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「へえ、狸塚先輩にそんな才能が……」

 公園に向かいながら、倉科先輩と並んで歩く。

 その間、先程話題に上がった能力や可能性の話になった。

「文化祭の時はスターだったね」

「私も見てみたかったです」

 昨年の文化祭。倉科先輩のクラスは、お化け屋敷をしたそうだ。

 その際、小道具係だった狸塚先輩の作り出す小物がリアルだと、クラス内で評判になったらしい。

 骸骨やお札など、ディテールに至るまで精巧に作られていたために、もしかしたらメイクも上手いのでは? と誰かが言い出した。

 謙遜しながらも断ることができなかった彼女は、周りに言われるがままお化け役の子の腕に傷メイクを施した。

 それがまるで本物の痛々しい傷に見えたために、彼女はメイク役に抜擢され、文化祭は大成功に終わったそうだ。

「メイクなど、普段したことはなかったと言っていた」

「それなのに……いつどこで才能が開花するか、わからないものですね」

「そうだね。何事も挑戦してみることが、新たな自身を知るきっかけになると僕は思っているよ」

 三年生の文化祭は、基本的にステージを使う時間を与えられる。そのため、舞台劇を行うクラスがほとんどだ。

 今年もまたきっと、狸塚先輩はキャストのメイクを担当するのだろう。

 そう思うと、今から楽しみだった。

「さて、着いたね」

「ここが、例の公園……」

 閑静な住宅街の一角に設けられた公園。その入り口に、私たちは立っていた。

 駅から歩いて、十分も経っていないだろう。さほど広くもないが、中では小学生だろうか、子どもたちが遊んでいた。

 五分の二ほどの大きさに滑り台や砂場があり、残りのスペースは広く空いている。

 バトミントンやキャッチボールくらいならば、余裕でできるだろう。

 横には通路があり、駅までの道と住宅街への道とをそれぞれ繋いでいた。

「角を折れたら消えたと言っていた……この辺りのことだろうか」

「帰り道だったらしいので、きっとそうですよね」

 駅を背に歩いてきたはずの狐崎会長。同じ視点に立って、公園を見る。

 住宅街への道へ繋がる通路を歩いて行くと、一度角を折れる形になる。

 おそらくこの通路を、ドッペルゲンガーは歩いて行ったのだ。

 そうして追いかけていくと、一本道だというのにその姿は忽然と消えていた。

 たとえそっくりな人間がいたとして、こうも都合良く消えられると、それだけでオカルト味が増すというものだろう。

「ふむ……かくれんぼが上手いのかもしれないね、ドッペルゲンガーは」

「かくれんぼ、ですか?」

 生徒会長の足取りを辿って角を折れた倉科先輩が、何やら含みのある笑みを浮かべている。

 割といつもの笑みと変わらない気もするが、言葉にからかいの色が滲んでいた。

「通路ではないが、人が一人通ることのできる隙間があるよ」

「本当だ。ここから出入りしたら、ショートカットできますね」

 開けたスペースの一角。ベンチが端に並ぶそこに、歩道と繋がっている場所がある。

 花壇があるものの、幼い子どもでもない限り、軽々と跨ぐことはできるだろう。

「じゃあ、消えたのって……」

「ここから入り、身を隠したのかもしれない。しかし、本当にパッと消えたのかもしれない」

「……まだ、何とも言えないってことですね」

「そういうことだね」

 しかし、超常現象と片付けるのも時期尚早と言える。

 人間説か、超常現象説か。

 まだどちらかに決めることは、できそうもなかった。

「おや、フクロウちゃんだ」

「本当だ。じゃあこの自転車、神代先輩の物ってことですね」

 ちょうど私が立っていたスペースの、その隣に自転車が一台停められていた。

 やっぱりよく見る普通の自転車だ。これがあの猛スピードを出して走っていたなんて……。

 神代先輩の脚力に言葉を失っていると、彼女がこちらへ戻ってきた。

 その顔は刹那「げっ」という言葉とともに、歪められる。

「性懲りもなく来たのか……暇だね、お二人さん」

「おや、そう見えるかい? フクロウちゃん」

「その名で呼ぶなって言ってるだろ。ったく……」

「何だかご機嫌斜めだね。収穫はなかったのかな?」

 むくれる神代先輩に、少し不思議そうに問いかけて、倉科先輩は首を傾げていた。

 言葉を受けた先輩はポニーテールを揺らしながら、自転車に手を掛ける。

「どうも雲行きが怪しい」

「え?」

「あたしは、この件を降りることにする。じゃあね」

 颯爽と、後ろ手を振りながら去って行く神代先輩。

 片手運転なのに、あのふらつきのなさ……さすがです。

 じゃなくて!

「行ってしまったね」

「先輩、突然どうしてしまわれたんでしょうか」

 雲行きが怪しいって言っていたけれど……。

 ちらりと見上げた空は、清々しいまでに晴れ渡っていた。

「何か掴んだのかもしれないね。フクロウちゃんの『お友達』が手がかりを教えてくれたのかも。そうしてそれは、彼女の望む結果ではなかった」

「え……」

 その「お友達」って、やっぱり人間じゃない何か?

 神代先輩は見える人だって聞いていたけど、こうも匂わされるとドキドキしてくる。

 しかし、望む結果ではないってことは……。

「もしかして、ドッペルゲンガーは存在しない?」

「あのフクロウちゃんが降りたのだから、そういうことなのだろうね。これは、超常現象ではないドッペルゲンガーの仕業だ」

 超常現象ではないドッペルゲンガー?

 ということは……。

「目撃されたのは、人間?」

「そう……説明のできないものではないということだ」

「じゃ、じゃあ、この近くに住んでいるだけの、ただのそっくりな人がいるということですか?」

「それはどうだろうか」

「え?」

 にやりと口元を歪ませる倉科先輩。

 どうかなって……他に、いったいどんな可能性があるというの?

「え?」

 戸惑いながらもふいに顔を上げた、その時だった。

 がさっという音と共に、一人の女生徒と目が合った。かと思いきや、垣根にカバンがぶつかるのも気に留めずに、背を向けて彼女は走っていく。

 同じ学園の制服を着ている人だ。こちらを窺うように見ていた。

「あれは……」

「ハトちゃん?」

 ダッと追うように駆け出す。

 しかし、私にはこの辺りの地理が頭にない。駅周辺ならともかく、こんな住宅街に来ることがないからだ。

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