33 結婚してください! 後編

 「————もしだ。もし、ライアンがカイルに気を向けてたら、アイツが婚約を破棄するまで、カイルには女装していてもらう」


 と静かに答える。

 リリーは少し考えこむと、


 「……………あーあ。なるほど」


 と小さく呟き、頷いた。

 だが、キーランは分かっていないのか、キョトンとしている。


 「リリー、な、なるほどってどういうこと?」

 「婚約破棄がより先にカイル女版が失踪してしまうと、破棄してくれない可能性が高くなるからってこと。つまり、ただのライアンの妄想だと周りに判断されちゃうかもってこと」


 「……………ああ、そういうことだ。だから、もし返事がOKされたら、破棄するまで女装して定期的にライアンアイツの前に現れてもらう……………まぁ、カイルが失敗すれば、キーラン。キーランが失敗すれば俺がそれをする」


 「うわぁ、僕、絶対それしたくない。定期的に女装とか……姉さんに見られれでもしたら……………最悪」

 「まぁ、カイルなら大丈夫だとは思う。なんだかんだ、ちゃんと女になってるし、大きなヘマでもしなかったら————」


 その瞬間、カイルの声が響く。


 「結婚してください!」

 「は?」


 俺は思わず声が漏れていた。

 カイル、何言ってんだ?

 結婚してください……………だと?

 

 いきなり何言ってんだ?

 予定では少し話して、仲良くなる、今日はそれだけでいいって言ったのに。


 横の2人も驚きのあまり、口を開けっ放し。


 「……………エドガー様」

 「……………なんだ、キーラン」

 「カイルあの人、何か変なことを言ったんですけど、いいんですか?」

 「……………よくない」

 「……………どうするんですか」

 「……………」


 このままではまずい。

 いきなりライアンもプロポーズされたって………。


 「……………えっと、君、今なんて?」


 ああ、ほら。アイツ、困ってるじゃないか。

 ライアンのことだから、きっと断る。もしくは何かの冗談だと思って、はぐらかす。

 

 「わ、私、殿下と一緒にいたいんです。結婚したいんです、そう言いました」

 

 しかし、カイルは堂々とそう答えた。

 カイルのヤツ、何を考えてる……………。

 すると。


 「うん、よしっ。これで行こう」


 そう呟いたキーランが、2人の元へと歩いて行く。


 「キーラン、お前、一体————」

 「お待ちください! 殿下!」

 

 止めようとしたが、時すでに遅し。

 美少女キーランは、カイルのプロポーズに乱入。

 最悪だ。カオスだ。


 「……………君、誰?」

 「申し遅れました。私は————キルメイン男爵家の娘キーラです」

 「………聞いたことがない名前だけど」

 「最近まで家で療養しておりまして、今日初めて王城に参りました。殿下、その女ではなく、私と結婚してくださいませ」

 「え?」


 困惑するライアン。

 頭を抱える俺。

 キーランもキーランで訳の分からないことを始めやがった。

 

 あーあ、マズいぞ。これ、どうにかしないとな。

 俺はリリーに頼んだ。


 「リリー、あの2人を回収してきてくれ」

 「えー」

 「お願いだ。その後は俺が何とかするから——」

 

 と言うと、リリーは少し考えこみ、「分かりましたよ」と渋々了承してくれた。

 そして、彼女もライアンの前に出ていく。


 「ライアン殿下、ごきげんよう」

 「次は誰が………って、君はスカイラー家のリリーか」

 「はい。殿下はここで何を? 私の友人と何かお話されていましたか?」

 「友人? 彼女たちが君の友人なの? まぁ、話していたと言えば話していたけど……………」


 すると、ライアンはリリーにこっちに来るよう言う。リリーは言う通り近くに行くと、ライアンは彼女に耳打ちをした。

 話を聞き終えたリリーは、すぐさまバッと頭を下げた。


 「大変申し訳ございません! この子たちは少々常識外れなところがありまして………私からしっかりと指導しておきます。ですので、今回のことはお許しください」

 「あ、うん」

 「本当に申し訳ございませんでした。ほら、あなたたちも頭を下げて」

 「リリー? 作戦は?」「…………」

 「いいから! 頭を下げて!」


 2人は何が何か分かっていなさそうな様子だったが、渋々頭を下げた。


 「ほら、行くわよ。殿下、では失礼いたします」


 そして、3人はこっちに戻ってきた。

 カイルは首を傾げ、キーランはぼっーと上を見ていた。


 「お前ら、作戦通りにやってくれよ。一体、何をしようとしていたんだ?」

 「何って……………作戦の通りにやってたよ?」

 「……………」

 「え? 僕、作戦通りにやってたけど……………もしかして、『結婚してください!作戦』じゃなかった? さっき、エドガー様がそう言ってたから、その作戦かと思っていたんだけど」


 カイルと返答に、俺は思わずため息をつく。

 コイツ、そんなにバカだったか? 

 頭がいいと思っていたんだが、変なところで抜けているんだな。


 「カイル。それは最終的に、だ。今日はその姿でライアンと仲良くなるだけだったんだ………それにお前がプロポーズするんじゃなくて、あっちから言ってもらえるようにする予定だった」

 「あー、そうだったんだ………ごめん」

 「それで、キーランはなんで乱入していったわけ?」


 リリーが尋ねたが、キーランはガン無視。聞こえていないフリをしていた。


 「……………」

 「なんで?」「なんでだ?」


 2人でキーランを問い詰める。すると、彼は不満気にこう言った。


 「……………さっさとこんな作戦終わらせたかったからでーす」


 キーランは頬をプクーと膨らませる。

 コイツ、そんなことを考えていたのか。

 もしかして。


 「お前が乱入する前、『うん、よしっ』とか言ってたのは——」

 「……………リリーが僕らこうを回収するなることを考えてたからでーす。大変なことになって、終わるかなーって」

 「お前……………」


 やる気がなさそうだったキーランが、あの時動いたのはそういうことだったのか。

 すると、キーランはパンと両手を叩き。


 「はい、じゃあ、この作戦は失敗! はい、終わり!」


 と勝手に宣言。

 そのキーランの勢いに俺たちは思わず圧倒される。

 この作戦、本当に嫌だったんだな。


 作戦終了宣言をしたキーランはくるりと背を向け、


 「さ、この服からさっさと着替えて、僕はさっさと姉さんのところに戻るよ」

 

 と言って、帰ろうとした時。

 リリーが彼の腕を掴んだ。


 「キーラン。まだ、終わってません」

 「終わったよ」

 「いえ、終わっていません」

 「終わったってば。さっきのはどう見たって失敗だったでしょ? 殿下は何が何やら分からない様子だったし」

 「確かにそうですね。カイルとキーランは失敗しましたよ。でも、エドガー様がまだ行ってません」


 「エドガー様がやったって同じことでしょ」

 「やってみないと分かりません」

 「……………エドガー様がやるとして、僕は必要? 帰ってもいいと思うんだけど」

 「見届けてやってください。エドガー様が一番最悪な失敗をしそうなので多分おもしろいと思います」

 

 おい。おもしろいってどういうことだ。

 リリーのやつ、俺が失敗する前提で話を進めているじゃないか。

 すると、キーランはこちらに向き直し。


 「……………分かった」


 と答えた。

 おい。なんで、それでとどまるんだ。

 

 「さぁ、エドガー様。行ってきてください」

 「……………行ってきてください、じゃない。さっきのキーランにした説明はどういうことだ」

 「ああ、あれは今適当に話しただけなんで、エドガー様は気にせず言ってきてください」

 「適当? 適当ならなんでキーランがここにとどま————ちょっ」


 俺はリリーに無理やり背中を押され、ライアンのところに行けと進められる。

 絶対リリーは何か企んでいる。

 

 「さぁ、行った! 行った! エドガー様はちゃんと作戦通りにするんですよ!」

 「………………あ、ああ。分かってる」


 う゛っ、こうなれば仕方ない。

 2人が失敗した以上、リリーが何を企んでいようと、俺がするしかないんだ。


 だが、俺が成功すれば、ルーシーの婚約破棄もワンチャンある。

 俺はライアンの方に向かって歩きだす。

 慣れないヒールのせいか、よろけそうになったが、なんとか歩けた。


 よしっ。

 いけるぞ。

 態度はカイルみたいに気品に。

 声は女の子みたいに高く。


 「こんにちは、殿下」


 いつも挨拶される令嬢たちのように丁寧に礼をした。

 そして、もういいだろうと思って、頭を上げると————。


 「え?」


 ドン引きしたライアンの顔があった。


 「き、君…………エドガー? 一体、君何をして——」


 最悪だ。

 俺の女装は一瞬で気づかれたのだった。


 背後から聞こえてくるくすくすと笑う声など、気にする余裕もなかった。

 アイツら、これが分かってて……………クソっ。お前らは絶対許さねぇぞ。

 特にリリー、お前は絶対に許さねぇ。



 

 ★★★★★★★★



 

 そうして、今回のエドガーの作戦(リリー原案)『結婚してください!作戦』は失敗に終わった。

 彼の作戦はリリーが言っていた通り、失敗は目に見えていたことだった。


 カイルたち4人は今回の失敗を反省し、十分に話し合い作戦を練り上げた。

 だが、以降の作戦も失敗となる。


 エドガー以外の2人が完全に女になりきる練習をし、実行した『第2弾結婚してください!作戦』。

 陛下や王妃などの周りから攻め込み、ライアンを婚約破棄せざるを得ない状況に落とす『婚約破棄包囲作戦』。

 一度は捨てた案だったステラを探し出しライアンと合わせる『キューピット作戦』

 など多くの作戦を立てては実行した。


 ————が、全て失敗。


 『キューピッド作戦』に関しては、ラザフォード家では姿を見たはずの主人公ステラを、王子であるエドガーが頑張っても、見つけることができなかった。


 また、4人の壁であるライアンはルーシーとの婚約破棄をする気はなさそうで、かといって、ルーシーとの距離を近づけようともしない。

 4人はそんなライアンがウザくて仕方なかった。


 一方、一度はカイルに傾いたルーシーは、例の事件以降いつも通りに戻っていた。

 誰に対しても同じ態度。誰かに想いを寄せている様子はなかった。


 そして、いつの日か、気になったカイルたちはルーシーに「ライアン殿下のことは本当に好きなのか」と尋ねた。

 すると、彼女は、


 「好意は持っておりません」


 と答えた。


 これはチャンスだと思った4人。

 カイルたちはそれぞれルーシーに猛アッタクしたが、彼女の心は動くことなく。


 そして、6年が経った————。

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