第7話 仕事帰りにはお土産を買って。
『ウェル、後ろ』
「(はいよ)」
『次、右よ』
「(ほいきた)」
俺は片手で軽々と、あの聖剣のように新しく鍛えてもらった剣を振る。
なんでも、前に倒した狼のばかでかい魔獣って、毛皮が高く売れるらしいんだよね。
偶然だけど、首を落としたあれ。
高値で取引されたらしい。
すっごく感謝されちゃったんだよ。
今俺が退治してる魔獣は猪に似たこれまたばかでかい魔獣だ。
体高だけでも俺の目線くらいはありやがんの。
こいつね、肉が美味いらしい。
最初の日に食べさせてもらったスープにも入ってたんだって。
これの柔らかくて脂の乗ってる部位を、叩いてさらに細かく柔らかくしたんだってさ。
獣特有の臭みがなく、脂身もちょっと甘味があるんだって。
首から上をすっとばしてるから、その場で倒れて血抜きが始まる。
ただこいつさ、肉食獣なんだって。
見た目からはわからないもんだね。
イライザさんが教えてくれたんだけど、やっぱり魔獣って黒いマナにあてられた元獣が自然繁殖したものらしい。
猪に似てるから雑食らしいとは思ってたけど、こいつ、人も襲うらしいんだ。
だから定期的な駆除が必要なんだって。
その黒いマナってのは、よくはわからないらしい。
どこから溢れて、誰がバラ撒いているかも。
自然に沸いてるのか、それとも撒いてる生物がいるのか。
長年魔物を狩ってきた俺だけど、そんなことを考えてる余裕なんてなかったからなぁ。
「おし、こんなもんだろう。ひとつふたつ……、うげ。結構倒したな。早いとこ回収してもらわないと」
『お疲れ様、ウェル。今日も頑張ったね』
「(ありがとう。いつも助かるよ)」
俺は集落に戻ると、俺が『肉屋』と呼んでる、精肉を扱う商店の店主に回収のお願いをする。
「ウェルさん。いつもすまないね」
「いいんだよ。これが俺の仕事だからさ。美味い肉、頼むね」
「あぁ。捌いたら届けるからさ。皆にも安く提供できるから助かるよ」
「肉が安くなって、それで儲けが減らないならいいんじゃない? んじゃ、よろしく」
「お疲れ様ー。……あ、ウェルさん。魔石なんだけど、どうするかい?」
「魔石? あぁ、鍛冶屋の親父が言ってたやつね。名前は知ってるけどさ。俺、その使い道よくわからないんだ」
「ウェルさん知らなかったのかい? これは金貨と同等の価値、いや、それ以上の価値があるものも中にはあるんだよ」
「へぇ……」
俺は魔石の存在は知っていた。
けど何に使うものか、あの国にいたときは実物を見ることもなかったんだよね。
「こっち、我々魔族の領域ではね。専門の行商人がいるくらいなんだよ。この集落では鍛冶屋くらいしか使わないみたいだけど」
「そっか。俺じゃよくわからないから、
「わかったよ。族長さんに判断を仰ぐことにしよう」
「助かるよ、じゃ。肉お願いね」
俺が倒した魔獣のうち、肉や毛皮など再利用できるものは店の取り分を引いた分を俺に戻してくれるんだ。
それが今の俺の収入になってる。
実は、持ってきた金貨の数倍の金額になってるんだ。
何かあったときのために、半分を貯蓄に回し、半分を下宿代としてナタリアさんに渡してる。
最初は受け取ってもらえなかったけど、お願いし続けたらやっと受け取ってもらえたんだ。
押し付けてから受け取ってもらえるようになるまで、三日かかったんだけどね。
俺は軒を連ねる店先を見ながら、甘いものを売ってる商店にやってきた。
ここで果実を糖蜜に漬けたものが売ってるんだ。
薄く切った果実を一度干して、糖蜜につけて戻したものらしい。
これをデリラちゃんのお土産に買うのが習慣になってる。
喜んでくれるんだよ。
あの子の笑顔は本当に癒される。
あ、もちろんナタリアさんの照れた笑顔も俺にとってはご褒美だけどね。
それにしても魔石、……か。
鍛冶屋の親父さんだけじゃなく、肉屋の親父さんまでその話をするくらいなのか。
宝石みたいなものなのかな?
それにしては鍛冶の素材に仕えるってことだろう?
考え事をしながら、俺は部屋に戻ってきた。
いつものように、デリラちゃんのお出迎え。
「おじちゃんー」
「おう、ただいまデリラちゃん」
「んふーっ」
俺の足に抱き着いてくる。
青く綺麗な髪をわしわしと撫でると、目を細めて気持ちよさそうにしてくれるのが、可愛くて仕方がないんだよな。
靴を脱いで、デリラちゃんを抱き上げ、居間に入る。
俺が借りてる部屋は、イライザさんの息子さん。
亡くなったナタリアさんの旦那さんが若かった頃に使ってた部屋なんだそうだ。
集落に近寄ってくる魔獣を倒すのが俺の今の仕事だけど、それが終われば俺は案外やることがなくなる。
そういう意味では勇者だった頃とあまり変わらないんだよな。
居間にあるテーブルの前に座ると、俺の横にぺたんとデリラちゃんも座る。
こっちを見てるデリラちゃんと目が合うと『えへーっ』と笑ってくれる。
あぁ、これだけで一日の疲れが吹き飛ぶってもんだよ。
「あ、そうだ。はい、デリラちゃんお土産」
「あまあま?」
「そう。甘い果物を漬けたやつだよ」
「ままー、たべていい?」
すると炊事場の奥からナタリアさん。
「ウェルさん、デリラを甘やかさないでくださいね。この子、甘い物を食べると、ごはん食べなくなるんです」
「んー、それも困るな。じゃ、ちょっとだけだぞ?」
困ると言いながらも、俺は結局デリラちゃんに甘い。
「ままー」
「はいはい。ウェルさんが言うこと、きちんと守るのよ?」
「んー。ちょっとだけー」
そう言っておれの方を向いて、ひな鳥のように小さな口を『あーん』と開けて待ってるんだ。
その可愛らしい小さな口に、糖蜜の入った壺に漬かった果実をひとつ匙に乗せて。
「ほい。あーん」
「あーん。んくんく……。あまーっ」
両手でほっぺを押さえて、蕩けるような笑顔をくれるんだ。
なんだろう。
俺、親バカになっちゃったような気分だよ。
「ウェルさん、お茶をどうぞ」
「ありがとう、ナタリアさんもどうぞ」
「はい?」
「あーん」
「……あーん。んっ、甘くて美味しい、です……」
ナタリアさん、頬を真っ赤に染めてる。
なんともデリラちゃんとそっくり。
母娘なんだからそっくりなんだろうけど、可愛いな。
「あまー、ね? まま」
「そうね。美味しいわね」
そう言えば、デリラちゃんは今何歳になるんだろう?
聞いてみるか。
「ナタリアさん。デリラちゃんは、今年何歳になるんですか?」
「あ、はい。五歳になったばかりです。あたしが十六の頃の子ですので、その……」
あら、これは誤算だった。
ナタリアさんって今二十一歳なんだね。
「そっか、俺が三十四歳だから、ナタリアさんから見たらおじさんみたいなものか」
「いえ、ウェルさんはその。男性として魅力的、……だと思いますっ。あっ、あたしっったら、何を……」
そう言って小走りに炊事場に逃げ込んでしまったよ。
いやー、残された俺の微妙な立場。
どうすりゃいいんだろうね。
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