王国サイド 新しい聖槍の勇者君は今。
この世界に住む人々は、人間も魔族もマナを体内に宿している。
もちろん、そのマナの
魔法が存在するこの世界。
そのマナの形により、使える魔法も使えない魔法もある。
すなわち、魔剣や魔槍を扱える者が持つ、マナの形も違うのだろう。
魔剣と魔槍を抜くことができた理由はおそらくだが、マナの形と扱えるマナの総量なのかもしれない。
以前エルシーがウェルに言った『マナを吸って、曲がらない、折れない、鋭さを増す』という言葉。
人間からマナを吸って、効果を発揮する魔剣と魔槍ならではのもの。
もちろん、エルシーが適合者を選んでいたわけではない。
ということは、『休眠の台座』から抜くことができた者は、魔剣と魔槍が求めるマナを持っていた。
逆に言えば、抜けなかった者は、必要なマナを持っていなかったと考えてもおかしくはないのではないか?
ここでひとつ疑問が残った。
ウェルが試したとき、魔槍は抜けなかったが魔剣を抜くことができた。
ということは、魔槍の方が必要とするマナの量が多かったのではないか?
魔石を扱うというマナの形は同じだと考えられる。
他の国ではわからないが、この国では誰も詳しく検証をしたわけではないから、何とも言えないのだ。
▼▼
一方その頃、ウェルを追い出してしまったクレンラード王国では。
ウェルがこまめに、この国では魔物と呼ばれているものを討伐してくれていたおかげで。
国の四方にある監視所から『魔物接近』の報告は上がってこない状況だった。
当代の魔槍の勇者、ベルモレット。
彼はウェルが勇者になった時と同じ、十五になったばかり。
そこそこ大きな商家の次男で、勇者だったウェルを小さい頃から見ていて憧れてはいた。
だが、槍どころか武器を持ったことなどはない。
なにせ彼は、兄を支えて商家を盛り立てていく予定だったのだろうから。
魔物の脅威の恐れも暫くはないだろうが、ゆっくりしてはいられない。
前の勇者であるウェルがいないからだ。
騎士団にも槍の使い手はいる。
その騎士がマンツーマンで槍の使い方を一から教えることになったのは仕方のないこと。
もちろん練習では通常の鉄製の槍を使用するのだが、これはベルモレットには重たく感じる。
『突き』『払い』『受け』『足運び』などの基本動作の型を何度も練習させる。
教えている騎士も『始めは仕方ないだろう』と思ってしまうくらいだ。
ベルモレットは十五歳。
若いだけあって吸収力は早いのだ。
ある程度型を覚えると、もくもくとひとりで練習する。
自分が勇者であることの責任感もあるのだろう。
多少辛くても、国を背負っている英雄はこんなことではへこたれるわけにはいかない。
自分の練習を美しい王女の姉妹、聖女マリシエールとエリシエールが見学しているのだから。
型の鍛錬の仕上げに、一日一度は魔槍を握る。
ひとたび魔槍を握れば、ベルモレットの動作は軽くなり、流れるような動作を可能になるのだ。
それもそのはず、彼のマナを吸い上げて『軽く』『折れず』『曲がらず』『鋭く』なるのだから。
鉄製の槍の数分の一の重量に感じる魔槍を奮うのは、快感を覚えるほど容易い。
その槍を奮うベルモレットの姿をうっとりと眺める王女の姉妹。
動作を止め、肩で息をするベルモレットに二人は近寄ってくる。
「お疲れ様です。勇者様」
「美しい動作でしたわ」
「あ、ありがとうございます……」
真っ赤に頬を染めたベルモレット。
マリシエールとエリシエールには、可愛らしく、将来美形の青年になるであろう彼の姿は、それこそ理想的な勇者像に思えたのだろう。
マリシエールが綺麗で香りのよい手拭いで彼の額の汗を拭いながら、あちこち疲労で傷む身体を治癒の魔法で癒してもらえる。
エリシエールの用意した、氷の入った冷たいお茶をいただいて喉を潤す。
香りがよく、とても美味しい。
彼もこれだけ上等な茶葉で淹れられたお茶は飲んだことはない。
口には出さないが、彼だって噂で知っているのだ。
彼女らのうち、どちらかが自分のお嫁さんになるかもしれないということを。
絶世の美女と、美少女の姉妹だ。
嬉しくないわけがないのである。
商家の次男だった頃の自分とは別の人生。
これほど幸せを感じたことは彼にもなかったことだろう。
▼▼
ウェルがいなくなって半月。
ベルモレットの槍の型が様になってきた頃だった。
彼に初の出動要請があったのだ。
南西側にある監視所からの通報だった。
数は三体。
比較的大きい二足歩行の魔物。
オークのように見えるとの報告。
ベルモレットにとって、初の討伐。
彼の背中には、聖女のマリシエールが見守り、両翼には騎士たちが討ち漏らしたオークに対峙するため準備がなされている。
もし怪我をしても、即座に聖女様が治癒をすると約束してくれている。
『初めての討伐だからって緊張する必要はないですよ』と騎士たちは笑顔で言ってくれた。
「ご無理をなさらず。できることを頑張ってくださいね」
「はいっ。マリシエール様」
マリシエールの抱擁で送りだされる勇者ベルモレット。
やる気は十分。
相棒の聖槍ヴェンニルも手にある。
負ける要素などない、そう思えてくる。
ウェルの時とは違い、騎士たちが引きつけ、ベルモレットがとどめを刺す手はずになっている。
オーク三体くらいはそれ程の脅威ではない。
だが、聖槍ヴェンニルでないと、簡単には倒れてくれないのだ。
それだけ魔獣は固い。
騎士たちの持つ鉄製の剣では、傷くらいしかつけられないのが実情。
それはウェルの時とは違い、魔物が育ってしまっているからだった。
基本、魔物は傷の治りが早い。
力も強く、凶暴だ。
オークは知能が低い方ではない。
魔族ではなく、魔物扱いだが、二足歩行で人の形をしている。
ベルモレットにとって、魔物を倒すのは実は初めて。
その初めての相手がオークだったのは最悪のパターンだっただろう。
いくら相手が魔獣だと知っていても、人に似た相手を倒さなくてはならないのだから。
「勇者様、今です。教えた通りにっ」
「は、はいっ」
騎士たちが抑えている間に、ベルモレットは聖槍ヴェンニルでオークの首を一突きする。
オークの身体に滑り込むように穂先が深く刺さっていく。
その瞬間、聖槍ヴェンニルに物凄いものを持っていかれるような感覚があった。
ただそれよりも強いもの。
魔獣を倒せるという手ごたえだ。
歓喜であり、快感にも等しいものだ。
それは新人の勇者には十分すぎた。
だが、一突きでは倒れてくれない。
さらに同じ部位に一突き。
軽くねじって隙間を開ける。
こう教えられたからだった。
また身体から何かが抜けて行く感覚。
それ以上に達成感も湧き上がってくる。
『グォオオオ』とうめきをあげ、ベルモレットを恨めしそうに睨みながら事切れていく。
彼はオークの目を偶然見てしまった。
その目には涙が浮かんでいるのだ。
それは恨みだろうか、それとも悔し涙だろうか。
騎士たちから歓声が上がる。
だがそんな暇はない。
あと二体オークはいるのだ。
ベルモレットは勇者としての役目を果たせている。
騎士たちが倒せないオークを二突きで倒せているのだから。
ようやく三体のオークの討伐が終わった。
疲れた。
両膝をついてしまう。
マリシエールが駆け寄ってきて、ドレスが汚れることを気にせず。
ベルモレットを両の手で抱きしめる。
「お疲れ様でした、勇者様」
「あははは。僕、やりました。頑張りました」
「えぇ。立派でした」
抱擁の暖かさと、治癒の魔法の相乗効果。
それは天にも昇る気持ちよさだっただろう。
ただ、この場にいる者も。
王国の誰も気づいていないことが一つだけある。
そう。
先々代、先代の勇者を守った守護神である、エルシーがここにいないこと。
ベルモレットから魔槍に流れるマナの量は、加減されていないということを。
彼は誰からも守られていないのだから。
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