46 エドガー視点:迷子でも散歩気分で

 「本当にここはどこなんですかね………」


 隣を歩くルーシーは、そう小さく呟く。

 俺とルーシーは先ほどまでいた花畑に向かって、森の中を歩いていた。


 道という道はなかったが、俺は自分が通ってきた場所を覚えていた。

 もとに戻るように、森の中を進んでいく。


 ちらりと横を見る。

 彼女の服はところどころ破れていた。怪我はないか尋ねると、彼女は何もないと言った。


 が、彼女の足元を見ると、擦り傷があった。草木で切ったのだろう。

 俺は魔法を使って、治した。


 光魔法を得意とするやつほど治癒魔法を使えないが、少しはできた。治癒魔法を練習していてよかったと思う。

 ルーシーは申し訳なさそうにしていた。


 いや、照れていたのか?

 ちょっと分からない。


 「エドガー様」

 「なんだ?」

 「どうやって帰りましょう?」


 心配そうな顔を浮かべるルーシーは、そう聞いてきた。

 帰ることは完全に無理というわけではないだろうが、すぐに帰ることはできないだろう。


 「やっぱりあの集落に行ってみますか?」

 「ああ、そうだな」


 花畑の先にはぽつぽつと家があった。きっとあそこは集落なはずだ。

 その集落にいた人にここがどこか尋ねて、馬車に乗せてもらって帰る。

 そして、2人で仲良く帰る…………いいじゃないか。


 が、俺は立ち止まった。


 ――――――おい、待てよ。


 迷子なら、ずっとルーシーと2人きり。

 いっそのこと、ここで暮らすのもありじゃないか。

 ここには何もないけど、ルーシーがいる。


 ルーシーだけがいるのだ。

 あのいらないキーランも、邪魔ばかりをするリリーも、紳士みたいなあのカイルもいない。 


 家を作って、2人で暮らす。

 いいじゃないか。最高じゃないかっ!


 「…………なぁ、ルーシー」

 「はい?」

 「迷子ままでもいいんじゃないか」

 「………………何冗談言っているんですか、エドガー様」


 というと、ルーシーに白い目で見られた。

 まぁ、そんな生活は俺の妄想。

 ルーシーには婚約者がいて、俺はその婚約者の弟。

 現状を見る限り、2人暮らしなんて、夢のまた夢だ。


 俺はふぅーと息をつく。


 だけど、今は楽しんでもいいんじゃないだろうか。


 「ルーシー、楽しんでいこう」

 「え? 突然なんですか」

 「俺たちは今散歩していると考えていこう」


 迷子でも散歩気分でいこうじゃないか。

 と話すと、ルーシーは。


 「はぁ………どこかいるのか分からないのに、ですか?」

 「ああ」

 「帰る場所がどこにあるのか分からないのに、ですか?」

 「ああ」


 心配そうな顔を浮かべるルーシー。

 そんな彼女に俺は笑いかける。


 「全てに気を張っていたら、疲れるしな。少しは楽観的に考えるのもいいんじゃないか。死ぬわけじゃないし」

 「死ぬわけじゃない…………」


 そうして、森を抜け、ようやく花畑へと出てきた。


 「せっかくこんな綺麗な花畑に来たんだ。ちょっとは楽しもうじゃないか」


 そう言うと、ルーシーはにっこりと笑みを浮かべる。

 可愛い笑みだった。


 「こうしてみると、ここの花畑は綺麗ですね」

 「ああ」


 彼女の紫の瞳は輝いていた。

 柔らかな風が、彼女の髪を揺らす。花弁を散らす。

 見たことはないが、彼女は女神様のように美しかった。

 服は破れていても、俺の目には彼女が輝いていた。


 俺は彼女の姿に、心を奪われていた。


 かつての俺、前世の俺はルーシーが推しだった。

 姉貴がある男性キャラクターが好きなように、俺もルーシーが好きだった。


 「なぁ、ルーシー」

 「はい?」


 だが、ここに来てからは、本物のルーシーと出会ってからは違った。

 俺は彼女に恋をしていた。好きがもっと大きくなった。

 大好きになって、そして――――――。

 

 俺は腰に手を回し、グッと抱き寄せる。


 「エ、エドガー様!? なにを!?」

 「俺はお前が好きだ。愛してる」


 俺は真っすぐに彼女見る。

 ルーシーもまた俺を真っすぐ見ていた。頬を赤く染めていた。

 だが、一時してルーシーは目を逸らす。


 「私には………」


 と答えようとしていた。


 「ああ、分かってる」


 彼女には婚約者がいる。

 ライアンはなんの理由でか分からないが、好意を持っていないのに、婚約破棄をしていない。


 でも、ステラが現れた今、いつか婚約破棄する時がくる。

 だから、その時には。


 「俺がお前を奪いに――」


 と言いかけた瞬間。

 周りが光始める。


 「――――――なにこれ?」


 真っ白な光に包まれ、俺は思わず目を瞑る。 

 しかし、ルーシーは離さない。さらに、ぎゅっと抱き寄せていた。


 少しして、光はおさまった。

 俺はそっと目を開ける。

 気づけば、アースの研究室に戻ってきていた。


 「ほら、戻ってきたよーん、って…………あれっー?」


 衝撃的なことを目前にしたように、ポカーンとこちらを見るカイルたち。

 そして、俺とルーシーは抱き寄っていた。

 俺と彼女との間はキスしそうなぐらい近い距離。


 「………………エドガー様?」

 「え? は?」

 「ギィャア――――!!」


 発狂したリリーが俺たちの方に飛び込み、ルーシーから俺を引き離す。

 そして、ルーシーを守るように、リリーは構えた。

 

 「エドガー様」

 「…………なんだ」

 「――――――金輪際、ルーシー様に近寄らないでください」

 「………………」


 女子とは思えないほどに、俺にガンをとばすリリー。

 口を開けっぱなしのカイル。

 とんでもない目で俺を見るキーラン。

 なぜか気絶しているルーシー。


 「あっはははっ――!!」


 そして、そんな状況に1人大笑いをするアース。

 カオスだった。

 最悪なほどにカオスだった。


 「なんか………すまん」

 「すまんで済むかっ――!!」

 

 その後、俺はカイルたち3人に4時間ほど問い詰められた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る