戦いの前に

 稽古合宿を終えた日の夕方。美春は道場へと足を運んだ。扉を開けると奥から師範代の声が聞こえる。誰かと電話をしている様子のため壁にもたれかかりスマホをいじっていた。

 四人の写った写真を眺め短い時間であったが濃厚で貴重な体験ができたことを思い出した不思議と笑みがこぼれる。


「ああ、来てたのか。どれくらいまった?」

「さっききたばっかりです」

「そうか。――どうだった、忍びの里は」

「いろいろとありましたよ。赤城って子に振り回されちゃいました」

「あはははっ! そうなるだろうと思ってたさ」

 

 美春は師範代に忍びの里で起きたこと話した。熊と戦ったということに師範代は大いに笑った。弟子の危機を笑いながら聞く師に美春は呆れるもそういういつでもどっしりと構えた姿が惹かれたところだと再認識する。


「で、向こうの生徒には勝ったんだろう」

「もちろん。と堂々と言いたいところですが正直ギリギリで、どっちが勝ってもおかしくなかったです。こっちは木刀というリーチを持ちながらも接戦でしたから、センスは向こうのほうが高いかもしれません」

「ほぉ~、詳しく聞かせてみろ」


 晴海との戦いを椿から送ってもらった写真を交えつつ細かく話すと師範代は驚きはしなかったが感心したように言った。


「あっちも中々いいもんもってるじゃないか。この跳躍、ここの伸びた蹴り、筋肉がバランスよくついて体の動きを妨害していない。だが、話と写真を見る限り俺は美春のほうが上だと思うぞ」

「どうしてですか?」

「この子は晴美だったよな。晴美の攻撃は常に美春の攻撃の内側からかカウンターを尽きずらいように放っている。だが、そこで美春は合気や古武術といったものを組み合わせている。こういうときってのは自身の武器に固執するもんだが柔軟に対応できた。しかし、晴海は手法を変えずにチャンスを待った。変化、いや成長の早さが美春のほうが上だったのさ」


 美春が動きを変化させるのは一種の癖だ。それは型に忠実な桜との稽古がしみついたおかげでもある。完成された型の前に下手な変則的な動きはむしろ大きな隙を作ってしまう。しかし、美春には観察力と洞察力もあった。完璧な型のわずかな弱点をアプローチを変えて目まぐるしい攻撃をしかけることに特化していたのだ。

 今回の晴海との戦いでは、守りに対して変化を早く行い一瞬の隙をついたと師範代は判断した。


「合格さ。攻撃と防御、そのどちらにも対応が利く今の美春なら桜だって倒せる。だが、あいつだって完全に怠けてるわけじゃないだろうな」

「桜はすでに極致に到達しているような圧倒的なプレッシャーを感じます。正直、勝てるのか私にははっきり言えません」

「まぁ、仕方ないさ。勝率だけなら桜のほうが上だからな。でもな、例え達人でも剣を握っていなければ実力は衰える。それはお前も知ってるだろう」

「……はい」

「今のお前にやれることは、あいつを目の前にしたときに刀を振るうことに全力を出せるかだ。殺すほどの覚悟で行けば勝てる」


 美春と桜の間にできた溝は深かった。

 でも、決して悲観だけで済ませているわけではない。再会できるなら言葉を交わし以前のようにともに稽古をしたいとねがっている。だが、その前に同じ道場で刀を握り稽古をした者として、勝利を収めることがこれまでのわだかまり終わらせることであり、これからを始めるための儀式だった。

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