42 美少年と王子様 後編
気が付くと、目の前には緑色の芝生。
遠くには校舎が見える。
目を覚ました私だが、ぼんやりと眠気がまだ残っている。
が、こんなところで寝転がっているのを見られたら、周りになんと言われるか。
そう考えた私はゆっくりと上体を起こした。
一体、さっきのは何事だったのだろう。
アースと名乗る少年に転生者と言われて。
突然、首を絞められそうになって、殺されかけて。
———————————まさか、あれは夢だったのだろうか。
「ルーシー様」
「………………あれ、イザベラ」
私の近くに跪き、心配そうな顔を浮かべていたのは、侍女イザベラ。
そういや、さっきはイザベラに助けられたんだっけ?
「ルーシー様、お怪我はありませんか」
「ええ、ないわ。ただ、寝転んでいただけよ………それよりアースは? どこに行ったの?」
「それは私にも分かりません」
「そう………」
イザベラがそう答えるってことは、アースという少年は存在したってこと。
夢なんかではなかったのね。
と考え込んでいると、イザベラが話しかけてきた。
「あのルーシー様」
「なに? どうしたの?」
「差し出がましいことを言いますが、あの方と関わらない方がよろしいかと」
「………………」
あの方、というのはアースのことだろう。
イザベラは彼と何か話したのだろうか。
まさか、戦いになんてなってないだろうか。
「イザベラ。一応確認なんだけど」
「はい、何でしょう、ルーシー様」
「アースとは戦っていないわよね」
そう尋ねると、きょとんとするイザベラ。
そして、一時してウフフと笑みをこぼした。
「え? え? 私、何かおかしいこと言った?」
「ウフフ…………いえ、何もおかしいことは言ってませんよ。私が勝手に笑ってるだけです」
「なにそれー」
笑い続けるイザベラ。
私は何がおかしいのか、全く分からなかった。
「全く、イザベラはおかしな人ね」
「はい、私はおかしな人です」
「それで、アースとは戦ってないわよね?」
「ええ、戦っていません」
「その、彼と何か話したの?」
「………………まぁ、はい」
「なによ、そのはっきりしない返事は」
「ろくなことしか、話していないので」
「ろくなことって何よ」
「…………秘密です」
ろくなことしか話していないのなら、別に私に教えてくれたっていいじゃない。
と思ったが、イザベラが話そうとする気もなさそうで、私はこれ以上追及しないことにした。
「でも、あの方とお関わりにならないほうがいいですよ。特にルーシー様がお一人の時は」
「…………そういえば、私、アースに殺されそうになってたんだよね」
今回のことの発端は、私があの妖精を追いかけたことから始まった。
ルーシーが妖精を追いかけて、美少年に会うなんて話は、ゲーム上には存在しない。
そして、私の知る限り、大体アースなんてキャラは登場しない。
『ゲームと違うことをすれば、私を殺す』
今回のことはこういうことを言いたかったのだとしたら。
それが神様からのメッセージだとしたら。
私はまだ重い体を動かし、立ち上がる。
「ええ、彼とは関わらないことにするわ」
たとえ、悪役令嬢であっても。
たとえ、ゲームのような展開になっても。
私はできるかぎり生きていたいもの。
★★★★★★★★
次の日。
私はいつもの4人とともにいつもどおり教室へと向かった。
「ルーシー、君、昨日庭で寝転がっていたんだってね」
「…………なんで知っているのよ」
「噂になっていたよ、ラザフォード家のご令嬢が芝生の上でスヤスヤと眠られているって」
カイルから移動途中にそんな話をされる。
まさか、あれを誰かに見られていたなんて。しかも噂にまでなっているなんて。
周りには誰もいなかったのに。遠くで見た人がいたのかしら。
カイルからは噂のことに関して、「ルーシー、ラザフォード家みたいに学園を満喫しているみたいだね。良かった」なんて言われた。
別に好きであそこに寝ていたわけじゃないのだけど………。
まぁ、いっか。ミュトスのことよりかは大ごとではないのだし。
4人と雑談をしながら、教室に向かう。
が、教室はいつもどおりではなかった。
やけに騒がしかったのだ。
朝から誰かなにかやらかしたのかしら。
それで、公衆の面前で先生に叱責を食らっているのかしら。
だとしたら、どんまい。
なんてことを私は考えていたが。
聞こえてくる声はどれも女子の声。それも黄色い声だ。
おっ! おっ!
まさか、告白しているとか————!
と意気揚々と教室に入ると。
「やっほー! ルーシー!」
「え?」
違った。
告白現場ではなかった。
だが、何もなかったわけじゃない。
私の席には男子が座っていた。
あの美少年が座っていた。
なんであなたがここに、と聞こうとした時。
「お前なんでここに————」
エドガーが先に、彼に尋ねていた。
「やっほー、エドガー」
「………『やっほー』じゃない。なんでお前がここにいるんだ。研究室に閉じこもるんじゃなかったのか」
「そうするつもりではいたんだけどねぇ、ちょっと退屈しちゃってー。だから、僕は授業を受けることにしたんだー」
彼はエドガーの曖昧な問いに、そう答える。
エドガーと彼は面識があるの?
…………まぁ、会ってもおかしくないか。
彼、預言者って言ってたし。王子の1人、知り合いがいてもおかしくないか。
エドガーと話していた美少年は、こちらに向かって、手をひらひらと振る。
「お、お久しぶりです、アース」
「お久しぶりなんて、ひどいよー。昨日会ったばかりでしょ。それに、僕と君の間柄、かしこまらないでぇー」
そう言われてもな。
苦笑していると、カイルがそっと寄ってきて。
「ルーシー、知り合いなの?」
と耳打ちしてきた。
「あー、知り合いといえば、知り合い? 昨日会ったばかりだから、なんとも言えないけど」
「昨日、会ったのっ!?」
「うん、ちょっと偶然にね」
そう言うと、カイルは『僕がいない間にそんなことが…………』なんて呟いていた。
本当に偶然なんだけどね。
と話していると、アースは立ち上がり、私の前までやってくる。
立ち上がった瞬間の女子の黄色い声といったら。
ちらりと横を見る。
女子のリリーは、今にもアースにかみつきそうな顔を浮かべていた。
「ルーシー、君にちゃんと僕の名前を名乗っていなかったね」
「え? いえ、お名前は教えていただきました。あなたはアースで、よげ——」
「いいや、していないんだ。実は」
「え?」
何を言ってるのこの人。
すると、アースは丁寧に頭を下げる。
「僕はアストレア王国第7王子、王位継承権第10位アース・ステルラアリー・アストレア」
「えっ?」
は?
彼、王子って言った?
国賓レベルだったら、とか言ってたけど、あれ冗談じゃなかったのっ!?
予想外の自己紹介に、動揺する。
「改めましてルーシー、よろしくねぇー」
一方のアースは爽やかなにこり笑顔を浮かべていた。
そして、彼は私に右手を伸ばしてくる。
「よ、よろしくお願いいたします………」
私はから笑いしながらも、美少年の右手を取り、握手をした。
突然現れた預言者が隣国の王子様だなんて。
私の頭はオーバーヒートしていた。
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