44 ティファニー

 青い空に、色とりどりの花が咲く花畑。

 そこに柔らかな風が吹き、花の香りを私たちに運んでくる。 


 「…………あはは」


 が、正直そんなことはどうでもいい。

 ここはどこ?

 私は誰?


 ………………いや、私は誰か分かるわ。


 私は私。ルーシー・イヴァ・ラザフォード。

 そして、隣にいるのは王国の王子、エドガー・ムーンセイバー。

 

 私たちは、アースの魔法石により、どこかに飛ばされていた。

 目の前には花畑が広がっているが、遠くの方に目をやると、畑が広がっており、ところどころに、家も見える。

 どうやら、田舎の花畑に飛ばされたようだ。

 

 しかし、田舎と分かっても、ムーンセイバー王国の田舎と、どこかの外国の田舎とでは大分話が違う。


 「どうしましょう、エド――」


 ――――――ねぇ、こっちにおいでよ。


 隣のエドガーに話しかけようとした瞬間、声が聞こえてきた。


 「え?」


 ――――――こっちにおいでよ。


 どこからともなく聞こえてくる女性の声。

 あたりを見渡すが、声の主は見当たらない。誰もいない。

 こっちって言われても………どっち?


 ――――――君の背後に森があるでしょ。


 背後?

 後ろ振り向くと、少し離れたところに森の入り口が。

 

 ええ、あるけど?


 ――――そこにさ、小さな小道があるから、そこを通ってちょうだい。そしたら――――。


 そしたら?


 その瞬間、リーンと鈴の音が響く。


 ――――――私に会えるわ。


 「エドガー様」

 「どうした、ルーシー?」

 「エドガー様、さっきから女性の声が聞こえるんです」

 「女性の声?」

 「聞こえませんか?」


 エドガーは目を瞑る。

 一時して彼は横に首を振った。


 「残念だが、俺には聞こえないな………」

 「そうですか……。私には『こっちにおいで』とか『森の小道を歩けば、私に会えるわ』とかって聞こえるんですけどね」

 

 ――――――ねぇ。そんな子、放っておいて、こっちにおいで。

 

 「と言われましても………」


 ――――――いいから、こっちおいでっ!


 すると、私の体が勝手に動きだしていた。


 「ちょっ、えっ!? え!?」

 「おい、ルーシー! どこに行く!?」

 「わ、私にも分かりません! 勝手に体が動き始めて」

 「体が勝手に動きだす? ちょっ、待て………」


 エドガーを置いて、花畑の中を猛ダッシュ。

 森に入り、陸上部のごとく駆けていく。

 一時走っていくと、開けた場所に出た。


 森の中はほとんど光が差し込んでおらず暗かったが、その場所だけは違った。

 日光がそっとあたり、木々を照らしている。


 そして、そこに1人の女性がいた。

 この人がきっと声の主……なんだろうけど。


 「はぁ…はぁ…」


 急に走らされるもんだから、疲れたわ。

 私は息をきらしながらも、彼女を見る。


 女性は腰まである綺麗な金髪をハーフアップにし、耳には滴のような水色のイヤリングをつけていて。

 古代ギリシャ時代のような白いドレスをまとっていた。


 「こうして会うのは久しぶりね、ルーシー」

 「………へ? あなたとお会いするのは、初めてですが」


 私が覚えていないだけ?

 まさか、どこかで会ったことがあるのかしら?

 

 「ねぇ、転生してどう? 結構経つけど」

 「え? あなたも私の転生のことを知っているんですか?」

 「ええ、だって私が神様だもの」

 「え?」


 神様?


 「神様って、あの神様ですか?」

 「ええ、そうよ。ほら、あのバカアースが話していたでしょう」

 「はぁ………あなたが神様………」

 

 これがアースの話していた女神様。

 めちゃくちゃ綺麗な人じゃない。ろくなことしか話さないって言ってたけど。


 彼女が大魔法使いか、それと同等の者と思っていた。


 脳に直接話しかけ、私の体を自由自在に動かす。

 簡単なように見えるが、結構高度な魔法技術、魔力量を必要とする。

 だが、彼女が女神様だというのなら、納得がいく。


 女神様ならなんだってできちゃうものね。


 「あなたは……いろんなことに対抗したものね」

 「…………対抗、ですか」

 「ええ、声が出なくなった時には、店を1人で探し回って、誘拐された時には、なんとか抗って、そして、学園に行かないという選択肢を一度は選んだ」

 「………………」

 「だけど、あなたの思い通りにはならない。少し違うみたいだけど、大筋はゲームの通り」


 女神様は足元に咲いていたフリージアの花を手に取る。


 「なぜかしらね。こんなに状況が違うのに」

 「………私にも分かりません」


 ゲームではルーシーの近くにカイルたちはいない。

 はっきり言って、ゲームとのルーシーとは異なる。

 なのに、肝心の婚約破棄はできない。


 ライアンとの縁を切ることができない。


 「あなたは抗わないの?」

 「何にですか」

 「運命に、ゲームのシナリオに」

 「………………」


 女神様はちらりと私の方に目を向ける。


 「死にたくないのでしょう?」

 「死にたくはないですね。長く生きていたいです」


 前世ではろくな死に方していないし。


 「でも、私が動いたところで、死を早めるだけなんです。だから――」

 「だから、諦めて、ゲームの通りに生きる、と」

 「はい」

 

 すると、女神様は「諦めるというのね、そうなのね」と小さく残念そうに呟いていた。


 「私、あなたに期待しないことにするわ」

 「………何か期待されていたんですか」

 「ええ、これでもあなたにかなり期待していたの」


 ウフフと笑う女神様。

 はて?

 私の何に、一体期待されていたのだろう?

 首を傾げていると、女神様は。


 「あなたがそういう決断するのなら、私はこれから一切期待しない」

 「いや、何に期待していたんですか」

 「ウフフ、それは秘密です」

 「えー」


 超気になるんだけど。


 「ともかく、私はあなたに期待しない。期待したところで意味はなさそうだからね………他の人に期待することにするわ」


 そう言って、彼女はフリージアの花をポイっと捨てる。

 そして、「でも」と話を続けた。


 「もし、私が全部全部仕組んだことだったら、あなたはどうする?」

 「…………」

 「シナリオに抗う? 私を殺してみる?」

 「………女神様を殺すなんてことできません」


 女神様を殺す?

 いやいや。

 そんな勇気も度胸もありません。

 それなら、一層ゲーム通りに生きる。ええ、そうする。

 殺すほうが寿命が縮まりそうだもの。


 と答えると、女神様は「あなたはそうよね」と小さく言った。


 「誘拐された時、あなたの抗っていた姿はよかったわ。正直あのまま抗ってほしかった」

 「抗ってたら、無理やり学園に行かされました」

 「なら、もう少し粘ればよかったのに」


 えー。

 あの王子相手に粘るって、胃に穴が空きそー。

 というと、女神様はウフフと笑う。

 その笑みはとっても美しかった。


 なんか、この女神様、思っていたものと少し違ったかも。

 もっと、こう……なんというか。

 厳かな感じをイメージしていたんだけど、思っていた以上に親しみやすい。


 「あら、あなたのお仲間が来たようね」


 すると、遠くから「おーい、ルーシー!」と私を探すエドガーの声が聞こえてくる。

 女神様は私の方に向き直していた。


 「私はあなたが長生きすることを祈るわ」

 「女神様が祈ってくれるのなら、絶対叶うじゃないですか」

 「………………ウフフ、そうかもね」


 そして、女神様は手をそっと振り。


 「それじゃあ………また会いましょう」


 背を向け、歩き出す。

 女神様は静かに、そっと歩いていた。


 「あの!」


 私は気づけば呼び止めていた。

 聞きたいことがあった。


 「あなたのお名前は?」

 「………名前?」

 「はい、女神様にもお名前があるかな……と思いまして」

 「ああ、そういうこと」


 女神様は少し考えていたが、一時して答えてくれた。


 「私の名前はティファニーよ。女神ティファニー。また、どこかでお会いしましょう、ルーシー」

 「はい!」


 ニコリと笑うと、彼女も笑い返してくれた。

 女神様の背が遠くなっていく。彼女が歩いていく先は光輝いており、何があるかは分からなかった。


 あっちには一体何があるのだろうか。


 そうして、私が歩き出そうとした瞬間。


 「ルーシー! 無事か!?」


 という声が聞こえてきた。

 振り向くと、そこにいたのはエドガー。

 彼は走ってきたのか、息を切らしている。


 「はい、大丈夫ですが………すみません。置いて行ってちゃって」

 「それは気にするな、それより誰かと会ったのか?」

 「あ、はい」


 女神様のことをふせて、1人の女性に会って少し話をしたことを、エドガーに報告。

 女神様に会ったなんて言ったら、おかしい人って思われるだけだし。


 「………それで、ここがどこか分かったのか?」

 「あ」


 私は今の状況を思い出す。

 私たち、あのアースのせいで迷子だった。


 女神様ならなんだって知っているのに。

 ここがどこかぐらいすぐに分かったはずなのに。

 名前じゃなくて、いる場所を聞くべきだったのに。


 ――――――何してんだ、私。

 

 そうして、私たち2人は森の中で再度迷子になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る