5 公爵家の子息様

 入学前のまでの婚約破棄を諦めて、数日が経ったある日のこと。

 私のところに1通の手紙がきた。

 差出人はカイル・アッシュバーナム。


 公爵家アッシュバーナムの子息からだった。

 

 カイル?

 もしかして、攻略対象者のあのカイル?


 差出人を確認すると、確かに私の名前が書かれてあった。

 間違いではない……………………なぜ私のようなところにカイルの手紙が?


 私の記憶が正しければ、ルーシーとカイルが初めて会うのはライアンや彼の兄弟が主催するお茶会。

 決して仲はよくはなく、ただ挨拶だけする程度の関係だった。


 まぁ、せっかくカイルから手紙を送ってくれたのだし、1回読んでみよう。

 私はナイフを使い、封筒を開封する。

 封筒の中には数枚の紙が入っていた。


 うん。

 なんか長そうな手紙だわ……………………。

 その手紙だが、こう書かれてあった。


 『初めてまして。ラザフォード家のご令嬢、ルーシー様。急なお手紙ですが、失礼いたします―――』

 

 て感じで、他愛のない文章が続いていた。

 が、ある一文が私の目に留まる。


 『突然ではありますが、ルーシー様のところへお訪ねしてもよろしいでしょうか?』


 え?

 私のところに?

 

 様々な疑問を浮かべながらも、私は先を読み進める。

 しかし、会いたい理由は特に書かれておらず、ただただひたすらに会いたいのだと書かれてあった。

 

 こちらも断る理由がないため、私は会うことを了承する手紙を出した。




 ★★★★★★★★




 カイルに手紙を出して数日後。

 彼はさっそくラザフォード家にやってきた。


 「こんにちは、ルーシー様」

 「こんにちは、アシュバーナム様」


 挨拶を交わした瞬間、爽やかな風が吹き、カイルの髪をなびかせる。

 艶やかな黒髪。

 そして、快晴の空のように透き通った水色の瞳。

 カイルはいかにも乙女ゲームの攻略対象者という感じであった。


 本当に綺麗だわ……………………。

 

 でも、随分と幼さがある。

 回想シーンでしか見たことがなかったけれど、幼少期のカイルはとっても可愛らしいかった。

 ヒロインちゃんの前に現れる時は、もっとこう大人っぽかったから、これから成長期を迎えるのかしら。


 そうして、私たちは散歩するため、庭へと出る。

 ラザフォード家の庭は恐ろしく広く、1時間散歩しても回り切れない。

 前世のもので表現するなら、学校の敷地ぐらいはあるのではないだろうか。

 ってぐらい広かった。


 私とカイルは話しながら、庭の中を歩いていく。

 

 「アッシュバーナム様」

 「なんでしょう、ルーシー様」

 「あなたの魔法を見せてくれませんか?」

 

 と頼んでみた。

 ゲームの中で見たカイルの魔法。

 それはそれは美しい物だった。

 

 ゲームであんなに美しかったのだから、リアルでは多分もっときれい。

 そして、私は少ししか魔法を使えない。全部の属性使えるけど、ほんのちょっと。

 魔法を使っても『え? 君、魔法使ったの? 今?』と言われても仕方ないレベルだった。


 だから、カイルの凄い魔法を一度生で見たかったよね。

 すると、カイルは私のお願いを二つ返事で了承。

 少し広いところに出ると、カイルは構え始めた。

 私はというと、少し離れた場所で見守る。

 

 「行きますよ」


 私はコクリと頷く。カイルはニコリと笑い、魔法を展開し始めた。

 そして、彼の前に現れたもの――――それは氷の彫刻。

 妖精が舞っている彫刻だった。


 カイルはどうぞと言わんばかりに、彫刻の方へ手を指し示す。

 好奇心でいっぱいの私はその彫刻に近づいた。


 「うわぁ…………」


 なんて綺麗なの。

 微笑む妖精は太陽の光に照らされ、キラキラと輝いている。

 思わず私はそれに向かって手を伸ばした。


 その瞬間、その彫刻はパリンと割れ。

 

 「綺麗…………」


 氷の結晶が舞う。

 晴れた日に見る氷の結晶。

 それは異様な世界だった。でも、美しかった。

 こんな綺麗な世界見たことがない。


 私は笑っていた。

 そして、勝手に踊り出していた。まるで子どもの頃に戻ったように。

 

 ――――――――――――この世界って綺麗なところもあるのね。


 「ウフフ、楽しんでもらえてよかったです」

 「あ」

 

 踊る私を見て、彼はニコリと微笑んでいた。

 …………うーん。

 10歳の男の子に笑われて、ちょっとなんか恥ずかしい。


 「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません」

 「いいえ、大丈夫ですよ」 

 「か、かなり歩きましたし、お茶にしましょうか」

 「そうですね」


 そして、私たちは庭でお茶をすることになった。

 なったのだが。

 

 …………はて、どうしたものか。

 カイルは私と会うなりニコニコ笑顔になり、キラキラした目でこちらをずっと見ていた。

 

 まるで、私が物珍しいかのように。

 私、宝石じゃないんだけど。珍しい動物でもないんだけど。

 そんなカイルの背後にいた執事。彼もまたどこかソワソワしていた。

 

 「僕はルーシー様にあるお話をしたくて、参りました」


 だよね。何も目的がないのなら、私みたいなやつに会いには来ないでしょうね。


 「えーと、それはなんでしょう?」


 でも、一体何の用だろう?

 悪役令嬢この私と友人になりたいとか?

 そんなわけないか。

 

 「突然の話ではありますが、僕と婚約してください!」

 「え?」

 

 こ、こんやく?

 カイルと婚約?

 

 私は驚きのあまり、『あ、あ…………』と呟くだけ。頭がぐちゃぐちゃで自分の言葉が出てこなかった。

 

 それは、それは嬉しいのだけれど。

 

 「申し訳ございません。私、あの、殿下と婚約しているんです…………」

 「え?」


 私の返事にカイルはフリーズ。

 そして、彼の顔は徐々に絶望へと変わっていく。


 「そんなバカな。まだ、9歳なのに」

 「アシュバーナム様も9歳ですよ?」

 「いや、そうなんだけど……………………」

 

 なにやら、ショックを受けたカイルは顔を俯かせ、ずっと横に首を振っていた。

 私もライアンとの婚約を破棄できれば、カイルと婚約をしたいわ。

 だって、カイルが私の推しだったもの。


 乙女ゲームのプレイしていた以前の私はどの攻略対象者は好きだった。

 もちろん、ライアンも。

 しかし、一番推していたのは他でもないカイル。 


 まぁ、今のカイルは子どもで、こっちは二十を超えた大人。

 子どもだし、もうカイル相手に恋することはないだろう。

 すると、さっきからソワソワしていたカイルの執事が言ってきた。

 

 「カイル様。私は何度もお伝えしましたよ。ルーシー様は殿下と婚約なさっていると」

 「そ、そんなはずない!」

 「ルーシー様の左手を見てください。アレがどういう意味を示すのかお分かりでしょう?」

 「そんな、そんなはずは…………」

 

 カイルは私の左の薬指にある指輪を見つめる。

 そして、小さな声で尋ねてきた。


 「ルーシー様、殿下との婚約は本当に本当なのですか…………」

 「はい…………申し訳ございません」


 そう答えると、またしょぼんとするカイル。

 私、別に悪くないのについ謝ってしまった。

 でも、こうして悲し気にされると、なんだか申し訳ない気持ちになるなぁ。


 カイルとはいつか敵対関係に近いものになる。

 それでも推しと仲良くしておくのはいいんじゃないのか?

 

 「カイル様、婚約はお受けできませんが…………その、私の友人になっていただけませんか?」

 「え?」

 「私にはそんなに友人がいません。こうして、カイル様にお会いできたので、よければでいいんです、友人になっていただけませんか? あ、もしカイル様が嫌と――」

 「はい! 友人になりましょう!」


 そう言うと、カイルは席を立ち、私の手を取る。

 

 「僕はルーシー様の友人になりましょう!」

 

 宣言するカイル。

 こちらに向ける彼の瞳はその日の中で一番輝いていた。


 ――――――――――――ああ。

 私が悪役令嬢じゃなくて、あの王子と婚約していなかったら、彼の婚約を受けるのに。

 でも、きっとこの世界はゲーム通りになる。

 私の終わりは追放か、死になる。


 きっとそう。


 私はカイルに対して、ニコリと微笑む。

 その瞬間、ぶわっと風が吹く。

 彼の瞳は上の空と同じように美しい空色。

 その瞳は私に希望を与えてくれそうに見えた。


 いくら希望を与えてくれたって、きっとゲーム通りになる。

 ………………きっとそうだから。

 

 だから、運命の日まで、カイルと日々を楽しもう。

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