耳を研ぎ澄ます

 晴海が稽古に戻り美春が何をしようか悩んでいると里の一員である男性甘木あまぎがいい稽古場があると教えてくれた。倉庫から木刀を取ろうとするとすかさず日本刀を手渡す。


「これって本物ですよね」

「ああ、そうさ。いまからやる稽古は君なら日本刀でやったほうがいいと思うぞ」


 本物の刀を持つのは久しぶりだった。模擬刀は忠実に本物の重さと質感を再現していたが切ることはできない。しかし、今手に持っている刀はやろうと思えば人間でさえも一刀両断できる切れ味。模擬刀では感じることができなかった異様なプレッシャーを放っていた。


 場所は移り森の稽古場へ。

 ここは忍びになるものたちが普段使っている場所だ。木の枝にロープを結びその先端に軽くちょうどいい長さの木材を取り付け振り子のようにして避けたりカウンターを当てる稽古をするものだ。

 ゆらゆらと揺れる木材をみて美春は素直に言った。


「あの程度なら簡単に切れますし避けれますよ」

「はっはっは。頼もしいな。確かに君のとこの師範代ならそこまでのレベルまでできるようにしてくれるだろう。だが、君にはこれをつけてやってもらう」


 手渡されたのは頭部を一周できる程度の長さの布だった。


「もしかして目隠しですか」

「そうさ。俺ら忍びはそもそも隠れてる奇襲するタイプだからこれをあまり必要としていないが、君のような侍タイプは俺らみたいな忍びの奇襲を受けるためにこういうことも必須なわけだ」

「いや、今何時代だと思ってるんですか」

「まぁ、そういわずに。君、今はゲームの大会に出てるんだろう。赤城から聞いたよ。リアルなゲームならこういう稽古も案外力になるはずさ」

「そういうことなら……」


 しぶしぶ目隠しをするとわずかに光が入り込む程度で視界はほぼないに等しい。

 木を視認できるならば簡単に避けられるし当てられると思っていたが、目隠しにはどこか息苦しさも感じわずかならが恐怖さえ感じていた。

 甘木に振り子の近くでまで案内してもらいまずは視界がない状態での切断をしてみることになった。


「どうだ、案外わからないもんだろう」

「案外というかまったくわかりませんよ。音は聞こえますけど一振りで仕留めないと返ってきた木に当たってしまう。距離感がさっぱりです」

「最初はそんなもんさ。時間かけていいからやってみな」

「なんとかします」


 美春はまず音に耳を集中させた。人間というのは不思議なもので五感の一つが封じられるとそれを補うようにほかの感覚が優れるようになる。目の見えない人間は聴覚が優れ音の反射で障害物を認識しさけることができるほどに。

 しかし、目隠しの稽古など初めてやったことはない。いや、正確に言えば似たような稽古をした経験はあった。まだ桜がいたころ、道場に人が多かった時でも美春と同等以上の実力をもったのは師範代を除けば桜しかいなかった。

 そんな中、桜が稽古に出られない状態でもしっかりと稽古をできるように発案したのが視界の外から迫る相手を捉える練習。相手の足音や服の擦れる音から場所を察知し瞬時に振り向き一本を取る。現代において特に日本ではこのような稽古は襲われた時にしか使えない。しかし、意識を集中させるコツをここで学んだのだ。


(呼吸さえもノイズとして処理して周りの音だけを聞くんだ。標的は常に動いているがその動きは一定。あずかに遮られる光の瞬きはギリギリ感知できる。一撃で仕留める!)


 振り子運動の影響でとめどなく動くロープの音に一定の間隔、木のしなる音、通り過ぎる際のわずかな風、これらをすべて把握し完全に仕留める瞬間を見極める。

 その時、わずかに小さく軽い音が耳に入る。


「――いまだ!!」


 刀を鋭く一振り。

 確かな手ごたえを感じ一歩下がり目隠しを取ると、両断された木材が落ちてあった。


「へぇ~。やるじゃなない。どうやって切った?」

「ちょっと卑怯だったかもしれませんが少しだけ別の音が耳に入ったんです」


 そういうと辺りを探し拾ったものは葉っぱだった。

 

「たぶん、これが当たった音です。これが右側から聞こえたんです」

「だが、当たっただけなら右に向かう時に当たったのか左に向かう時に当たったのかわからないだろう」

「案外そうでもないんです。振り子運動は端に行けば行くほど勢いが落ちます。だから、端に向かうタイミングで接触したなら音が小さいかならないはずです。でも、聞こえたのは確実にパサリと接触した音。だから、刀を振ったんです」


 異常なまでの環境把握能力に忍びの甘木は正直驚いていた。自分らでさえもそこまでの察知能力を身につけるのに時間はかかる。この里で若くしてその能力に長けているのは唯一赤城のみ。さらに、年齢が衰えれば耳も悪くなり全盛期というのは案外短い。時代が違えば美春は侍としてエキスパートになっていたかもしれないと驚いた。


「でも、もう少し稽古すれば目隠しでも見切れるはずですよ」

「いうねぇ。だったらやってもらおうじゃないの」


 それから数分後のことである。

 稽古を終わらせた晴海と里のお手伝いをしていた椿がやってきて常軌を逸したその稽古姿をみて唖然とした。


「ねぇ、普段からあんなにすごいの」

「わ、私も初めて見たよ。普段稽古するとこなんか見たことないし」


 一つの振り子に対応するどころか三つの振り子を避けつつ木材を完全には切らず傷をつけるというすさまじい稽古を行っていた。


「なにあれすごいね~。私でもあれは簡単にできなかったよ」


 いつのまにか晴海たちの後ろに立っていた赤城もこの状況には驚きを隠せなかった。


「異常なまでの戦闘センスってやつだねぇ。2、300年前くらいに生まれてたら最強の武士だったんじゃない」

「ほんとそれありそうだね」

「まったく、むこうの師範代どんな稽古つけてんのよ」


 それぞれの稽古も終わり日が落ち始めた。

 

 美春、椿、晴海は近くの温泉の場所を教えてもらい向かった。温泉は森に堂々と掘られており岩で周り形成して入りやすくされていた。近くには脱衣所としての小屋があり三人は服を脱いでゆっくりと温泉に浸かる。


「はぁ~これだよこれ! 汗を流した後の露天風呂。これこそ生きててよかったって感じる瞬間だよ」

「椿はずっと温泉入りたがってたもんね」

「私、温泉入ったことないからたのしみだったんだよね~」


 すると、晴海が神妙な表情で美春のほうをみた。


「どうしたの?」

「あのさ。まだあってからそんなに経ってないのにこういうのを聞くのはどうかと思うんだけど」

「別になんでも聞いていいよ。そういうの気にしないし」

「なら、遠慮なく。――胸でかくない?」


 想像していなかった質問に美春は固まってしまった。

 だが、椿が横で強くうなずいた。


「ほんとそうだよね! さっき胴着着てるときこんなになかったよ!」

「あ、あれはさらしを巻いてただけだって」

「にしてもその中にそんな大きなものが入るなんて人類の神秘ってやつよ」

「制服だと大きく見えるよね」

「余計なこと言わなくていいの!」


 心地よい風と穏やかな蝉の鳴き声が聞こえる森の温泉で三人は高校生らしく楽しく話し交流を深めた。本来は交わることがないゲームで出会った少女たち。それは奇跡か偶然か、それとも必然か。

 ゲームになれば倒す相手だが現実世界ではそんなことも一切忘れた少女たちの声が森を彩った。

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