5
「へえ、狸塚先輩にそんな才能が……」
公園に向かいながら、倉科先輩と並んで歩く。
その間、先程話題に上がった能力や可能性の話になった。
「文化祭の時はスターだったね」
「私も見てみたかったです」
昨年の文化祭。倉科先輩のクラスは、お化け屋敷をしたそうだ。
その際、小道具係だった狸塚先輩の作り出す小物がリアルだと、クラス内で評判になったらしい。
骸骨やお札など、ディテールに至るまで精巧に作られていたために、もしかしたらメイクも上手いのでは? と誰かが言い出した。
謙遜しながらも断ることができなかった彼女は、周りに言われるがままお化け役の子の腕に傷メイクを施した。
それがまるで本物の痛々しい傷に見えたために、彼女はメイク役に抜擢され、文化祭は大成功に終わったそうだ。
「メイクなど、普段したことはなかったと言っていた」
「それなのに……いつどこで才能が開花するか、わからないものですね」
「そうだね。何事も挑戦してみることが、新たな自身を知るきっかけになると僕は思っているよ」
三年生の文化祭は、基本的にステージを使う時間を与えられる。そのため、舞台劇を行うクラスがほとんどだ。
今年もまたきっと、狸塚先輩はキャストのメイクを担当するのだろう。
そう思うと、今から楽しみだった。
「さて、着いたね」
「ここが、例の公園……」
閑静な住宅街の一角に設けられた公園。その入り口に、私たちは立っていた。
駅から歩いて、十分も経っていないだろう。さほど広くもないが、中では小学生だろうか、子どもたちが遊んでいた。
五分の二ほどの大きさに滑り台や砂場があり、残りのスペースは広く空いている。
バトミントンやキャッチボールくらいならば、余裕でできるだろう。
横には通路があり、駅までの道と住宅街への道とをそれぞれ繋いでいた。
「角を折れたら消えたと言っていた……この辺りのことだろうか」
「帰り道だったらしいので、きっとそうですよね」
駅を背に歩いてきたはずの狐崎会長。同じ視点に立って、公園を見る。
住宅街への道へ繋がる通路を歩いて行くと、一度角を折れる形になる。
おそらくこの通路を、ドッペルゲンガーは歩いて行ったのだ。
そうして追いかけていくと、一本道だというのにその姿は忽然と消えていた。
たとえそっくりな人間がいたとして、こうも都合良く消えられると、それだけでオカルト味が増すというものだろう。
「ふむ……かくれんぼが上手いのかもしれないね、ドッペルゲンガーは」
「かくれんぼ、ですか?」
生徒会長の足取りを辿って角を折れた倉科先輩が、何やら含みのある笑みを浮かべている。
割といつもの笑みと変わらない気もするが、言葉にからかいの色が滲んでいた。
「通路ではないが、人が一人通ることのできる隙間があるよ」
「本当だ。ここから出入りしたら、ショートカットできますね」
開けたスペースの一角。ベンチが端に並ぶそこに、歩道と繋がっている場所がある。
花壇があるものの、幼い子どもでもない限り、軽々と跨ぐことはできるだろう。
「じゃあ、消えたのって……」
「ここから入り、身を隠したのかもしれない。しかし、本当にパッと消えたのかもしれない」
「……まだ、何とも言えないってことですね」
「そういうことだね」
しかし、超常現象と片付けるのも時期尚早と言える。
人間説か、超常現象説か。
まだどちらかに決めることは、できそうもなかった。
「おや、フクロウちゃんだ」
「本当だ。じゃあこの自転車、神代先輩の物ってことですね」
ちょうど私が立っていたスペースの、その隣に自転車が一台停められていた。
やっぱりよく見る普通の自転車だ。これがあの猛スピードを出して走っていたなんて……。
神代先輩の脚力に言葉を失っていると、彼女がこちらへ戻ってきた。
その顔は刹那「げっ」という言葉とともに、歪められる。
「性懲りもなく来たのか……暇だね、お二人さん」
「おや、そう見えるかい? フクロウちゃん」
「その名で呼ぶなって言ってるだろ。ったく……」
「何だかご機嫌斜めだね。収穫はなかったのかな?」
むくれる神代先輩に、少し不思議そうに問いかけて、倉科先輩は首を傾げていた。
言葉を受けた先輩はポニーテールを揺らしながら、自転車に手を掛ける。
「どうも雲行きが怪しい」
「え?」
「あたしは、この件を降りることにする。じゃあね」
颯爽と、後ろ手を振りながら去って行く神代先輩。
片手運転なのに、あのふらつきのなさ……さすがです。
じゃなくて!
「行ってしまったね」
「先輩、突然どうしてしまわれたんでしょうか」
雲行きが怪しいって言っていたけれど……。
ちらりと見上げた空は、清々しいまでに晴れ渡っていた。
「何か掴んだのかもしれないね。フクロウちゃんの『お友達』が手がかりを教えてくれたのかも。そうしてそれは、彼女の望む結果ではなかった」
「え……」
その「お友達」って、やっぱり人間じゃない何か?
神代先輩は見える人だって聞いていたけど、こうも匂わされるとドキドキしてくる。
しかし、望む結果ではないってことは……。
「もしかして、ドッペルゲンガーは存在しない?」
「あのフクロウちゃんが降りたのだから、そういうことなのだろうね。これは、超常現象ではないドッペルゲンガーの仕業だ」
超常現象ではないドッペルゲンガー?
ということは……。
「目撃されたのは、人間?」
「そう……説明のできないものではないということだ」
「じゃ、じゃあ、この近くに住んでいるだけの、ただのそっくりな人がいるということですか?」
「それはどうだろうか」
「え?」
にやりと口元を歪ませる倉科先輩。
どうかなって……他に、いったいどんな可能性があるというの?
「え?」
戸惑いながらもふいに顔を上げた、その時だった。
がさっという音と共に、一人の女生徒と目が合った。かと思いきや、垣根にカバンがぶつかるのも気に留めずに、背を向けて彼女は走っていく。
同じ学園の制服を着ている人だ。こちらを窺うように見ていた。
「あれは……」
「ハトちゃん?」
ダッと追うように駆け出す。
しかし、私にはこの辺りの地理が頭にない。駅周辺ならともかく、こんな住宅街に来ることがないからだ。
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