第6話 集落で居場所を作ってもらえた。

 その場に暫くいたけど、魔物はあれだけだったみたいだ。

 集落の人たちが大事にならなくて済んだらしい。

 群れで来られたら対応に困るところだったよ。


「お騒がせしました。あとはお願いします。もし魔物、いえ、魔獣が来たら、今度はなるべく刺激をせずに門を閉めてください。その後、俺を呼んでくれたらいいです」


 歓声をあげる人、呆然とする人が見守る中、俺はその場にいた人に魔物の処理を頼むと、族長宅へと戻っていく。


 慌てて出てきたから、靴履いてなかったな。

 足の裏、じゃりじゃりいってる。

 きっと真っ黒になってるよな……。


「おじちゃん!」


 デリラちゃんは俺に飛びついてきた。

 俺は優しく受け止めると。


「ちょっと待ってくれな。足、汚れちゃったんだよ」

「……あの、これをお使いください」

「ナタリアさん、その。助かります」


 俺は水で濡らしてある軽く絞られた布を手渡された。

 玄関をくぐり、一段上がってるところへ腰かけると、丁寧に足の裏を拭いた。

 よし、こんなもんでいいだろう。

 ナタリアさんに『ありがとう』と言って、布を返した。


「ほい。デリラちゃんおいで」

「えへーっ」


 俺はデリラちゃんを抱きあげて、居間に戻った。


「すみません。お騒がせしました」

「……ウェルさん、と言ったかしら。あなたはいったい……」


 イライザさんはやはり、驚いた表情で俺を迎えてくれる。

 まぁこれで説明しやすくなったかもだわ。


「話の続きですね? 実は俺、人間の国で居場所をなくしてしまったんです」

「それはまた……。デリラが懐いているところを見ると、罪を犯した方には見えませんけれども」

「はい。ですが、人間の世界では俺は罪人つみびと扱いになっています。ところでイライザさんは、勇者という人間社会での、魔物を専門的に狩る存在をご存知でしょうか?」

「えぇ。聞いたことはあります」

「俺はその勇者だったんです。十五の歳から十九年続けていました。ですが──」


 俺は俺の身に起きたことを素直に話した。

 いずれバレてしまって、そのときに嫌われても仕方がない。

 ならばいっそ、この場でと思ったんだ。


「──とまぁ、そんな感じで人間の国、クレンラード王国を追い出されまして。他の国でもこの紋章……」


 俺はデリラちゃんをナタリアさんに預けると、胸元を開いて左肩を見せた。

 そこには魔法で穿たれた『邪竜の刻印』が記されている。

 黒い竜が二匹、絡み合うようにとぐろを巻いている。

 実に趣味の悪い柄だね、誰が考えたんだか……。


「これがあって、他の国でも門前払いをくらってしまったんです。それで魔族の国へ行こうと思いました。俺は金貨しか持ち合わせがなくて、小さな村ではおつりが出せないからと買い物を断られてしまう始末でした。それで、その。食料が尽きてしまいまして。行き倒れてしまったということなんです」


「そうでしたか。大変でしたね……」


 イライザさんの、ふにゃりとした、ちょっと可愛そうな子を見るようなそんな表情。

 あれ?

 ドン引きされてないぞ。


「あの、大丈夫なんですか?」

「えぇ。ナタリア、怖いと思いますか?」

「いいえ。全然」

「ぜんぜんー」


 わかってるのか、わかってないのか。

 真似してるだけかもね、デリラちゃんは。


「その印は人間社会だけに影響があるのですよね? でしたら、ここにいるといいです。ここではそのような印で差別することはありません」

「そう、ですか」

「えぇ。私たちは魔族の中でも鬼人族、鬼の末裔と呼ばれています。鬼と言っても昔と違い、私たちは争いを好みません。そのため、せいぜい自分たちを守ることしかできませんでした。ですが、ここ十年程からですか。前よりも魔獣が増えて、私たちも手を焼いている次第だったのです。魔獣は本来、あのような大きさにならないとされていました。昔は私たちでも駆除が可能だったのですが、あのように手強くなった理由はよくわかってないのです。……実は、私の夫と、息子。ナタリアの元夫ですね。二人は魔獣によって命を落としました。それは私たちを守るために勇敢に戦った証だと思っています」


 そっか。

 鬼の末裔の種族でも、魔物は手を焼いてたと。

 そういうことだったんだね。

 やっぱり勇者みたいなのはいないんだ。


 ナタリアさんは思い出しちゃったんだろう。

 デリラちゃんを膝の上できゅっと抱きしめていた。


「ままー。いたい」

「あ、ごめんなさいね……」

「ないちゃだめよー」


 よし、決めた。


「でしたら、お言葉に甘えます。俺もここで仕事をして生活することを考えようと思います。魔物を狩ることしか能のない俺ですが、俺にも何かできるかと思いますので」


 こうして、この鬼人族の集落で、俺は魔物改め、魔獣を狩る仕事を生業とすることになったんだ。


 ▼▼


 俺が持っていた金貨はこの魔族領でも通貨として使えるようだった。

 部屋を紹介して欲しいと頼んだんだけど、紹介されたところは。

 族長さんの屋敷での居候だった。

 もし魔獣が襲ってきたら、一番早く対処できるからという理由もあったんだが。

 一番の理由は、デリラちゃんに気に入られたかららしいんだよね。


 おかげで雨露をしのげるどころか、朝昼晩のごはん。

 洗濯から掃除。

 お風呂に至るまで、何やらせっせとナタリアさんが世話を焼いてくれる。

 デリラちゃんだけではなく、ナタリアさんにも気に入られたんだろうか?

 いや、俺としても嬉しいんだけどさ。


 ご飯を食べるときは何故か必ず、俺の膝の上にデリラちゃんが乗ってくる。

 軽いから別にいいんだけどね。

 可愛いし。

 俺も勇者になってなければ、子供くらいいてもおかしくない年なんだよね。

 だからそんな、家族団らんの真似事が味わえるのは嬉しく感じるんだ。


 あと驚いたことに、鬼人族を含む魔族と言われる人たちは、長命な種族が多いらしい。

 なるほど。

 言われてみれば、この集落にいる人たちは皆若く見える。

 女性に年なんか聞けないからわからないけどさ。

 ナタリアさん、もしかしたらそんなに若い子じゃないのかもしれないね。

 なんせほら、イライザさんが年齢不詳だし……。


 俺、あれから酒が怖く感じたんだけどさ。

 ここに来て半月くらいしてからかな。

 イライザさんが飲んでた酒がね、あまりにもいい香りがするもんだから。

 一杯だけもらっちゃったんだよ。

 そしたら驚いたわ。

 あっちの国で『超高級酒』って言われていた代物があるんだけど、それがまるで安い酒場の酒に思えるほど、香り豊かで味わい深く、それでいてそれほど強くないんだよ。

 なんでもこっちで取れる果物で作った酒で、それを寝かしたものらしい。


 この集落にも鍛冶屋さんがいてね。

 俺が使ってた聖剣と同じ形をの作ってもらったんだ。

 あれが一番しっくりくるからね。

 そしたらまた驚いた。

 エルシーは新しい剣にも宿れるみたいだ。

 なるほどね、と思ったよ。

 聖槍にも聖剣にも宿れるんだ。

 エルシーからしたら、器はなんでもいいんだってさ。

 おかげで振りやすい剣で魔獣を狩ることができるようになったんだ。


 そういや、鍛冶屋の親父が言ってたことが気になったんだよな。

 魔獣の心臓付近に結晶化してる石があるらしいんだ。

 それは魔獣の大きさや種類にもよるらしいんだけど。

 その石と金属を一緒に鍛えると、なにやら折れにくく粘り強い鋼が出来るって言ってた。


 俺は勇者になってから、数え切れないほど魔物を倒してきたけど、そんなものの存在は知らなかった。

 もしかしたら、勇者にも教えられていない事柄があるのかな。

 案外勇者を中心とした討伐の仕組みって、国の思惑も絡んだ闇が深いのかもしれないね。

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