王国サイド ウェルの巻き込まれた事件の真相。 前編

 ウェルが鬼人族の集落で受け入れてもらえたことで、この物語は一段落を迎える。


 時は少し戻って、新年を祝う宴が行われた日。

 午前中には例年の通り、成人の義が行われた。

 そこではウェルが在任中でも、聖槍に対してのみ担い手への挑戦が許されている。

 ここ百数十年。

 聖剣の勇者と聖槍の勇者が同時期に現れたことはなかったはずだった。

 運命の悪戯か、それとも何かに仕組まれたものだったのか。

 おそらくは前者だったのだろう。


 クレンラード王国の第一王女であり、当代の聖女、マリシエール・ラドラ・クレンラード。

 同じく第二王女、エリシエール・リドラ・クレンラード。

 彼女たちはこの国の王女であり実の姉妹だ。


 今年に入って、父であるこの国の国王ロードヴァット、母である王妃フェリアシエルから提案を持ちかけられていた。

 それは決して強制ではない。

 『二人のうち、聖剣の勇者ウェルの妻になってくれたら助かる』というものだった。

 あくまでも『助かる』だ。

 それはウェルが引退した後、この国に留めておく口実でもあったのだろうが。

 ロードヴァットとフェリアシエルを実の兄、姉のように慕っていたウェル。

 二人はウェルのことを実の弟のように可愛がっていたのは事実。

 それにロードヴァットにとっては、数少ない飲み友達でもあるのだ。

 ロードヴァットがウェルに対して、『後任の指導をお願いしたい』と願うだけでそれは叶ってしまうのだろう。

 ただ二人としては、ウェルとの縁を紡ぎたい。

 自分たちの家族になって欲しいとの願いもあったのかもしれない。


 父や母の願いや思惑は、マリシエールとエリシエールの姉妹にうまく伝わっていない。

 確かにウェルはこの国にとってなくてはならない存在だっただろう。

 小さい頃から、それこそ生まれたばかりの頃から二人はウェルに遊んでもらっていた。

 ウェルは彼女たちにとって、いわばよく遊んでくれた『優しいおじさん』でしかなかったのである。

 父や母から聞かされていたこともあり、とても強くて頼りがいのあるおじさんだっただろう。


 彼女たちだって『政略結婚』という意味は重々理解していた。

 ウェルと縁を結ぶことで、この国は安泰を約束されていることも。

 もし次代の勇者が少し頼りなかったとしても、ウェルであれば二つ返事でサポートしてくれることだろう。

 それだけウェルが歴代勇者の中でも優秀とされていた。

 彼のおかげで、この国は過去にないほど、魔物の被害報告が少ない状態だったのだから。


 ただそこでひとつだけ歯車が噛み合っていない部分があった。

 政略結婚だとしても、ウェルはマリシエールとエリシエールにとって、あまり気乗りではない対象なのだ。

 ウェルへの対応は、父から、母から『強制』されたわけではない。

 ある意味二人は父母から甘やかして育てられた。

 王女という立場であれば、それは仕方のないことだっただろう。

 しかし、父も母も『優しすぎた』のである。

 だからこそ、嫌であれば断ってもいい、というスタンスだったからお互いに押し付ける形で譲り合ってしまったのだろう。


 そんなとき、彼女たちに転機が訪れた。

 『聖槍の勇者』が現れたのだ。


 国王王妃の父母の代わりに今年、成人の義に出席したマリシエール、エリシエール姉妹。

 その二人に、変な意味で希望の光が差してしまった。


 彼はまだ成人したばかりの十五歳。

 栗色の髪、二重で少し垂れ目。

 身長はウェルより拳一つ小さいが、身体つきは細くてもしなやかな筋肉がある感じで、頼りなくはない。

 何より可愛らしいのだ。

 将来、好青年になること間違いなしな勇者様が現れてしまったのだった。


 とんでもないことに、マリシエールもエリシエールも。

 その若い勇者様に目を奪われてしまった。

 姉妹だからこそ、男性の好みも同じ。

 彼女たちにとって、ストライクゾーンど真ん中の男の子だったのだろう。


 姉、マリシエールの部屋で、毎晩行われていた『ウェルの擦り付け合い』。

 その姉妹会議は議題が変わっていたのだ。

 『どちらが聖槍の勇者様を射止めても恨みっこなし』というものと、そのために必要な『いかにしてウェルに勇者を降りてもらうか』という残酷なものに。

 それを提案したのは、妹のエリシエールだった。

 姉マリシエールも、聖槍の勇者様に心奪われていたから、妹の提案に二つ返事で乗ってしまった。

 これがそもそもの悲劇の始まりだっただろう。


 そしてそれは実行に移されてしまったのだ。

 その計画は父も母も知らないことだった。

 それはそうだろう。

 姉妹だけの欲望の、願望の末の凶行だったのだから。

 父も母もお酒が好きなのを知っていた。

 新年を祝う宴では、一年に一度だけ二人は遠慮しないで飲むことも。

 そこでウェルは兄と姉のように慕っている二人からの酒を断ることもできない。

 その理由を知っていたからこそ、実行に移すことは容易いことだっただろう。


 あらかじめ手に入れていた、眠りを深くする薬。

 それは無味無臭で、飲みやすく。

 最近ウェルのことで悩まされていたエリシエールには、入手することは容易い物だったのだ。

 『ちょっと悩み事があって眠れないの』ということを、王宮の薬師に相談するだけのもの。

 王女が服用する薬だったからこそ、身体に負担のかからない天然素材が使われていたのだろう。

 ただ薬師は『お酒とは一緒にしないでほしい』とだけ言っていた。

 おそらくは薬効が強くなってしまい、その場で前後不覚に陥ってしまうからだったのだろう。


 父が飲みすぎて、母がそれにツッコミを入れる。

 父がウェルに酒を勧め、母は止めながらも同じように勧めてしまう。

 ウェルは元々酒は好きな方だったようで、断り切れないのと新年を祝う宴だったこともあり、いつも以上に飲んでしまったことだろう。


 宴もたけなわ。

 父が酔い潰れる一歩手前あたり、ウェルも心配して窘めようとしたときだった。

 その瞬間をエリシエールは見逃さない。

 この場にいるのは父と母。

 ウェルとエリシエール、マリシエールだけ。

 呼ばない限りは執事を含めた使用人はこちらへ来ないことを知っていた。

 ウェルと身体が交差したとき、エリシエールはウェルのグラスにその『無味無臭の薬』を入れた。

 父が『では、これを飲んだらお開きにしよう』と言った。

 母も『仕方ないわね』と。

 ウェルも『美味しいお酒でした。今年一年頑張らせていただきます』と、グラスの中身を一気に飲み干した。

 酔いつぶれた父を母が介抱しながら寝室へ連れて行く。

 マリシエールは少しふらふらになってしまったウェルに『今夜は飲みすぎでしたね。お送りしますわ』と肩を貸してウェルの私室へ。


 これで準備は整った。

 あとは数刻後に演技をするだけ。


 ウェルの覚醒に合わせて、マリシエールは自らの胸元をはだけ、衣装に乱れを演出し、髪をくしゃくしゃにした。

 エリシエールはマリシエールの化粧を手のひらで少しだけこする。

 マリシエールは目元を手でこすり、少し涙を滲ませた。


 五、四、三、二、一……。


 エリシエールはマリシエールに手でカウントダウンのサインを送る。

 零近くでマリシエールは膝を抱いてうずくまる。

 そして。


『──いやぁあああああっ! お姉さまっ!』


 これが聖剣の勇者、ウェルの身に降りかかった事件の真相であった。

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