34 15歳になって
前世の記憶を思い出して、7年。
私、ルーシー・ラザフォードは15歳になり、そして、学園に入学する年を迎えていた。
何事もなく?すくすくと成長した私だが、6年前と変わらず、今日も本を読み漁っていた。
ふと窓の外を見ると、しんしんと雪が降っている。いつもの庭の景色は真っ白な世界に変わっていた。
外は屋敷の中と違って、凄く寒そうだが、屋敷の中も寒いのはかわりない。
今年の冬は思った以上に寒いのかもしれない。
思わず肩が震える。
寒すぎて読書に集中できないし、暖炉をつけてもらおうかしら?
でも、使用人たちも忙しそうだったわよね。
なら今、つけてもらうのは止めておいた方がいいかも。
そう考えた私は机の上に置いていたストールを肩にかける。
そして、本を片手に、そんな雪が降り積もってく様子を眺めていると、キーランが書斎にやってきた。
「姉さん、おはよう」
「おはよう、キーラン」
出会った当初、私と同じ身長だったキーラン。
しかし、彼はこの数年で成長し、すっかり変わっていた。
身長は私を越し、声変わりもして、立派な青年に。
ほんと、子どもの成長って早いわよね。
————まぁ、私も子どもなのだけど。
私の方もキーランと同じく成長した。
まっらいらだった胸は少しだけ成長。身長も一般女性並みに伸びた。
まぁ、でも、私の身長はもう伸びないでしょうね。
だけど、キーランの身長はまだ伸びている。男の子の成長ってこわ。
正直、もう伸びないでほしいのだけど。
そんな青年となったキーランは私の向かいの椅子に座る。
「あと2ヶ月経てば、学園に入学だね」
「そうね。結構あっという間だったかも」
前世の記憶を思い出してから、私は自分の死亡or追放回避のため、色んなことをした。ライアンに婚約を解消してもらえるようわざと嫌なことをしたり、逆に好きになってもらえるよう、気品のある令嬢を目指して努力したり。
でも、全部無駄だった。だから、私は諦めた。
そして、ルーシー・ラザフォードの運命を受け入れることにし、残りの人生を自由気ままに生きていた。
だが、そんな中、ゲーム上では攻略対象キャラとなるカイルたちと出会い、そして、色んなことをした。
一緒に勉強したり、湖に行ったり、お茶会をしたり。
私が開いたお茶会に関しては、最悪なものになったけど、まぁあれはあれでよかったのかなって思う。
あと、誘拐とかなんだかんだあったけど、彼らとの過ごした時間が意外にも楽しかった。
でも、入学すればそれも全て終わりなんだよね。きっと。
そんな憂鬱な将来を考え、遠くを眺めていると、キーランが尋ねてきた。
「姉さんは本当に学校に行きたいの?」
「え?」
「……………僕の勘違いならいいんだけど、姉さん、学園のことを話題にすると、なんか悲しそうな寂しそうな顔をするからさ。本当に学園に行きたいのかなって」
「……………」
本当は行きたくない。
行っても、ゲームみたいになるだけだし、いいことなんてない。
「姉さんは本当は学園に行きたくないんじゃないの?」
「……………まぁ、本当はね」
「なら、学園に入学しなくていいじゃん」
「そういうわけにもいかないのよ」
私は思わずため息をつく。
「……………一回だけ学園に入学したくないって話をお母様にしたの。でも、ダメだって言われた」
「……………」
「王子が入学するのに、王子の婚約者が学園に入学しないのはまずいだろうって言われたの。あと、学園での生活はあなたが成長するチャンスでもあると言われたわ」
「お父様はなんて?」
「ダメだって。理由はお母様と似たようなもの。学園では多くの人と関われる機会だから、行くべきだって言われたの。それに、学園の図書館もここと家と比べものにならないぐらいと書物があるから、そこで勉強すべきだって」
「……………そっか」
キーランはふぅーと息をつく。彼の吐いた息が白くなる。
「でも、姉さんは行きたくないんでしょ? じゃあ、それでいいんじゃない?」
「え?」
「『学園に行きたくない』、それが姉さんの意思なんでしょ? お母様やお父様の意見も分かるけど、それでいいんだよ……………実を言うと、僕も学園に行きたくなかったんだよね」
「キーランも?」
キーランはにこりと笑い、大きく頷く。
意外だ。てっきり学園に行きたがっているかと思っていた。
「だってさ、学園に行ったら、姉さんと過ごす時間が減っちゃうような気がして、なんだか寂しかった。でも、姉さんも僕も学園に行かなかったら、一緒に過ごす時間が減ることもないでしょ?」
「確かにそうね………………」
正直、キーランと過ごすのは楽しい。
キーランは勉強でもなんでも付き合ってくれるし、困った時はいつだって助けてくれる。
あと、美味しいお菓子屋さんの最新情報も知っている。
だから、私もキーランと同じ気持ちだった。
彼と過ごす時間が減ってしまうのは少し寂しいかも。
でも、もし、私が学園に行かなかったら、カイルたちはどうなるのだろう。
すると、キーランは、突然ぐっと顔を上げ。
「よしっ! 姉さん、お母様のところに行こう!」
そして、私の手を掴み、立ち上がった。
「立って、姉さん! お母様のとこに行こう!」
「え? 行こうって………え?」
「お母様に僕らが学園に行きたくないってことをちゃんと話すの!」
そして、私はキーランに、お母さまの部屋に連れていかれ。
「お、お母様!」
向き合っていた。
お母様は珍しく部屋にやってきた私たちに、少し驚いているようだった。
「どうしたの、2人揃って……………また、別荘にでも行きたいの? 今日はダメよ。雪が降り積もってて、外に出るのは危ないわ」
いいえ、お母様。そんな話をしにきたんじゃなくて。
と言おうとした時、先にキーランが話し始めていた。
「え、じゃあ、明日はいいですか? 僕、凍ったあの湖の姿を見たいと思っていたん——」
「ちょっとキーラン。そんな話をしに来たんじゃないでしょ」
「ごめん、ごめん、姉さん」
仕切り直し、私はお母様と向き合う。
「お母様、前にも話したことなのだけれど、私たち学校に行きたくないんです」
「……………私たち? もしかして、ルーシーだけじゃなくて、キーランも?」
「はい」
そう答えると、お母様は腕を組み、「うーん」と考え始める。
そして、一時して、ゆっくりと答えてくれた。
「前にルーシーには話したけれど、学園生活では色んな体験ができる。座学、魔法の訓練、そして、学友との交流————座学や魔法訓練は確かにこの屋敷でもできるけど、学友の存在がいるのといないのとでは違う、と私は考えてるの。多分、あなたたちのお父様も同じことを考えていると思う」
「「……………」」
「あと、周りの目のことだってある。ルーシー、あなた忘れがちなところあるけれど、あなたはライアン殿下の婚約者で、いつか王族になるの者なの」
それはゲームみたいにならなかったらの話。
私が王族になる日なんて絶対に来ないでしょうね。
だから、別に学園に行く必要なんて————。
「でも、その様子からするに、あなたたちは本当に本当に学園に行きたくないようね…………………その気持ち、分からないことでもないわ」
「え?」
お母様の意外な一言に、思わず目を見開く。
「私もね、行きたくない時あったのよ」
「え?」
お母様も行きたくないころがあったの?
そう尋ねると、お母様はコクリと頷く。
「ええ。私もあなたみたいに本ばかり読んでいたし、学園に行ったところで内気な私には友人なんてできないと思っていたのよ。おしゃべりもあまり好きではなかったしね」
おしゃべりが好きじゃない? 意外だわ。
今のお母様はいろんな方と繋がりを持っているから、そんなこと一切感じなかった。
「だから、今のあなたの気持ちは分からなくもないの」
優しく微笑むお母様。
彼女が言っていることはきっと本当なのだろう。
でも、私は一点だけ引っかかったことがあった。
「お母様のご実家は侯爵家だったんでしょう? それなら、すぐに友人なんてできそうな人だと思うけど」
お母様は今は公爵夫人だけど、ご実家も相当なところだったはず。そんなお母様の友人になりたいって人は、たくさんいたと思う。
だから、お母様レベルなら、一緒にいてくれる人はいくらでも作れる。
「…………そうね。うわべだけのご友人はできたかもね。まぁ、実際学園に行ってみたら、私はいい友人に恵まれたわ。あなたたちのお父様とも仲良くなれたしね」
と言って、お母様は嬉しそうに、笑みを浮かべる。
え? もしかして、お母様とお父様って政略結婚じゃなくて、恋愛結婚だったの?
意外だ。
お母様はパンと両手を叩く。
「ともかく、あなたたちが学園に行きたくないというのなら………いいわ。学園に行かなくても」
「「ほんと!?」」
「ええ、本当よ。お父様には私から伝えておくわ。陛下と殿下にはお父様がきっと伝えてくださると思う」
私はキーランと顔を見合わせ、思わず笑みがこぼれる。
キーランもとっても嬉しそうで、私に抱き着いていた。
う、嬉しいのは分かるが、キーランよ。
く、苦しいから、強いハグはやめてくれ。
お母様は喜ぶ私たちを見て、ニコリと笑う。
「でも、あなたたち。家にいてもしっかり勉強するのよ? できなかったら、まぁ………学園に行ってもらうわ。でも、あなたたちは1人じゃないし、しっかりしてるから、できるって信じてるわ。あ、座学だけでなく、魔法技術も磨いてちょうだいね」
「「はい!」」
学園に入学しないことに関して、お母様に許可を貰えた私とキーラン。私たちはお母様に全力の感謝をしてから、部屋を出た。
これで………これで、ゲームのようにならなくて済むんじゃないっ!?
学園に行かないっていうことはそういうことだし!
やったわ、私!
死なずに済む! 国外追放されずに済む!
グッジョブキーラン! グッジョブ私!
私は全力で叫んで、走り回りたいところだったが、その気持ちをぐっと堪える。
隣にキーランがいるしね。キーランが驚いちゃう。
まぁ、それにしても、よくやったわ。
ゲーム通りにならないようにするために、今までいろいろやってきたけど、遂にやっと!
あ————嬉しさのあまりに涙が出そう。
いや、これは出ちゃうわ。
「姉さん? どうしたの?」
ハンカチで目をぬぐっていると、隣を歩いていたキーランが私の様子に首を傾げていた。
「ちょっと嬉しくって」
「あ、姉さん、泣いてるの?」
「ちょっとね」
すると、キーランはえへへと可愛らしく笑う。
「僕も嬉しいよ。勉強に魔法、その他諸々のことを姉さんと一緒にできるなんて、本当に嬉しい」
「私もよ」
「でも、ちゃんとできなかったら、学園に行かされるから、そんなことがないよう、一緒に頑張ろうね! 姉さん!」
「ええ!」
キーランに微笑み返す私。
その時、私はあの言葉を忘れていた。そう、いつか言われたあの言葉。
『——の運命を変えることなんて無理なんだよ、ルーシー』
その言葉は私の頭から完全に抜けていた。
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