42.田舎の思い出(後編)

 まったく予期せぬ事態だった。

 誰がじいちゃんが所有する山の中に異国の少女がいるだなんて予想できるのか。まったくできていなかった俺は硬直してしまったよ。

 金髪少女は俺とそう歳は離れていないように見える。年上っぽいけど二つか三つ上といったところだろう。あくまで外見での判断だが。

 日本人離れした彫りの深い顔立ちを見ていると瞳子ちゃんと重なる。それでも美少女度でいえば瞳子ちゃんの方が上である。身内びいきが入っているのは否定しないけどな。

 さて、そんなことよりも金髪少女をどう判断したものか。不法侵入といえばそうなのだが、まだ子供だしわからずに足を踏み入れたのだろうな。なんでこんなところに外国人が? という疑問があるが今は置いておく。

 金髪少女はぼんやり佇んだままで俺達に気づいていないようだった。どう声をかけたものかと思案していると先に麗華が動いてしまった。


「おいお前! さては財宝を奪いにきた悪い奴だな! うちが成敗してやるぜ!!」


 麗華は大声でそんなことを言いながら金髪少女の前に姿を見せた。このうるさい登場にぼんやりしていた金髪少女もさすがに気づいたようだ。慌てた様子もなくゆっくりと麗華に顔を向ける。


「What?」

「……」


 麗華は押し黙った。そして俺へと振り返る。


「どうしよう兄ちゃん……、相手は宇宙人だ」

「そんなわけあるか! 彼女は外国人なんだよ」

「ガイコクジン?」


 なぜ片言になるのか。出会ったことがないにしても日本以外の国の存在自体は知ってるだろ。小学三年生なら知ってるよね?

 それにしてもどこの国の子なのだろうか。欧米っぽくはあるんだけども。

 俺は咳ばらいをしてから金髪少女に向き直る。彼女は不思議そうな眼差しをこちらに向けていた。


『えっと、あなたは誰ですか?』


 今こそ英語教室に通っている俺の語学力を見せる時である。実際に外国人に話しかけるなんてケリー先生以外では初めてだ。

 俺の言葉に金髪少女は首をかしげる。あれ? 通じてるよね? これくらいなら簡単な英語のはずだ。もしかして発音がおかしかったのか?

 内心焦っていると、金髪少女ははっとしたような顔をすると、いきなり両手を腰に当てて顎をくいっと上げる。なんだか高飛車な人に見下されているみたいな形になった。


『人に名を尋ねる時は自分から名乗るのが常識よ』


 フフン、と鼻を鳴らしそうな勢いで金髪少女が言った。とりあえず自分の言葉が通じたことに一安心だ。


「に、兄ちゃんまで宇宙語をしゃべった……」

「宇宙語じゃなくて英語な。麗華も学校で習うようになるよ」


 まあ学校の英語でしゃべれるようになるにはけっこうがんばらないといけない気がするけど。少なくとも前世での俺はさっぱりだったからな。

 さて、麗華の相手をしている場合じゃない。まずは目の前の女の子だ。


『ごめん、失礼だったね。俺の名前は高木俊成。こっちの女の子は清水麗華だ。君の名前を聞いてもいいかな?』

『……クリスティーナ』


 なんとか名前を教えてもらえた。最初の関門は突破できたかな。


『……トシナリは英語話せるの?』

『日常会話程度だけどね。あんまり慣れてないからゆっくりしゃべってくれるとありがたいよ』


 クリスティーナは見下していた目をやめてまっすぐ俺を見た。少しの間見つめられた後に彼女はしゃがみ込んでしまう。


『う~……。わたしってばなんてことを……』


 急に落ち込んでしまった。さっきまで高飛車風だったのにこの変化はどうしたことか。

 落ち込むクリスティーナを見て麗華が喜ぶ。


「おおっ! 兄ちゃんこの宇宙人を倒したのか? すげー!」

「麗華ー。ちょっと黙っててねー」


 元気でいるのはけっこうだが、今は構っている余裕はない。俺はしゃがみ込んで顔を上げようとしないクリスティーナに近づいた。


『クリスティーナは一人なの? どうしてこんな山の中にいたのかな?』


 ゆっくりと顔を上げるクリスティーナ。彼女の目からは先ほどの見下す感じはなかった。


『わたし……幽霊を探しにきたの』

『はい?』


 ちょっと何言ってるかわからないですね。いやマジで。

 俺が疑問符で頭がいっぱいになっていると彼女はさらに続けた。


『日本に来たけれど誰とも言葉が通じなくて……。全然友達ができなくて……だから幽霊と友達になろうと思ったの』


 それはなんとも……。子供で言葉の通じない国に来たら苦労するのは当たり前だ。幽霊を求めてしまうのも仕方がない……のか?

 クリスティーナは『でもっ』と勢いよく立ち上がった。


『あなたとはお話できるわ! 日本の幽霊は怖いって聞いてたけど、トシナリは嫌な感じがしないわね』

『待て待て待て! 俺は幽霊じゃないぞ!』


 クリスティーナはきょとんとした顔になった。なぜ不思議そうにするのか。


『え? だってここの山は人が入っちゃダメなんでしょ? つまりあなた達は人じゃないってことだわ』


 断言しているクリスティーナからは自分は間違っていないと思っているようだった。

 厳密にはこの山はじいちゃんの所有する山だから勝手に他人が入らないようにと言っているのだ。俺達は身内というのもあって一応の許可をもらっている。

 そのことを伝えるとクリスティーナの顔がみるみる青ざめていった。


『わ、わたし……悪いことをしてたの?』


 彼女は真面目な子なのだろう。この反応を見るだけで彼女が悪い子だとは思えなくなった。

 安心させるようにできるだけ優しい声色を意識して出す。


『知らなかったんだし大丈夫だよ。でも子供一人で山の中にいるのは危ないからいっしょに出ようか』

『い、いっしょにいてくれるの?』

『もちろん。迷ったら危ないしね』


 そんなわけでクリスティーナといっしょに山から出ることになった。何かあったら危ないし、案内した方がいいだろう。


「えー! これから財宝を探すはずだったのにー!!」


 麗華を説得するのに少々時間を使ってしまったのだが。なんとか納得させて三人で来た道を戻った。

 道中でクリスティーナの事情を聞いてみる。彼女はイギリスから来たらしく、父親の「日本の風景を見てみたい」という号令で家族揃って日本にやってきたそうだ。

 都会ならまだよかったが来た場所は何もない田舎だった。自然の風景を見たいらしい父親に文句も言えないまま一人で近辺を歩いていたそうだ。

 とはいえ実際に来るまでは日本に興味を持っていなかったのだ。もちろん日本語の勉強をしているはずもなく、言葉が通じないままフラストレーションの溜まる日々だったとか。

 そんなことを愚痴るように説明してくれた。話してすっきりしたのかクリスティーナの表情はほころんでいた。


『そういえばさ、最初偉そうだったのはなんでなの?』


 ちょっとだけ気になっていたので尋ねてみる。クリスティーナはうっ、とたじろいだ。


『だ、だって……悪い幽霊相手だと体を乗っ取られるかもしれなかったから……強気でいなきゃって思って……』


 幽霊が危険なものだって思っているのにわざわざ会いにきたのか。恐怖を押し殺すくらいには寂しくてたまらなかったのだろう。

 そりゃそうだ。知り合いのいない場所で言葉の通じない異国の地。不安になる要素には充分だろう。俺だっていきなり知らない場所で言葉も通じない人ばかりだったらどうしていいかわからなくなる。


『でも、トシナリがいい幽霊だったみたいだから安心したわ』

『だから俺は幽霊じゃないっての!』


 ちなみにクリスティーナは俺と歳は同じだった。見た目が年上に見えていただけにちょっとびっくり。しかしそれは相手も同じだったようで、『嘘!?』と大げさに驚かれてしまった。どうやらけっこうな年下に見られていたらしい。



  ※ ※ ※



「おーい姉ちゃん! 遊び行くぞーーっ!!」

『レイカ! 女の子が大きな声を出すなんてはしたないわよ!』


 じいちゃんばあちゃんの家に泊まっている間、俺と麗華はクリスティーナと遊んだ。

 クリスティーナが日本に滞在する期間は一週間ほどだったようで、俺達に出会った時には残り三日ほどの猶予しか残されていなかった。まあ俺も麗華もそのくらいの日数しか泊まらないのでちょうどよかったとも言う。

 麗華は英語をしゃべれない。だけどそれで臆するという性格でもなく、目いっぱいのボディランゲージでクリスティーナと仲を深めていた。しかもそれで本当に意思疎通ができているかのように二人は仲良くなっていった。

 自然に囲まれながら俺達は遊びまくった。ほとんどは麗華に付き合ったという形だったが、クリスティーナも楽しそうにしていたし俺自身もなんだかんだで夢中になっていた。


「トシナリ、レイカ。コンニチハ」

「はい、こんにちは」

「おおっ! 姉ちゃんが言葉をしゃべったぞ! すげー!」


 いやいや、言葉自体は最初から口にしているからね。細かいことはツッコまないけどさ。

 クリスティーナに簡単な日本語を教えてみるとあいさつ程度ならすぐ覚えてくれた。それを一番喜んだのが麗華だったりする。あまりに喜ぶものだからクリスティーナのあいさつは日本語になった。

 一人の日本人として、できればクリスティーナが日本をつまらないところだなんて思ってほしくなかったのだ。短い期間だけど少しでも楽しい思い出を作ってほしかった。


『トシナリとレイカにはわたしのことをクリスと呼んでほしいの。もう友達でしょ?』

「兄ちゃん、姉ちゃんはなんて言ったの?」

「自分のことはクリスって呼んでほしいって。もう友達だからってさ」

「わかった! クリス姉ちゃん!」


 麗華の元気な呼びかけにクリスは心の底から嬉しそうに笑った。

 知らない土地でできた友達。それは俺と麗華にとっても嬉しいことだった。

 しかし、別れの日はやってくるのだ。


「いつもクリスと遊んでくれてありがとう。今日でお別れになるからあいさつをさせてほしい」


 クリスが帰国する日がやってきた。彼女は家族でお別れのあいさつをしにきてくれた。クリスの父親はバリバリのイギリス人だったけれど日本語はペラペラだった。瞳子ちゃんのお母さんよりも言葉に淀みがない。


「トシナリ……レイカ……」


 クリスの目には涙でいっぱいになっていた。それは友達との別れを悲しむ涙だった。

 泣いている彼女を見て、言い方は悪いが俺は嬉しくなった。この短い期間で別れを惜しませてしまうほどに楽しい思い出を作ったという証明でもあるからだ。

 そして同じように麗華の目にも涙でいっぱいだった。いや、彼女の場合は溢れてぽろぽろと零れてしまっている。


「クリス姉ちゃああああああんっ!!」


 我慢ができなくなったのか、涙を流しながら麗華はクリスに突撃した。クリスはそれをしっかりと抱きとめる。

 ふたりはしばらく抱きしめ合った。体を離してからクリスは俺の方に顔を向けた。


「トシナリ」

「うん」


 クリスは微笑んだ。とても嬉しそうに、とても楽しそうに。俺達との夏の思い出を心に残してくれるのだと確信させてくれる笑顔だった。


「サヨナラ」

「……うん。さよならクリス」


 最後は日本語で別れのあいさつをしてくれた。日本に来たことをよかったと思ってくれた。そう捉えてもよさそうだ。

 クリスの家族を乗せた車が見えなくなるまで俺と麗華は見送っていた。楽しい時間が過ぎれば、次にくるのは寂しいという感情だ。

 俺と麗華も今日中に家に帰るのだ。うるさい従姉妹だったけれど、別れるとなるとちょっぴり寂しい。

 従姉妹の麗華とはまた会えるが、クリスとはこれが最後の別れになるだろう。そうだとしても、思い出として彼女と友達になったことは忘れない。

 別れはつらいものなのだ。仲良くなった相手だからこそそう思うのだろう。前世では別れというものに対してそんな風に思っていなかった。俺は淡白な人間だったんだろうな。

 もしも、葵ちゃんと瞳子ちゃんのどちらかと別れることになったとしたら……、俺はそれをちゃんと受け止められるのだろうか? そんな不安で堪らなくなるような考えが、少し頭をよぎった。


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