王国サイド 勇者の裏方たちと、誰も気づいていない事実。

 無事討伐も終わり、討伐した魔獣、こちらで言うところの魔物はそのまま放置しておくわけにはいかないのだった。

 討伐の終わった魔物は数人の騎士によって馬車に乗せられる。

 ウェルがいた頃は数が多かったこともあり、討伐現場と騎士団詰所のピストン輸送となっていた。

 討伐する魔物にもよるが、使える部位は処分し、国費として補充されることになっていたからである。


 今日の討伐はオークが三体。

 いずれも自分たちより大きい魔物だ。

 三人がかりで馬車に乗せ、降ろすときも三人必要だ。

 この役目を任されるのは決まって位の低い騎士。

 そんな若い騎士であるこの男性の名はターウェック。

 今年十九歳になった。

 見習いから騎士になって三年目。

 庶民からの叩き上げで、未だ下級騎士の身分だ。


「あとは頼んだぞ?」

「はいっ、お疲れ様でした」

「うむ」


 上司は自分たちに指示をして、先に詰所の奥に帰っていく。

 これからターウェックは、同僚の下級騎士三人と手分けをしてオークの処理をすることになっていた。

 魔獣は不思議な習性がある。

 生きているうちは勇者が持つ聖剣や聖槍でないと、容易く致命傷を与えることはできない。

 だが、ひとたび生命活動を終えると、その身には刃がなんとか通るくらいになっていくのだ。


 魔物は騎士だけでも倒せなくはないのだが、時間がかかり、被害も出てしまう。

 ターウェックだけでこのオークを倒せるかと質問したら、彼は首を横に振るだろう。

 剣の腕に自信がないわけではない。

 毎日鍛錬を欠かさず、同僚との手合わせでも不覚を取ることは少なくなっている。

 だが、魔物となれば話は別だ。

 固く、しぶとく、とてつもなく力も強い。

 何より相手は、自分たちの命を狙ってくるからだ。


 彼は幼少の頃からウェルを見て、憧れて、騎士になることを決めた。

 騎士になれば一緒に仕事ができる。

 鍛錬を積めば、もしかしたら聖剣に認めてもらえるかもしれないということもあった。

 過去に騎士になり、鍛錬の結果、勇者となった人がいたことを聞かされている。

 それは騎士の間では伝説となっていたからであった。

 かく言う、伝説の正体はエルシーだった。

 聖剣エルスリングの名前にもなっているその人は、この国の騎士の憧れでもあったりするのだ。


 ウェルは討伐が終わり、部屋に戻って身繕いを済ませると、決まって騎士団詰所に立ち寄り、ひとりひとりに労いの言葉をかけてくれていた。

 小さな頃から憧れていた勇者様に、声をかけてもらえる貴重な時間。

 自分たちを、民たちを守ってくれるだけではなく、気にかけてくれていた。

 そんなウェルが、ターウェックは大好きだった。

 騎士の中にも勇者ウェルを嫌う者も少なくはなかった。

 ただ、彼のように好きだった者もそれなり以上にいたのである。

 そして何より、ターウェックはあの時の事件を信じてはいない者のひとりだったのだから。


 今の聖槍の勇者様は若い。

 羨ましくは思う。

 ターウェックだって男だ。

 勇者になることを夢見て、毎年、聖槍にチャレンジすることを欠かさなかったくらいだ。

 聖槍の勇者様は自分たちがあまり視界に入っていないのかもしれない。

 そう思うことがたたあったのだ。

 彼は剣術と槍術を共に鍛錬している。

 特に槍術だけなら、勇者様に負けたりはしない。

 ただ、聖槍を持った勇者様と手合わせをしたことがあるが、目に留まらない速度で襲ってくるそれを避ける術はターウェックにはなかったのだった。


 自分に足りないものがあるのは認めている。

 今課せられた仕事を全うするのも騎士の務め。

 そう自分に言い聞かせて、目の前のオークの処理を始めることにした。


 人型の魔物を処理するのは決して気持ちのいいものではない。

 人型でなくてもそうだからだ。

 オークの胸部分に解体用の短剣の鋭い剣先を沈めていく。

 少し力を入れると、あっさりと切れていくのだ。

 魔物の心臓近くに魔石が埋まっていることは、騎士の座学のときに教えられるものだった。

 縦に横に切れ目を入れていく。

 心臓が見えてきた。

 慣れた作業だとしても、気味のいいものではない。

 細かく刃をたてて、骨とは違う感触にたどり着く。

 オークの身体の大きさからは考えられない程小さな。

 手のひらの半分くらいの大きさの、赤く半透明な石が見えてきた。

 それを肉ごとえぐりとると、オークの処理は終わる。

 オークは食べられる部位も、使える皮もない魔物だから、この後、焼却処分とされるのだった。

 魔石の周りの肉を綺麗に落とし、布で拭うと詰所の魔石預かり担当へ提出する。


「お疲れ様。お預かりします」

「はい。よろしくおねがいします」


 ターウェックは騎士らしく一礼して出ていく。

 その後は同僚の作業を手伝い、皆の作業が終わると今日のお勤めは終了。

 やっと風呂に入り、食事にありつけるのだ。


 ターウェックと同じ気持ちの騎士は思うだろう。

 酒を手に労ってくれた、あの心優しい勇者はもういないのだ。

 『あのときは良かった』などと、口が裂けても言えない。

 あの人の聖剣は、今もまだ『休眠の台座』に眠っている。

 悔しければ、鍛錬を続けて残る聖剣に認めてもらえばいい。

 それしか、言いたいことを言える権利を手に入れる方法などないのだから。


 これが勇者の裏方、下級騎士の討伐の日であった。


▼▼


 一方、聖槍の勇者ベルモレットは、マナの消費のせいか、疲れて眠ってしまっていた。

 彼に与えられている部屋は、以前ウェルが住んでいた部屋。

 王城の中央にある、王家の者と同じ建物の一室。

 やり遂げた達成感か、それとも疲れ切って緩んでしまったのか。

 彼の寝顔はとても安らかで、見ていて飽きないものだっただろう。

 順番に様子を見に来ていたマリシエールとエリシエールの姉妹。

 今はマリシエールが治癒の魔法を流しながら、彼の額にかかった柔らかな髪を指でなぞっていた。


 治癒の魔法を使う聖女マリシエールも、少々疲れていた。

 ベルモレットのサポートのため、オークを抑えていた騎士たちの治癒を終えてからこの部屋に来ていたからだった。

 確かに彼はまだ勇者になって浅い。

 先代の勇者、ウェルのようにはいかないと騎士たちから聞いていたから仕方のないことだと理解はしていた。

 それにしても、騎士たちはあちこち怪我を負っていた。

 治癒の魔法で治療できる程度の怪我だったこともあり、大事には至らなかったがとにかくマリシエール自身、マナの消費がこれまでにない程だったのは事実。


 それでも、彼の可愛らしい寝顔を見ているだけで、今日の疲れなど吹き飛んでしまうような気がするのだ。

 彼女は魔法を使うから知っている。

 マナの消費による疲れは、治癒の魔法では回復しない。

 こうして寝て回復を待つしかないのを、彼女自身もよくわかっている。

 そろそろ彼女も限界だったのだろう。


「これくらい、いいわよね?」


 妹への抜け駆けになってしまうかもしれないが、ベルモレットの額に優しくキスをする。

 重い腰を上げ、自らもマナを回復するべく、自分の部屋へ戻っていくのだった。


「おやすみなさい。私の可愛い勇者様」


 ▼▼


 翌朝、ベルモレットが朝起きてこないのを知らせられる姉妹。

 彼はマナの消費が激しかったため、夕方目を覚ますのだが。

 まだ身体のできていない十五歳の少年でもある彼に勇者の責務を任せているのだから、仕方のないことだろうと医師も言っていた。

 だが、この国にいる誰もが気づくことはないだろう。

 彼にはまだまだ、過酷な試練が待ち受けている。

 ウェルのときは、監視所で発見される以前に魔物を討伐していたのだ。

 その時と違って、発見された魔物は育ってしまっている。

 そんな魔物を相手にするものだから。

 今回のオークもそうだが、強い魔物を相手にする分、その分マナの消費が激しかったのだということを。

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