なんか高木くんに疑われるのって納得できへんのやけど」


 俺と佐藤がそんなやり取りをしていると、どこからか叫び声が響いてきた。木々がざわついて場が騒然となる。


「び、びっくりしたー。なんや今の?」

「肝試ししている方向から聞こえてきたな。誰か怖がりな奴でもいたか?」

「そんなに怖いもんでもあらへんやろ。こんなん木之下さんでもないと怖がらへんって」

「それ瞳子が聞いたら怒るぞ」


 しかし叫び声は段々と近づいてくる。わけのわからなさに恐怖を感じてしまったのだろう。女子の集団から悲鳴が上がる。

 一体なんなのだろうか。俺は前に出て身構えた。

 すると、山道の方から何者かが飛び出してきた。


「うおおおわああああああああん!!」

「は? 下柳か?」

「た、高木ぃぃぃぃぃーーっ!!」

「うおおっ!?」


 現れたのは下柳だった。どうやら叫び声の主はこいつだったらしい。

 恐怖にひきつったひどい顔をしたまま、一番前に出ていた俺に抱きついてきた。って、なんだよ気持ち悪いなっ。


「な、なんだ? 一体何があったんだ?」


 尋ねてみると下柳はつっかえながらも説明しようとする。


「ク、クリスティーナちゃんが……、クリスティーナちゃんがぁ……」

「おい! クリスに何かあったのか!?」


 涙までながしている下柳を見て、尋常じゃない事態が起こったのだと悟る。そういえばペアであるはずのクリスの姿がない。


「落ち着け下柳! 落ち着いて何があったか説明しろ」


 俺だって落ち着いてはいられない。でも、まずは状況がわからないと動きようがなかった。

 息が荒い下柳だったが、それでも説明してくれようとしていた。飛び出してしまいそうな自分を押し止めて、俺は静かに彼の話に耳を傾けた。


「クリスティーナちゃんが……、ものすっげえ怖い話をするんだよぉぉぉぉっ!!」

「……は?」


 えっと……、クリスが、なんだって?


「すまん下柳。ちゃんと説明してくれ」

「だからよ! クリスティーナちゃんが超怖い話をするんだって! それがもう真に迫るなんて生易しいもんじゃなくってよ! 情景から何まで全部そこにあるかのように想像できちまうんだ! そうしたら俺、もうじっとしてられなかったんだよぉぉぉぉっ!!」

「……」


 ごめん、ちょっとこめかみ揉んでもいいかな。もみもみ、うん、スッキリした。

 つまり簡潔に述べれば、肝試し中にクリスと会話していました。彼女から怖い話を聞かされました。それが本当に怖くてクリスを置いて走って逃げてしまった。そういうことか?


「シモヤナギー。急に走るなんてひどいわ。それに、話はまだ終わってないのよ」

「ヒィィィィィィィ!! 来たぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 いや、大袈裟過ぎだろ。そんな反応が面白かったのかクリスも楽しげである。

 この後は肝試しそっちのけでクリスと下柳の追いかけっこが始まった。それは鮫島先生に怒られるまで続いたのであった。醜態をさらしてしまった下柳の株が下がったと、ここに記しておく。



  ※ ※ ※



 次の日。俺達はオリエンテーション合宿の最後のプログラムである閉舎式を迎えていた。


「えー、皆さん。今回のオリエンテーション合宿はどうでしたか? たった二日間でしたが、私には皆さんが絆を深め成長したように感じます」


 校長先生の話をみんなで聞いている。一泊二日とはいえけっこう疲れた。


「えー、研修の終わりにあたって私から次のことをお話します。まず一つ目は――」


 あ、これ長話になるやつだ。

 校長先生の話はありがたいものである。それは間違いない。社会人になった時にもっとちゃんと聞いておくべきだったかと思ったものである。

 でもね、こんな疲れている時にためになる長話をしなくてもいいと思うんだ。ほら、船を漕いでいる子達がいるしさ。

 校長先生の話を最後にオリエンテーション合宿は終了した。後片付けを済ませて、俺達は行きと同じようにバスで学校へと戻った。


「やっとトシくんに会えたよー」

「なんだかこんなにも会えないなんて久しぶりね」


 帰りは葵と瞳子といっしょだ。一日ぶりというだけなのに、二人のぬくもりが恋しくなっていた。


「でも、道端で腕なんか組んでいたら目立つんじゃないか?」


 葵と瞳子に挟まれて、どちらも俺と腕を組んでいる。嬉しいけどいいのかなと思ってしまう。


「だって昨日はほとんどトシくんと離れていたんだから。今はこうやって取り返しているの」

「あたしだって本当は会いたかったんだからね。これでも我慢してたんだから……、今くらいいいでしょ?」


 二人からそんな風に言われてしまえば首を縦に振るしかない。満更でもないのだから俺だって同じだ。

 やっぱり腕を組むなら葵と瞳子とがいいな。彼女達の感触に心がほっこりしながらそう思った。


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